1-24「コスプレ王女と冒険の終わり2」
空を黄金色に染める夕暮れの中で、鬱蒼とした森林をチーノの巨体が駆けていく。
「間違っても人を踏み潰すんじゃないぞ? 生き物も極力避けてくれ、できるか?」
「無論だ。我を誰だと思っておる」
「……誰なんだ?」
「……わからん」
だよなぁ。
それにしても意外と他の存在にも気を使ってくれるようだ。
まぁ、アフリカ像のような大きい生き物でも、地面に落ちている不審物を踏み潰すことはないらしいし。ここまで自信をもっていうのだから信じていいだろう。
だが街道を走っても地面がえぐれていくほどの重量だ、正直いってどこを走っても多かれ少なかれ被害は出るだろうな。しゃーない。
「……うーん、王城につながらない。この距離なら何とかなるはずなんだけど」
俺の後ろではアーデがこめかみに両方の指をあてながらうんうんと唸っている。クラウも千里眼や念話の時にやっていたが、あの動作って絶対必要なんだろうか?
「その指でぐりぐりするのって意味があるのか?」
「なんかできるようになる気がする」
「そすか」
「そっす」
ちょっとかわいい。
「そういえばアーデは念話を使えたんだな。初めて見たぞ」
「王城内には念話阻害があるから」
へーなるほど、何のためにそんなものがあるんだ? みんな使えた方が色々便利だろうし、混線防止か? でも、そういえば……
「この前クラウが使ってなかったか?」
「クラウディア様は特別、というか例外なのかな。他にもエゼルバルト様やオーウェン騎士団長、家令のヴァレリアさんとか。あと更に例外でカサンドラも使えたはず」
なにか事情がありそうな言い方だ。
オーウェン騎士団長か。今は最前線のカスティリヤで駐屯していると聞いているが、なんでも『護国の軍神』の二つ名を持ち、サンブリア王国で並ぶもののいない豪傑らしい。その圧倒的な剣技とたぐい稀なる軍の指揮能力で騎士団長の座を長年不動のものにしているそうだ。
是非とも一度会って見たいものだ。
それと初めて聞いたときは驚いたが、カサンドラは国王付きメイドというカサンドラしか存在しない特別な役職らしい。
勝手にメイド長とか家令だと思っていた、ことをフリスに話したところ「メイド長や家令が直接主人の世話するわけねぇーだろ、馬鹿か?」と親切にも教えてくれたので、代わりにキン肉バスターを教えてあげた。泣いてよろこんでたな。
「念話自体なら訓練すればリクでも使えるようになる……はず、多分」
「大分信用がないな」
「リクは色々意味がわからないことが多いから」
そうなんだろうか、俺からすれば基準が俺しかないからな。目の前の二人もある意味で参考にならないだろうし。
「とりあえず王都への連絡私がやってみますね……。確かに、結構ノイズが……あっ繋がりました」
「流石です、クラウディア様」
「迎えは出してあるので王城の裏につけてください、とのことです」
「出してある……か。チーノのことも伝わってるのか?」
「えぇ、そのようです。というよりもう目視でも確認できるんじゃないでしょうか」
そういってクラウがはるか先を指さす。チーノの爆走で視界が上下に揺れているが、その奥に何とかサンブリアの城壁、バーニシア城や大聖堂の塔頂が見受けられた。
「流石に早いな」
来るときは歩いて3時間ぐらいかかったし、15km以上はあると思ってたんだが。
「走り方も思い出してきた。我が主の望みなら今の倍は出せるぞ?」
「無理すんな、これ以上揺れると振り落とされそうだ」
「了解した」
落とされるのは冗談だとしても、正直言って車酔いになりそうだ。いや、船酔いの方が近いのか? どっちでもいい。
「チーノ、もうちょい右に進路をとってくれ、丁度あの城の後ろの辺りにつくように」
「あぁ、ハッ!」
森林を抜けて、広大な草原地帯に入った。辺りに旋風を巻き起こしながら平野を神獣は駆けていく。肉球の轍を作りながら飛び跳ね、一路サンブリアへと。
その上に乗る俺達にも当然風が叩き付ける。俺はあらためて立ち上がり、そこからの景色を眺める。橙に染まった空に浮かぶ二つの巨星、一つは青白くもう一つは真っ赤に染まっていた。
そして地には風が走って陽光に煌めく草原がどこまでも広がっている。
「勇者様、風除けの魔法でも使いましょうか?」
「いや、いい」
「そうですか……そうですね」
「さてと、どこに降ろしてもらおうか」
そういって俺は辺りを見回す。今はもうチーノにはのしのしと歩いてもらっている。
ここまでくればどこに止まってもらっても、歩いてサンブリアの中に入れるはずだ。
騒ぎにならないように裏手に回り込むように進路をとったから当然だが、辺りに民家がなくてよかった。
「勇者様、あまり向こう側にはいかないでもらえますか?」
「わかったが、どうしてだ?」
「このままだと“蒼穹の丘”に出てしまいますから」
蒼穹の丘? どっかで聞いたことがあるな。なんだっけ。
