1-25「コスプレ王女と冒険譚の始まり1」
▽
――ギイィバタンっ
裏門がその古めかしさを主張するような重苦しい悲鳴を立てて閉ざされる。その中心に蒼い大型の魔法陣が浮かび上がり、蒼光が扉全体を包んだ。すると、門は周囲の壁に溶け込むようにその姿を消していった。
それを眺めているは一人と一匹と一柱。
「……噛んだり、しませんよね」
「ガウッ!」
「ヒイィっ!」
リコッタは小柄な体躯に似合わない俊敏な動作で城壁まで退避した。端で丸くなってがくがくと震えるその瞳には明らかに怯えが見て取れる。
「ちょっと、危害は加えるなって言われてたじゃないですか」
「フン、ほんの冗談だ。刻印も反応しておらんしな」
チーノは脚を少し浮かしてみせるが
「ひゃあっ!」
それだけでもリコッタには刺激が強いようだ。大体、脚を浮かせる、それだけの動作でも大地をひっぺがえしている。
「はいはい、大丈夫ですよ。チーノさんは嚙んだりしませんから」
「……ほんと、ですか?」
「チーノさんも子供じみた真似はやめてください。あなたいくつですか?」
「フン、知らんわ。大体貴様、フェオ……とかいったか? 貴様こそ何者だ?」
「……なんの話ですよー」
フェオは少し間を置いたのち、おどけるように間延びした口調でいった。その表情は教師が期待以上の答えをだした生徒にするような微笑。それに対してチーノの疑い、いや確信はより強くなったようだ。
「とぼけるな。完全に実体を持たぬ、いや我の知覚できん存在がただの使い魔であるわけがない。四象精霊の類かとも思ったが、それにしてはマナの流れへ与えている影響が小さすぎる」
「獣とはいえ一応、神と名の付くだけはあるということですか。わかる人にはわかってしまうものなのかもしれないですねー。もっと気を使うべきでしょうか、でもそれはそれで面倒なんですよ」
フェオは辺りを飛び回りながら、何やら思案気に声を漏らす。
「にしても四象精霊? あぁ、ひょっとしてあの代理品ですか? あのような半端者と一緒にされるのは流石に心外ですね」
「……あやつらが半端者であることは否定しないが、そこまでいうとは。いよいよもって貴様は何者なのだ?」
「うーん、それは神のみぞ知る。というやつですよ!」
フェオはチーノの鼻をちょこんと小突きつつそう言った。
(一体、お二人はなんの話をしているのでしょうか……)
△
「裏門からだと王城はすぐなんだな」
俺とアーデは第二庭園のほとりを歩く。ちなみにクラウはすでに城のメイド達に連れ去られた。エゼルの指示に名前がなかったのはこういうことか。
「いざという時の避難路の一つでもあるから」
「……避難路を常用していいのか?」
「一つっていったでしょ。それにリクが裏の森に一人で入ったら死ぬまで、ううん死んでも出てこれないよ。私でもマクシミリアンがないと多分そうなる」
「なるほど、そいつはよっぽどだ」
あの森にはなんらかの魔術や魔法がかかってるってことか。現世界展開で突っ切ればなんとかなるのかもしれないけど、俺なら単純に森で迷うな!
そんな我ながら情けないことを考えていると、第二庭園の反対側でサッカーのような球技をやっている子供たちが目に入った。夕暮れの中で遊びに熱中する彼らをみてるとどこかノスタルジックな気分になる。庭園に吹き付ける薫風は依頼で疲れた体を癒してくれていた。
その安らぎを名残惜しく思い、俺は淵の階段に腰をかける。
「リク、私は報告に」
「……ちょっとはゆっくりしてけ。お前だって疲れてんだろ、少しぐらい休んでもばちは当たらないさ」
「でも」
「俺がここに一人で座ってたら屋敷のメイドに寂しい奴だって思われるだろう」
「立ち去りたくなってきた」
「オイ」
そんな軽口をたたき合いながらもアーデがここを離れることはない。どうやら寂しい俺の話し相手になってくれるようだ。
「あの子供達がやってるの、なんていうスポーツなんだ?」
「あれはフットサルっていうらしいよ」
「わかった。初代国王が広めたろ」
いい加減パターンが読める。
「……正解。有名なスポーツなの?」
「いや、有名は有名なんだけど。普通屋内でやる」
「あー。もともとは屋内でやってたんだけど、危ないし、美術品が壊れるから屋外でやるようになって」
まず場所を選べ。
「そうしたら人数のわりにスペースが広いから、人を11人にして」
どっから11でてきたんだ?
