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第25.1章:さらなる大問題が待ち受けている

【絶望を紡ぐ糸、失狂者の影】


「えっ?」


エンジはマルセリンの姿を呆然と見つめ、その場に立ち尽くした。


――ただ引っかかれただけ……? どうして、この俺のネクロフローが……!


処刑人は背筋が凍るような本能的な悪寒に襲われ、一歩後ずさった。覚醒した吸血鬼から放たれる圧力は息が詰まるほど圧倒的だったが、突然、彼女の動きがピタリと止まる。絶妙な沈滅の中、特徴的な短い黒髪と額の赤色の前髪を揺らしながら、彼女は虚ろな眼差しで立ち尽くしていた。


――気絶した……のか?


「まあまあ……エンジくん。相変わらず汚い仕事は私に任せるのね」


焦げ茶色に焼け焦げた木々の間を、一つの影が滑るように現れた。


「お前か……」


エンジは低く呟き、その洗練されたスーツ姿のシルエットを認識してようやく肩の力を抜いた。


「遅かったな、レモン」


レモンはスーツの襟を優雅に直しながら、全速力で走ってきたせいで荒い息をついていた。しかし一瞬も無駄にせず、彼女は無防備な吸血鬼に向かって冷酷に手を伸ばす。


「『ネクロエクスタシス:マストアリ・ボルト』」


目に見えない魔力の糸がマルセリンの身体に容赦なく絡みつき、その頭部へと突き刺さった。真祖の動きを完全に封じ、その圧倒的な緋色のオーラを一瞬にして消し去る。ローズとマルセリンにとって、すでに地獄と化していたこの夜は、第二の敵――『VOID』の協力者の登場により、もはや耐え難い破滅の絶望へと変貌を遂げた。


「くそっ、よくもまあ現れたな」


地面に倒れ伏しているローズの身体へと、レモンはゆっくりと歩み寄った。その瞳は、禁断の技術に対する卑猥なほどの貪欲さでギラギラと輝いている。


「ベネシアの都で用事があったんだが、お前があの『フローレス』に負けたせいで、計画を延期せざるを得なくなった……。それにしても興味深い力だな。あのリュウ老人が話していた通りだ」


レモンは、湧き上がる渇望を抑えきれない様子で、ローズの首にあるあの首飾り(カラー)へと手を伸ばした。


「レモン! 気をつけろ、あのクソガキは突然、金属の馬を出してきやがるぞ」


エンジは不気味な傲慢さを取り戻し、サディスティックに嘲笑った。


「ハハハハ、馬? 面白そうじゃない。さあ、ここで一網打尽にしてやろう」


エンジは満身創痍の負傷者たちを冷酷に睨みつけ、勝利の笑みを浮かべた。しかし――。


「……そう急ぐな、ガキ。お前は何も感じないのか?」


レモンの声音が、一瞬にして氷のように冷たくなった。


「感じる? そう言われると……大気が……」


「『十二人組じゅうににんぐみ』の3番目(スワッチ僧)と、あの五条ゴジョの『雷電ライデン』だ……。とんでもない超高速の周波数で、この空間に近づいてきている。……ここを離れるわよ」


レモンは冷徹に言い放った。


「くそったれがァッ!」


エンジは悔しさのあまり夜空に向かって咆哮した。


「せめて、あのフローレスに一発だけでもぶち込んでやる――!」


フゥーッ!!!


しかし次の瞬間、純然たる烈火の炎の槍が猛烈な速度で空を切り裂いた。エンジの頬を紙一重でかすめ、彼の背後にある巨大な岩石に激突して大爆発を起こす。


「チッ! 走れ、エンジ! 行くぞ!」


新参者たちが放つ圧倒的な武の圧力で森全体が激しく震鳴し始めた、まさにその刹那、二人の『VOID』は夜の闇の奥へと完全に姿を消した。


数秒後、スワッチ僧、五条、そしてリリアの三人が林間広場へと凄まじい風圧と共に乱入してきた。 だが、そこに広がっていた光景はあまりにも惨憺たるものだった。マルセリンは呪縛されて動けず、長い髪を泥に染めたローズは……エンジの理不尽な暴力によって、屈辱と敗北の海に沈んでいた。


