メリエ編 4
三件目。
今度は小さな店で工芸品の生産と販売を営んでいる人。ズボラそうな雰囲気の男性で、その表情から相当切羽詰まった様子が見て取れる。融資の交渉が始まるやいなや、彼は頭を下げて懇願してきた。
「助けてください!ユーグさん!今のままでは経営も立ち行かなくなり、店は存続できなくなってしまいます。この窮地を脱するための手助けを、どうかお願いします!」
ユーグは冷めた目を向けて言葉を放つ。
「資料を拝見しましたが、どうも今後の方針が立てられていない様子。貴方は今回の融資を受け、昨今の不況をどう乗り切るおつもりかお聞きしたい」
「昔の景気が良い時は商売も成り立っていたので、景気回復まで持てば稼げる様になって返済の目途も立つと考えております」
それを聞いたユーグは深いため息を吐いた。
「では無理ですね。この融資の依頼、お受けする事は出来ません」
ズボラそうな店主は机にダンッと勢いよく手を置き、ユーグに詰める。
「そんな!融資を受けられなければ、私は今後の生活をどうすれば良いんですか!?」
焦った様子で詰め寄られたが、ユーグはそれにも動じず淡々と答える。
「残念ながら、今は昔とは違うのです。今はちょっとした贅沢品がじゃんじゃん売れる様な情勢ではありません。昔のやり方を続けるだけであれば、たとえ融資をしたとしても十分な利益を出す事は出来ないでしょう。こちらとしても破綻が見えている商売への融資はできませんよ」
「そ、そこをなんとか!」
再び頼み込むズボラそうな店主。
ユーグは少し考え、その人に提案する。
「こちらとしても無謀な融資はできませんが、別の仕事に就くための手助けをしてほしいというのであればこちらも対応できます。私の銀行には人材確保のための融資を依頼する人も多いのでね。人手を欲している所への紹介くらいはできますよ。いかがですか?」
それを聞いたズボラそうな店主は少し悩み、言葉を返す。
「検討してみます…」
こうしてこの交渉は不成立となった。
次の交渉相手の元へ向かう中、メリエは今回の交渉について考える。
(まぁ流石にあんなのの融資は断るよねぇ。でも噂通り、仕事の失いそうな立場の人も無下にはしない。今の仕事を失った後でも生活が続けられる様にアドバイスとサポートを行うって感じか)
四件目。
今回はおっとりとした雰囲気の高齢女性。街から少し離れた所で農場を営んでいる人で、規模は小さいながらもフィレーゼの街に食料を卸し、街の食を支えてくれている。
ユーグは一通り農場を見て回り、資料に目を通した後、応接間にて交渉を始める。
「ふむ。人手が増えたため、事業の規模を拡大させたいと」
おっとりとした高齢女性は穏やかに笑いながら答える。
「えぇ。最近は仕事が無くなって困っている人が多いでしょう?だからそんな人をうちで雇って働いてもらっているんだけど。今ではすっかり大所帯になってねぇ。これだけ人手が増えたならもっと広くしても良いかなと思って、家族と話し合って決めたんよ」
「なるほど…」
ユーグは悩む様子もなくサラサラっと用紙に条件を書き「では、これでいかがですか?」とおっとりした高齢女性に見せる。
「あら?良いのかい?こんな条件で。ほとんど利子も無いみたいだけど」
「はい。貴方の農場は食料自給を支えるこの街の重要なインフラです。その上、職を失った人を雇って生活を守ってくれている。言わば社会保障の役割まで担ってくれている様なもの。この街への貢献を考えれば優遇は当然ですよ。融資以外にももし困った事があればいつでも私の銀行にいらしてください。私達で出来る事であればお助けしますよ」
「そう。ありがとうねぇ、ユーグさん」
深々と頭を下げるおっとりとした高齢女性。
さっきとは打って変わって、平穏でおだやかに交渉は成立した。
この四件で視察する融資は終わり。帰りの馬車の中、メリエは農場の融資の件について考える。
(ふむふむー。あの農場への融資は単体の利益として考えると赤字だけど、街の食料自給を支えてるって点と失業者を雇って救ってくれてるって点で街全体の利益に繋がるから、その利点を取って赤を背負ったって感じかな。ユーグさんの銀行は民間の営利団体だけど、この街の有力者として街の経済に責任を持つ立場でもあるもんねぇ)
とりあえず融資の内容に問題は無い。というか、変哲が無さすぎだ。
視察を終えて帰る途中、メリエは馬車で向かいに座っているユーグに意見をぶつける。
「なんというか、普通ですね。紙のお金での融資という話でしたので、何か特別な事でもするのかと思っていました」
ユーグの融資はなんら優れたものでもなく、特別なものでもなかった。新規事業を始めるための資金の提供、リスクのある所には融資をしないか高金利での融資とする、全体の利益に繋がる様な商売には優遇措置。正直、ありきたりすぎて拍子抜けだ。
そんなメリエの感想にユーグはケタケタと笑う。
「いつもと変わらんよ。紙幣での融資だからってやらんといかん事は同じだからな。通貨を増やす策は、紙幣の流通の準備が整って融資を求める人が出てきた時点で既に完了しているからな」
そう自信満々に言われるとなんだか気になる。
「あのー、ユーグさん。紙のお金の融資でお金を増やすって、どんな仕組みで増える想定なんですか?紙のお金がどんなものかも分かりましたし、融資の様子も見てきました。でも、それでどうしてお金が増えるのかは分からなくて」
そんなメリエの質問にユーグはキョトンとした表情を浮かべる。
「あれ?マダンさんから聞いてねぇの?監査にくるんだから、てっきり知らされてるもんかと思ってたが」
メリエは恥ずかし気に言う。
「いやぁ、そのー。教わりはしたんですけど、マスターの説明だと十分に分からなくって…。それで分からないんだったらユーグさんに聞けって、マスターが…」
「あんのジジイ。こっちに説明責任おしつけやがったなー…」
口は悪いがユーグの表情は笑っている。そしてユーグは笑顔のまま言葉を続ける。
「まぁいいだろう。今回の策、言い出しっぺは俺だしな。教えてやる」
メリエは頭を下げて礼を言う。
「お手数おかけします、ユーグさん」