「ゴールを広くしたんだよ」
もう完全にサッカーだ。
「なるほどなー」
「私もあの子達と一緒の時ぐらいはやってたなぁ」
「意外、でもないか。あの子らと同じってことは10歳ぐらい?」
「そうそう、そのぐらい。あの頃は楽しかった。クラウディア様がいて、エゼルバルト様がいて、プリシラ様と……」
その時、アーデの顔がわずかに陰る。懐かしむ過去の憧憬も彼女には痛苦になりえる、ということだろうか。
当たり前のことだが、俺はまだ彼女のことをよく知らない。知り合った期間の短さからすればかなり仲良くなっている方だとは思う。だがそれでも落ち込む彼女に踏み出せるほどの勇気が俺にはなかった。
「……それなら、あの子達に混ざって遊んできたらどうだ?」
そんな気の利かないジョークを笑いかけながら言うので精一杯だ。
「ハハ、あそこに混ざるなんてそんなのエゼルバルト様でも無理だよ」
アーデもあわせて笑ってくれる。
「おいおい、そんなこと言っていいのか?」
「子供と同列に扱う方が失礼だと思うけど」
「それもそうか。まぁ確かにいくらエゼルでも子供と一緒に遊ぶなんて自覚のない真似しないだろうし」
「エゼルバルト様も国王として振る舞いは完璧なんだけどね。ところどころ隙があるから」
「あぁ、あれは正直困惑させられる」
本人はある程度真面目にやってるだろうから、余計反応に困る。下手なことをやると首が飛びかねないからな。
すると、庭園の端で遊んでいた子供達が解散したようだ。
「ん? 誰か走ってくるぞ? 知り合いか?」
「どこかの貴族の子かな」
そのうちの一人がこちらに向かって駆け出してきた。
というかあの輝かしい金髪の少年は――
「そういえば帰ってくる刻限であったな。余としたことが失念しておった」
子供達との遊戯に勤しんでおられた我らが国王陛下じゃないか。アーデは反射的かつ迅速にかしずいている。それはもう膝をすりむいてしまいそうな勢いでだ。
「や、やぁエゼル。こんなところで会うとは偶然だなぁー」
あれだけの距離があったのだから聞こえていないとは思うが、動揺はしてしまう。
「ふむ、なにたまには子供の相手をしてやるのも悪くない。にしても、どうしたのだ、妙にたどたどしいようにみえるが?」
「いや、依頼の疲れで足腰が震えて」
「座っておるではないか」
「下半身が固定されることで揺れが上半身に来てるんだよ!」
勢いでごまかしてしまおう。
「む、そ、そうか。してアーデ」
「ひゃい!」
俺が言えた義理ではないが、大丈夫か!?
エゼルは無言のままアーデの方に左手をかざす。そして、その両目をゆっくりと閉じる。3秒ほどした後、目を開けていった。
「うむ、分かった。下がってよいぞ。カサンドラに治療を頼んでおこう」
「はっ!」
今の動作は一体。
「リク、服装を整えたのち謁見の間、いや、居室まで来るがよい」
「わかった」
エゼルはそう言ってスタスタとバーニシア城の入り口まで歩いていった。それをながめつつ俺たちは
「リク、さっきの会話のことは……」
「……あぁ、わかってる」
そんな約束を交わしたのだった。