「観光名所か?」
「そのようなものです」
詳しく聞きたいところだが、今はチーノの駐車場を優先するか。
すると目線の先にそこの部分だけ半円に大きくえぐれている砂地を見つけた。
「ならあそこはどうだ? 丁度窪んでるし」
「あそこは……」
今度はなぜかアーデが口ごもっている。
「アーデ……」
「いえ、私は大丈夫です」
「いやいや、待て待て。その反応は露骨に気になるんだけど!?」
「リクは気にしなくていいから、チーノに頼んじゃって」
「だがしかし」
「いいから」
ここまで言われては仕方がないか。頭上で押し問答をしているのもチーノに悪いしな。
「……だそうだ」
「ふむ、相分かった」
そういってチーノはその窪みに身を埋め、頭を垂れてくれた。そこから飛び降りて
「よっと、にしてもここは一体」
幅は直径で30mぐらいだろうか、両端は森林であるにも関わらず半円状の荒地が地平線まで続いている。最近掘削されたわけではなさそうだが、草一つ生えていない。
「アレクの傷跡……」
「なんだそれは?」
「ここは50年前の闘技で放たれた『王族の威光』の跡だよ」
「……は?」
あらためて見通してみても、その終端が見えない。直径30mの半円が、地を抉り、草木をかき消し、山を消し飛ばしている。あの一撃にはここまでの威力があったのか? 町一つ、いや、都市の一つぐらいなら一発で滅ぼせるんじゃないか。
「アレキサンダー・ケント・サンブリア。それが初代国王様の御名だから」
アレキサンダー!? なんつう名前を騙ってるんだ。王になる気満々だな。
「なるほど、それでアレクの傷跡」
流石にそんな場所を観光名所にはできないだろうな。にしても“傷跡”か、意味深な呼び名だ。
「というかこんなもんを俺に向けて打ってたのかよ!?」
「いや、どうせ射線上にはリクと闘技場しかないって知ってたから……」
そういう問題か? と思わないでもない。
「あのー、お取込み中のところ申し訳ないのですが……」
といかにも申し訳なさにあふれた声が城壁側から聞こえた。その声の方を向くと緑髪のエルフが大きな古木の杖を後ろ手に持ってちょこんと立っていた。いや、ちょこんと立っているというのはおかしい表現だが、彼女の持つ絶妙ないじましさはそう表現するしかないのだ。
「迎えに来てくれたのか? えーと、確か名前は……」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私ごときが勇者様の会話をさえぎるなんてもってのほかですよね。どうか、どうか。命だけはっ!」
話が進まない。
「そんなかしこまらなくても、リクは取って食ったりしないから大丈夫だよ。リコッタ」
「アーデルハイトさん……リコに優しくしてくれるのはアーデルハイトさんだけですよぉ」
リコッタ、そうだ。
リコッタ・ウェールズ。バーニシア城で働いているメイドの一人で、クラウの身の回りの世話をする侍女だったはず。
「あら、リコッタ。私もあなたには常に優しく接していたはずですが」
「め、滅相もありません! クラウディア王女ほど寛大で聡明なご主人は、わ、私の貧弱な記憶力では、記憶にございません!」
「記憶力の部分を卑屈したらダメなんじゃないか?」
「ひぃっ!」
なんでも恐がるから、反応が面白い。
「リコッタ、あなたを迎えに出させたのはエル君ですよね?」
「はい、正確にいうと国王陛下の言伝を受けた家令から、リコがアレクの傷跡に向かうようにと。あと――」
「? なんですか?」
「チーノさんは私に任せてアーデルハイトさんは先に報告、勇者様は伝令があるまで自室で待機してください。とのことです」
当然のことだが、もう完全に読まれているようだ。それにアレクの傷跡で待っていたということは、俺たちがあそこに止まることも運命だったってことか。気に食わないな。
「わかりました、勇者様。それなら……」
「わかってる。チーノ、『この娘に危害を加えるな』」
紅蓮の紋様が光を放つ。
「承った」
「フェオも念のためここに残ってくれ、リコッタが大変だろう」
「いえっいえ! 私のことはどうかお気になさらずっ! 私は大丈夫ですから!」
「だそうですが」
「額面通りに受け取るな、お前の慈悲深さの発揮しどころだぞ」
「わかりましたよー」
そういってフェオはふよふよとリコッタの元へと飛んでいく。リコッタを見回すようにぐるぐると飛んでいるが、それに対してリコッタがビクついている。
「さて、それでは帰りましょうか」
クラウは裏門の中央をなぞる。すると淡い線上の青い光が門の紋様を走る。ギイィという古めかしい音を立ててゆっくりとその門が開いた。
「あぁ」
俺もそれに続いた。
「えぇ、ご随意に」
アーデルハイトも一礼したのち、俺達の後をついてくる。
道の両脇には森林が生い茂っている。その中央を斜陽と共に颯爽と歩くクラウの姿もあってか、そこには幻想的な雰囲気が満ちていた。