「なんという惨状だ……」


スワッチ僧は低く呟き、その老いた表情を暗く曇らせた。


「ローズ! マルセリン!」


リリアは涙に濡れた顔で、ボロボロの二人のもとへと駆け寄った。


「俺があいつらを追って仕留めてくる!」


五条が激昂して宣言したが、スワッチはその太い手を彼の肩に静かに置いた。


「いや……待て、五条。奴らの気配はもう完全に消えている」


その場に漂う空気は、まるで満月が地球に衝突しようとしているかのように、一瞬で凝固するほど重苦しく変化した。老僧スワッチは、内心で激怒していた。


「リリア! 今は追跡よりも、ローズの治療を最優先しろ!」


「そう、そうよ! ローズ……お願い、目を覚まして! 行かないで……っ!」


マルセリンがうめき声を上げ、ようやく意識を動かした。


「あのクソ野郎……最低な裏切り者だわ……」


「誰のことだ?」


五条が鋭く尋ねる。


「モンク……五条……今すぐここを離れなきゃ」


吸血鬼の少女は細い声を激しく震わせながら言った。


「『大共生典礼シンポジウム』を運営する、我が『十二人組じゅうににんぐみ』の6人目……レモン……! あいつは、王国を裏切って『VOID』と結託しているわ!」


ドーーーンッ!!!


その恐るべき報せは、その場にいた者たちの脳裏に落雷のごとく突き刺さった。

「レモンだと……!? 一体、何を企んでいる?」


スワッチ僧が問いかける。


「あいつらは『雷電』を探していた……でも、それだけじゃない。ジャック……『ジャック・ザ・リッパー』よ……。奴は、まだ生きてる!」


その後に続いた沈滅は、純粋な、根源的な恐怖に満ちあふれていた。『ジャック』というその不吉な名を耳にしただけで、スワッチ僧の脳裏には、6年前に起きた凄惨な虐殺と、共に修行した最愛の兄弟たちの死に顔が鮮烈に蘇った。


――くそっ、スターク……お前の不吉な予言の通りだったな。


修道士は拳を血がにじむほど強く握りしめ、心の中で呟いた。


「その恐ろしい話は、ここを脱出した後にしよう、マルセリン。リリア、ローズを治すのを手伝って……」


「私が……? うっ……ごめんなさい、今の私じゃ無理だと思う……。さっきの『ハイブリッド・モナーク(混血の女帝)』の変貌で、ネクロフローの全エネルギーを完全に使い果たしちゃって……」


「『ハイブリッド・モナーク』だと……!? お前、一体どうやってその禁忌の覚醒を成し遂げた?」


マルセリンは、意識が途切れそうになりながらも、無能力者であるはずのローズが自分の身を盾にして守ってくれたこと、そして盲目的なまでの信頼の絆で、自らの熱い血を分けてくれた真実を静かに語った。


「あのフローレスが、お前に血をくれたのか?」


五条は片眉を怪訝そうに跳ね上げた。


「だが、吸血鬼(真祖)の末裔にとって、人間の男から血を受けるというのは、性的な……」


マルセリンは瞬時に顔を両手で覆い、まるで熟したトマトのように顔面を真っ赤に染め上げた。


「うっ! もう、言わなくてもわかってるわよバカッ!!」


「……大変、治せないわ!」


リリアの悲痛な叫び声が、二人の会話を鋭く遮った。


「ローズ……お願い……死なないで、治ってよ……っ!」


リリアは完全に打ちのめされ、彼女の周囲のヒーリングエネルギーは乱れに乱れていた。しかし、その絶対的な絶望の淵で、彼女の目からこぼれ落ちた大粒の涙がローズの焼けた肌に触れた瞬間――その雫が、夜の闇の中でまるで貴重な魔法の宝石のように青白く輝き始めた。


「――『安らぎの女神の涙』」


知らず知らずのうちに、リリアは眠っていた神級の秘奥能力をここに解き放っていた。満月の光の下、ローズの肉体を覆っていた酷い火傷と脇腹の致命傷が、嘘のように魔法の速度で癒え始めていく。


「ローズ? あなた……気は確か!?」


すると、しわだらけの温かい老人の手が、リリアの震える肩に優しく置かれた。


「宿へ行こう……。もう大丈夫だ、リリア。ローズの命は繋ぎ止められた」


「……本当に、ほっとしたわ……」


マルセリンは安堵の呟きを漏らした。しかし、これまでの極限の戦闘とネクロフローの消耗は、ベネシアの舞姫たちにとってあまりにも過酷すぎた。五条が慌ててその身体を受け止める直前に、精神の糸が切れたリリアは、そのまま意識を失って崩れ落ちた。


「さて……これからどう動く、僧侶?」


「五条……これは世界の根幹を揺るがす深刻な事態だ。もしレモンが本当に『十二人組じゅうににんぐみ』を裏切ったのなら、大急ぎで新たな6人目の席を選定せねばならん。大共生典礼は、血で血を洗う地平の如き地獄になるだろうな」



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