フェルテ編 1
ユーグと出会ってから5日後。フェルテは西端の村クレーに居た。
前々からフェルテは貧困層支援で色んな村や街へと出向いており、今回もその一環で大量の支援物資と同じマルザ教の仲間と共にこの村にやって来たのだ。
フェルテは中央広場でベンチに座り、頬杖をついて支援物資を眺めながら呟く。
「あのユーグって人、いったい何を企んでいるんだろ…」
今回の貧困層支援はいつもとは違っていた。少し前にユーグ・リーデンという人物が回帰派の協力者となり、彼の助言によって貧困層支援に修正が加えられる事になったのだ。
フィレーゼを救った凄い人らしいけれど、会った時に口喧嘩になった事もあり、フェルテはユーグにあまり良い印象を持っていなかった。
「企んでるって…フェルテが商人を好かない気持ちは分かるけど、そう悪く言うもんじゃないよ。せっかく協力してくれるんだからさ」
疑心に駆られるフェルテをなだめる同僚。しかしフェルテは頑なだった。
「でも、もしユーグって人が回帰派を利用して悪巧みとか考えていたら?私達の支援が金儲けに利用される事になったら大変なんだから、私たちは信用せずに疑わないと!」
フェルテはユーグの事を全く信用していなかった。
ユーグがフィレーゼを救った凄い人なのは知っている。自分達がやってきた貧困層支援に限界が来ようとしていた事も理解はしている。きっとユーグが言っている事は間違っていないのだろう。だとしても、信用は出来ない。ユーグという人物が胡散臭いのもそうだけど、フェルテとしては商人という人種そのものに懐疑的なのだ。
ブランツ王国で多くの国民が貧困で苦しんでいるのは悪政のせいではあるのだけど、貧しさで苦しむ人達に止めを刺していたのは商人達だった。
貧しい人々に負債を負わせ、相手が借金を返せないからと言いなりにさせたり。自分の出資する側で立場が上なのをいい事に、貧しい労働者に無理な条件を付きつけて生活を破綻させたり。弱い立場の人を騙して自分が売りたい商品を買わせたり。お金を稼ぐために貧しい人達をさらに貧しくさせて私腹を肥やす。そんな光景を何度も見て来た。
困っている人を率先して助ける良い商人は居るには居たけれど、それは自分が損をしてでも他者を助ける意思を持っている人達。自分が損をする事を考えないユーグは本気で貧困層を救う気はないだろう。それがフェルテの考えだ。
「ユーグさん、俺は良い人だと思うんだけどな。フィレーゼからも商品も送ってきてくれて、支援物資のバリエーションも増やしてくれたんだし、そう悪く言うもんじゃ…」
「ハ!まさか自分の街の商品を他所に売りつけるために!」
「で、そのお金は彼自身がくれるって話だろ?ちゃんと街を救った実績のある人なんだし、ちょっとくらい信じてやっても良いんじゃないか?」
「だ…だって…」
反論は出来ない。だけど納得も出来ない。
ユーグは貧しい人々を助ける旨の発言はしていた。ちゃんと結果も出してはいる。けれど彼は商売のために手を貸すと言っていた。つまり、どうにかしてお金を稼ぐつもりだという事。どこかからお金を取るつもりなんだ。
(何はともあれ、私がしっかり監視しなきゃ!)
