メリエ編 2
少しの間馬車に揺られ、メリエとユーグの二人はデオイレ印刷所という街の印刷所へと到着した。
デオイレ印刷所。フィレーゼの街にある大きな印刷所で、他では出来ない様な細かで複雑な絵や文字の印刷を行う事ができる国内でも有数の印刷所だ。ユーグは前々から自分の銀行で取り扱う小切手をここで印刷してもらっていた。小切手として使っていた物を通貨として使うというものなので、紙幣の製造もここで行う事になる。
ユーグは印刷所に入ると、そこで働く従業員に気さくに話しかける。
「やぁリラさん。今工場長居る?」
「あ、ユーグさん。呼んでくるので、ちょっと待っててくださいね」
ユーグは気軽に名前で従業員を呼び、従業員は声をかけられても驚く様子もなくそれに円滑に対応している。その様子からもユーグがこの印刷所に足しげく通っている事がよく分かる。
少し待っていると奥の部屋から無精ひげの中年男性が現れた。
「どうもユーグさん。本日は商業ギルドの視察、ですよね?」
「あぁ。こちらが監査役のメリエ・リエラさんだ」
紹介されたメリエはペコリと丁寧なお辞儀をする。
「本日はよろしくお願いします。メリエ・リエラです」
「こちらこそよろしくお願いします、メリエさん。では、ご案内しますね」
そう言って印刷所の工場長はメリエとユーグを印刷所の中のある部屋へと連れていった。
二人が連れていかれたのは完成品が置かれている倉庫。
「おー。これが例の紙のお金ですかー」
目の前の光景に無邪気に驚くメリエ。
ユーグとメリエの眼前には絵と数字が印刷された紙が大量に積まれていた。紙のお金というのはいまいちパッとしないけれど、それでもこれからお金として使う代物が山積みというのはなかなかにワクワクするものだ。
「いかがかな?メリエさん」
ユーグは完成品の紙のお金を一枚手に取りメリエに渡して見せる。
メリエは紙幣を手に取りまじまじと見る。
紙の通貨として使うと言われたその紙にはとても精巧な絵が印刷されていた。右にはこの街の景色、左には羽ばたく鳥の姿、実物と見紛う程綺麗な絵だ。それが複雑な模様で枠どられていて、一見するとおしゃれな絵手紙の様でもあった。
「へぇー。小切手として使っているやつとは違うデザインなんですね」
小切手を通貨として扱うと聞いていたから、メリエはてっきりこれまで小切手として使っていたのと同じものを使うと思っていたのだけれど、実際に見てみるとこれまでとは違う絵柄の紙が刷られていた。
「あぁ。同じデザインだと使う際にややこしくなるからな。だから紙幣として使うものは新しいものにしておいた」
「にしても、すっごい細やかで複雑。もうこれ自体が芸術作品みたい」
メリエがちょっとした感想を言うと、ユーグは聞いてもいないのに自慢げに語り始める。
「だろう?ここまでの絵を印刷するとなれば、そんじょそこらの印刷所じゃ出来ん。偽造は困難な上、この制度の印刷をするとなれば場所が限られるから足がつく。紙幣一枚一枚に別個の番号も割り振ってもあるから、偽造通貨が流通しようものならすぐ分かる。本当は透かしも入れたかったが、流石に透かしの印刷は難しいとの事で諦めた。でもまぁ、これでも偽造防止としては十分だろう。さらには紙の素材にもこだわっている」
「素材?」
メリエは持っている紙のお金をさすってみる。サラサラとしているけど肌に張り付く様な独特な触感。じっくり触ってみると分かる。これは普通の紙じゃない。それにインクが付いているところも妙に艶やかで、インクも普通のものとは違いそう。
「なんというか、不思議な肌触り。サラサラとペタペタが合わさってる感じ。インクもなんだか普通のじゃないっぽい」
「国内では取れない輸入品の木材を材料として使っている。インクはこの印刷所で配合された特注品だ。高度な印刷技術、割り振られた番号、特殊な材料。この三つをもって紙幣の偽造を防ぐのさ。こういった偽造対策を確かめたかったんだろ?メリエさんよ」
「えぇ、まぁ…」
メリエが紙のお金を印刷所に視察に来たのは偽造の心配はないかを確かめるためだ。結果としては合格。ユーグの偽造対策は徹底している。しかしだからこそ、メリエはある事が気になった。
「なんか、ずいぶんと徹底していますね。偽造が起きる事態を既に予見していて、先回りして対策してるみたいな。そんな風に見えます。まさかユーグさん、未来とか見えちゃってたりしてます?」
冗談を言う様に聞くメリエ。
ユーグの偽造対策は徹底されすぎていた。複雑な模様や番号程度なら偽造対策として普通にやるものだろう。だけど素材の厳選となるとかなりの出費が追加で必要となる。そうそう踏み切れるものではない。やるとしても偽造が発生してさらなる対策が必要になった時。紙のお金を流通させるという前代未聞の事をやるにはきっちりやりすぎで、まるで今後起こる事を予見している様な徹底ぶり。未知な事をやろうとしている人のそれではないのだ。
メリエの質問にユーグは意味深な笑みを浮かべて答える。
「未来なんて読める訳ないだろ?俺は人事を尽くしているだけだよ」
本当の事を言っている様にも、はぐらかしている様にも見える。
「ふーん…」
気にはなるけど、まぁいいか。メリエの仕事はあくまで偽造対策は十分かを確かめる事。わざわざ余計な仕事を増やす事はないだろう。そう考え、深くは考えない様にし、メリエは印刷所の視察を終えて次の目的地へと向かう。




