メリエ編 16
しばらく時が経ち、回帰派との会談から5日後。メリエとユーグは今回の支援対象である村へとやって来た。
馬車の窓の外に見えるのは一面の小麦畑。村人よりも先に黄金色の風景が二人を出迎えてくれた。
(おー、一面小麦色だー)
西端の村クレー。100人にも満たない小規模の村で、小さいながらも耕作に適した土地があり、主に小麦の生産が盛んな村だ。
「ほう。小さい村だから大した規模じゃないかと思っていたが、なかなかの広さじゃないか」
「でも…こんなに作ってもほとんど税で持ってかれちゃうんですよねー」
この国で農民が納税をする場合、収穫物を直接納税するかお金を稼いで通貨で納税するかを選べる様になっている。
かつては村民の大半が近場の街に作物を卸し生計を立てていたが、外国から安い食料が入ってくる様になった事で作物が売れにくくなりろくに稼げなくなった所、さらに収穫物で納税する際にも安い輸入品が流通している事で足元を見られる様になり、食料を生産しているのに満足に食べていけないという事態に陥ってしまっているらしい。
「こんなに食べ物を作っているのに満足に食べられないなんて…むなしいやらやるせないやら…」
「だな。見せかけの黒字化のためにせっかくの産業を捨てるなんて、全くもって嘆かわしい話だ」
雑談を交わしながら畑の区画を進んで行くと、やがて家屋や倉庫等が見え、そこには何人かの人影、二人は目的地クレーへと到着した。
村に入ってすぐにユーグとメリエは現地にいた修道士達と合流した。現地に居た修道士は計7名、中にはこの前のフェルテという修道女も居る。
修道士達は村の中央の広場で配給のために用意された物資の前で待機しており、配給の開始を待つ村人の姿もチラホラと。ただ今配給の準備前といった所。
ユーグは待機している回帰派の修道士達に向けて口を開く。
「さて、回帰派の諸君。事前に聞いている通り、今回から配給の仕方を変える事となった。そして…」
ユーグはくるりと体を回し、集まっている村人の方に体を向けて続けて語る。
「これは支援の対象であるあなた達にこそ理解して欲しい事、村民の皆さんにも是非とも聞いて欲しい」
この場に居る者達の視線がユーグへ集まった。自分の生き死にに関わる事だ、無視はできない。注目を集め、修道士達には策の確認のため、村人には今後の支援の説明のため、場を整えた所で配給の変更点を話し始める。
「今後の支援において主軸となるのが、この紙だ」
そう言ってユーグは紙のお金を取り出し、皆にも見える様に手に持って頭上に上げ、見せびらかす様にヒラヒラと揺らす。
「その紙切れはいったい何ですか?」
村人から出て来た当然の疑問にユーグは即座に答える。
「これは紙の通貨。これからこの紙をお金として使ってもらう」
「え!?それがお金?」
村人達がざわつく。「あの紙で取引を?」「あんなので代わりになるの?」「もしかして騙そうとしてるんじゃ…」と不安と困惑の感情が湧き出ている。
(まぁそういう反応になっちゃうよねぇ。フィレーゼで円滑に進めれたのはユーグさんが事前に手形での取引をさせてたからだし、いきなり紙のお金が使える様になりますって言っても詐欺か何かを疑うよね、そりゃあ)
修道士達は予め策は聞いていて知ってはいるものの、いまいちピンときていない様子。ユーグの策に協力はするものの、懐疑的といった感じ。
そんな不信の眼差しを向けられながらも、気にせずユーグは語っていく。
「これからは配給としてこの紙の通貨を皆に渡す。そして、支援として供給される食料や日用品といった品々をその紙の通貨で買ってもらう。これまでは物資を直接渡す形で支援していたものを、いったんお金を渡してそのお金で買ってもらう形だ。購買と言う手順が追加されるだけで、必要な物が手に入る事は変わらないのでそこは安心して欲しい。もちろん、販売という形なので硬貨での取引も受け付けよう」
その説明で聞いていた村人はさらに混乱。要はこれまでは直接物資をもらっていたものだったのが、これからはお金をあげるからそれで買えと言われている状態。得られるものが変わらないと言うのならわざわざ現物支給から変える意味が分からない。変更する内容が分かっても変更する意味が分からないのだ。
「えっと…。それって意味あるんですか?結局生活に必要な物は頂けるんですよね?」
「あぁ。これは紙の通貨に慣れてもらう事が目的だからな。紙での取引に慣れてくれればそれで良い」
「紙のお金に慣れるって、いったいどういった意味が?面倒な手順を加えるくらいならそのまま現物支給にしてくれた方が効率的じゃないですか?わざわざ手間を増やすだけなら変える必要は無いと思うんですけどー」
説明の意図が分からず食い下がってくる一人の村人。そんな村人の態度にユーグは眉をひそめる。
「あんたらは施しを受ける立場だろ?与えてくれる存在にあれこれ言ってんじゃねーよ」
「あ、ハイ…」
(あ、これちょっとイラっときたんだな)
ユーグの不機嫌な口調でそれ以上の追及は止んだ。
反論が亡くなった所でユーグはさらに話を進める。
「そしてもう一つ。売りたい商品があるから売りたいだとか、こちらの求める仕事をするから報酬がほしいだとかがあれば交渉に応じよう。まぁ渡すのは紙の通貨にはなるがな」
村人の一人が少し考えた後に問う。
「つまり、これからの支援は働いた方が多く貰える仕組みになると?」
「あぁ。現状食料品は十分とは言えないからそこは購入量に制限をかける事になるが、日用品や衣服や雑貨類ならば余裕がある。そういった品々は、働く人や価値ある品を売ってくれた人が多く買える様になるだろう。生活のために最低限必要な資金は配給として渡し。より多くの物を欲するのなら働いて稼いでもらうという仕組みとなる想定だ」
(ふむふむ。これで紙のお金を通貨として意識してもらう事とお金を稼ぐために働く様に誘導する事、二つを同時に進める感じか)
「さらに、この紙の通貨はこちらが供給する品と交換できるだけでなく、フィレーゼにあるリーデン銀行で同価値の硬貨との交換も可能だ。どうしても金貨や銀貨が必要だと言うのであればフィレーゼにまで来ると良い」
(さらにフィレーゼに人を呼び込む仕組み作りか。さすがユーグさん、抜かりないね)
再び場がざわつく。紙の通貨が硬貨と交換可能と聞くや村人たちの目の色が変わった。いきなり新しいお金を使えと言われて困惑していたが、金貨や銀貨と交換できるとなれば話は別だ。
この村に住む人々は働いてもろくに稼げない現状に困っていた。作物を作っていても稼げないから村の外からろくに物品を買う事が出来ないし、不利な条件での納税になると分かっていても現物での納税を選ばざるを得ない。さらにそんな条件での生活が続くことで生産性も落ちつつある。お金を稼げない事による悪循環に陥っていたのだ。
ユーグの話は鵜呑みにはできないものの、自分達にとっての救いになるかもしれない話。紙のお金というワケの分からない物を使う不信感はあれど、どうしても期待してしまう。そんな感情が入り混じった視線がユーグに向けられていた。
「大まかな話はこの辺で、後は進めながら説明していくとしよう。いっぺんに話しても頭に入らんからな」
こうして西端の村クレーで新しい形の支援が始まる事となった。いきなり紙のお金を使ってもらうと言って不信に思われつつも、問題を解決してくれるかもしれないという期待を受け、ユーグが修正した支援策は進んで行く。