フェルテが不正は見逃さないぞ!と気合を入れたそんな時、
「よお、今日はよろしくな」
「こんにちは、回帰派の皆さん」
ユーグとメリエが到着した様で修道士達へ挨拶。フェルテを含む修道士達は「こんにちは」「こちらこそよろしくお願いします」と挨拶を交わしていった。
そしてユーグは来て早々本題に入る。
「さて、回帰派の諸君。事前に聞いている通り、今回から配給の仕方を変える事となった。そしてこれは支援の対象であるあなた達にこそ理解して欲しい事、村民の皆さんにも是非とも聞いて欲しい。今後の支援において主軸となるのが、この紙だ」
ユーグは身振り手振りを加えて話し、例の紙のお金を皆に見せた。
(へぇ、あれが例の紙のお金か)
「その紙切れはいったい何ですか?」
紙のお金はこの村では馴染みは無く、知ってもいないだろう。当然疑問の声が沸いてでた。
「これは紙の通貨。これからこの紙をお金として使ってもらう」
「え!?それがお金?」
村人達がざわつく。
(だよねー。紙なんてすぐに千切れそうだし、そっくりな偽物とか流通されそうだし、とても信用できない。あんな紙をお金として使ってるなんてどうかしてるよ)
同僚の皆も不信の眼差しを向けている。やっぱりほとんどの人が紙のお金に懐疑的みたいだ。しかしユーグは気にする様子は無く、淡々と話しを続ける。
「これからは配給としてこの紙の通貨を皆に渡す。そして、支援として供給される食料や日用品といった品々をその紙の通貨で買ってもらう。これまでは物資を直接渡す形で支援していたものを、いったんお金を渡してそのお金で買ってもらう形だ。購買と言う手順が追加されるだけで、必要な物が手に入る事は変わらないのでそこは安心して欲しい。もちろん、販売という形なので硬貨での取引も受け付けよう」
「えっと…。それって意味あるんですか?結局生活に必要な物は頂けるんですよね?」
「あぁ。これは紙の通貨に慣れてもらう事が目的だからな。紙での取引に慣れてくれればそれで良い」
「紙のお金に慣れるって、いったいどういった意味が?面倒な手順を加えるくらいならそのまま現物支給にしてくれた方が効率的じゃないですか?わざわざ手間を増やすだけなら変える必要は無いと思うんですけどー」
指摘を続ける村人。それに対しユーグは見るからに不機嫌な態度に変わる。
「あんたらは施しを受ける立場だろ?与えてくれる存在にあれこれ言ってんじゃねーよ」
「あ、ハイ…」
(なーんか高圧的だなぁ)
高圧的な発言で追及は止まり、ユーグはさらに話を進める。
「そしてもう一つ。売りたい商品があるから売りたいだとか、こちらの求める仕事をするから報酬がほしいだとかがあれば交渉に応じよう。まぁ渡すのは紙の通貨にはなるがな」
「つまり、これからの支援は働いた方が多く貰える仕組みになると?」
「あぁ。現状食料品は十分とは言えないからそこは購入量に制限をかける事になるが、日用品や衣服や雑貨類ならば余裕がある。そういった品々は、働く人や価値ある品を売ってくれた人が多く買える様になるだろう。生活のために最低限必要な資金は配給として渡し。より多くの物を欲するのなら働いて稼いでもらうという仕組みとなる想定だ。さらに、この紙の通貨はこちらが供給する品と交換できるだけでなく、フィレーゼにあるリーデン銀行で同価値の硬貨との交換も可能だ。どうしても金貨や銀貨が必要だと言うのであればフィレーゼにまで来ると良い」
(うーん…。さっぱりだ。何を考えているのか全然分からない。何が分からないのかも分からない…)
フェルテはユーグが何を伝えたいのか分からず頭にハテナを浮かべているが、他の人達はなにか分かったのか何やら期待している雰囲気。
(皆何か期待してる感じだし、何か良い条件でも出されたのかな?でも彼が都合の良い事言っているだけかも。うーん…)
悪巧みをしていたら追い出してやるという意気込みで話を聞いていたフェルテだったが、自分に知識が無いせいで良い事なのか悪いことなのかが全く分からない。フェルテには経済知識が全くない。商人の多くがお金目当てで貧しい人を苦しめているという実情は知っていても、どういった仕組みなのかは全然分からないのだ。
少なくとも、今のフェルテに是非を判断する能力は無かった。
「大まかな話はこの辺で、後は進めながら説明していくとしよう。いっぺんに話しても頭に入らんからな」
こうしてフェルテが十分な理解を出来ないまま、ユーグ主導の支援策が始まった。




