第24.2章:頭を持つ騎手
【首都の双眸】
ベネシアの首都にて。
「スワッチ師!」
五条は、爆発の閃光で不気味な赤紫色に照らされた地平線を見つめながら、声を荒らげた。
「ああ……リリアをすぐに準備させろ」
老人は、いつもの神聖な冷静さを完全に欠いた、焦燥の入り混じった声で答えた。
「あれはローズとマルセリンだ。そして……何かがひどく間違った方向(最悪の事態)へ動いてしまったようだ」
*
【目覚めし真祖、ハイブリッド・モナーク】
戦場では、立ち込める煙があまりにも濃く、あれほど鼻を突いていたオゾンの匂いさえも、すべてを焼き尽くした灰の臭いへと変わっていた。
「えっ……? 私、……生きてる?」
マルセリンは震えながら、ゆっくりと目を開けた。
彼女の眼前に広がっていたのは、無残な光景だった。
ローズがその身を盾にして展開した『ルーク』の堂々たる大装甲は完全に粉々に砕け散り、黒い煙を立てるただの鉄くずと化していた。その奥で、ローズは冷たい地面に倒れ伏していた。彼の身体は酷い焦げ跡の火傷で覆われ、最強を誇る防御でさえ防ぎきれなかった脇腹の深い傷口からは、ドクドクと鮮血が滲み出している。
「ローズ!! ローズ!! 目を覚ましてよ!!」
マルセリンは這うようにして少年のもとへ近づき、そのボロボロの身体を細い腕の中に強く抱きしめた。
「 頼むから! ねえ! 起きてよ! ローズ!! お願い……私を、一人にしないで……っ!」
完全に打ちのめされたマルセリンは、周囲の状況をすべて忘れていた。自らに血を分け与え、絶対的な信頼を注いでくれた、世界で唯一の理解者を失う激しい苦痛は、彼女の魂の奥底で、全く別の恐ろしい何かへと変貌を遂げつつあった。
数百年、彼女の血脈に眠っていた、古く、呪われた忌まわしき遺伝子が、怒りによって強制的に目覚める。
「ハハハ……! この力、実に凄まじいな!」
エンジは満身創痍の様子で、息を切らしながら着地した。しかし、その顔には隠しきれない傲慢な笑みがにじみ出ている。
「以前はこれほどの『ネクロエクスタシス』は使えなかったが……ジャックの叔父貴、背中を押してくれて感謝するよ。そこのフローレスには個人的な恨みはなかったが……結果的にお前より厄介な障害だったな、クソ吸血鬼め。さあ……お前は、二度と出てきてはならなかった場所、あの呪われた忌むべき森の奥へと還るんだ、薄汚い吸血鬼め――!!」
ドカンッ!!!
エンジの身体は、まるで目に見えない巨大な油圧ハンマーで正面から真横に殴りつけられたかのように、凄まじい衝撃と共に吹き飛ばされた。
――えっ!?
空中で身体をきりもみ回転させながら、口から何本もの歯を撒き散らしつつ、エンジの思考が停止する。
――くそっ……今のは、一体何が起きたんだ!?
「……静かにしなさいよ……」
マルセリンの声は、もはや人間の若い女性のそれ(可憐な声)ではなかった。それは、世界の影そのものから地を這うように湧き出る、サディスティックで、何重にも重なり合う不気味な「囁き」だった。
彼女の身体が、不自然な関節の音を立てて引き裂かれるように伸び、変貌していく。骨が歪に軋み、肉が膨張して引き裂かれる悍ましい音が、焦げた戦場の静寂を支配した。
「『ハイブリッド・モナーク(混血の女帝)』」
「『ネクロエクスタシス:サンギス・レックス(純血の暴君)』」
その変貌は、絶対的な恐怖と絶対的な威厳が交錯する、極限の光景だった。
特徴的な短い黒髪と、その額を飾る鮮烈な赤色の前髪が激しく逆立つ。マルセリンの背中からは、黒く見えるほどに濃く、禍々しい緋色を帯びたコウモリの翼が肉を裂いて生え渡った。その翼の表面には、まるで脈動するマグマのように、自ら不気味な光を放つ血管が波打っている。
彼女の指先は、光を吸い込む黒曜石のごとき鋭い爪へと変貌を遂げ、その双眸は、血の海を思わせる深紅の虹彩を持つ、漆黒の白目の奥へと消え去っていた。
大気には鉄の錆びた臭いと、濃厚な死の気配を帯びた重苦しいネクロフローの圧力が満ちあふれ、周囲の青々とした草木を一瞬で黒く押しつぶしていく。
それは、見る者に圧倒的な畏敬の念を抱かせる一方で、魂の根源的な恐怖を呼び起こした。その捕食者としての圧倒的な性質は世界に対する「悪意」そのものであり、その力は恐ろしいほどに威厳に満ちていた。それは、守りたいものへの愛が裏返り、純粋な殺意へと昇華した、絶対的な憎悪の化身だった。
「何だ……!?」
エンジはガタガタと全身を震わせながら、恐怖に声を上ずらせた。周囲の圧力が強すぎて、立っていることどころか息をすることさえ困難だった。
「あの化け物は……一体何なんだ!? くそっ! こいつら、どいつもこいつも変な化け物ばかり変身しやがって!!」
――もう、体力が一滴も残ってねえ……。もしあの爪に一瞬でも触れられたら、俺は確実に死ぬ。逃げなきゃ、今すぐここから逃げなきゃ!
「何をそんなに必死に考えているの……?」
マルセリンの歪んだ重低音の声が、エンジの首筋のすぐ後ろで直接囁かれた。
彼女はいつの間にかエンジの背後へと、まるで空間に溶け込んだ液体の影のように音もなく出現していたのだ。
その「怪物」は、処刑人が絶叫を上げる暇さえ与えなかった。黒曜石の爪がエンジの無防備な背中を冷酷に狙い、まるで濡れた薄い紙切れを千切るかのように、彼の肉体を引き裂こうと振り下ろされた。
マルセリンは容赦なく襲いかかった。その一撃は、単に敵を殺害するだけでなく、目の前にいる加害者の四肢を完全に切断し、粉々の肉塊にせんとする、悍ましい真祖の処刑の刃だった。
しかし、その血の爪が肉を裂く、まさにその刹那――。




