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1-26「コスプレ王女と冒険譚の始まり2」



「エゼル、入るぞ」


 俺は身だしなみを整え軽い治療を受けてから、エゼルに言われた通り王の居室を訪れていた。するとそこにはいつも通り玉座にでんと構えるエゼルバルトと、控えて立っているカサンドラの姿があった。


「来たか、まぁまずは掛けるといい」


 そういわれて俺はいつも座っている席に座った。


「リク、まずは此度の依頼、ご苦労であった。アーデも珍しく褒めておったぞ」


「そいつは嬉しいが、できれば直接言ってもらいたかったな」


「あやつにあまり無理をいうでない」


 とそんなやりとりの中で少し疑問に思う、一体いつエゼルはアーデと話したんだ? 俺とアーデは同時にバーニシア城に入った。治療は俺の方が早く終わらせてきたし、着替えにそんな時間がかかったとも思えない。


「あの神獣の件だが」


「うっ来たか」


 正直それは気になっていた。ほとんど俺の独断で自分の配下にしてしまったし、何より目立つ。それに餌?代だって馬鹿にはならないだろう。

 返してきなさい、ぐらいで済めばいいが。


「いや、別にどうこうしろというわけではない」


「そうなのか?」


「あぁ、むしろリクは転生勇者としてこの王城にいるのだ。神獣の一匹や二匹、従わせてくれなくては困るというもの」


 冗談めかしてエゼルが笑う。

 転生勇者の期待値が高すぎませんかね。


「けど、あいつの餌……食事代だってかかるんじゃないか?」


「フッ、リク、あまりサンブリア国王を舐めてはいかん。それに手に入った兵力から鑑みれば釣り合わない出費、というわけではない。人化を覚えさせれば食事代もほとんどかからんだろうしな」


 兵力、か。戦いに巻き込んでしまうことに思うところがないわけではない。

だがまぁチーノ自体好戦的な性格をしているのだ。戦いのときは俺達の力になってもらおう。


「にしても神獣との戦いではクラウディア姉様も危なかったそうでないか、あらためて礼を言おう」


「……そのことなんだが」


 一瞬迷う、この先の言葉が本当に言ってもよい代物なのかを。しかし、言葉に出さなくては何もわからないままだ。それはリスクが高すぎる。


「エゼルは俺たちが、いや少なくともクラウが生きて帰ることはわかっていたんじゃないか?」


「なぜそう思う?」


 エゼルは表情を変えずに、試すような笑みのまま聞いてくる。


「まず第一にクラウが軽装すぎる。杖や魔導書を持たないのは百歩譲っていいとしても、宝飾具の一つもつけていない。流石に舐めすぎじゃないか?」


 魔法使いにとって杖や魔導書というものは、剣士にとっての剣と同等の意味合いを持つ。具体的には詠唱時間の縮小、威力の強化、精度の向上などが期待できるらしい。

 また特殊な宝飾具はそれ自体に魔法や魔術、様々な加護がかかっているものがあるだそうだ。今回クラウは俺のみた範囲内だとそのいずれももってきていなかった。ようは丸腰で戦地に赴いている、いくら伝え聞くクラウの実力が抜きんでているとしても油断しすぎだ。


「それにクラウのマナ、尽きるのが早すぎる」


「気づいておったか」


「当たり前だ。クラウの武勇伝についてはアーデから事あるごとに聞いているからな。そして最後に」


「なんだ?」


「俺を依頼への参加を進めたのがエゼルだった。これが決め手だよ」


 いくら闘技で奮戦し、アーデに打ち勝ったといっても、あくまで闘技は闘技。俺の実力を試すことが主目的だったはずだ。

 それに実際の戦闘で役に立つかは別問題だろう。足手まといになる可能性のある奴を王女の護衛につかせるなど正気の沙汰ではない。


「流石に、あからさますぎたか」


「そうでもないさ、クラウが苦戦する自体が起こらなければ思い当たらなかった。それでどこまで見えていたんだ?」


「クラウディア姉様とアーデが王城に戻ってくることは知っておった」


 やはり、か。


「俺の姿は予知では見えないのか?」


「見える、時の方が少ないな。それについては余も困っておる」


「ふーん、そんなもんか」


「……怒らぬのか?」


「何についてだ?」


「余はリクが戻ってこない可能性をしりつつ、それでも送り出したのだぞ? 多少の恨み言を言われても致し方無いと思うが」


 言われてみればそうなのだろうか? いや、しかし


「転生勇者なんてどんな奴が来るかもわからないんだ。国王として、その実力を疑ってかかるのは間違いじゃない。

 それに“お前に忠告されなかったから死にかけた”って言って怒るのか? もしそんな志の低い奴だと思われているなら、流石に心外だな」


 忠告とは他人の善意からくるものだ。そんな他者の優しさのみに依存して、自分の行動を決めるような奴は生きているとは言わない。


「この世界の人間がすべてリクのような考えならば、余の仕事も多少は楽になったやもしれんな……」


「なんなら、知っていてもいわないでほしいな。せっかくの異世界なんだ、これから起きることがわかるなんてつまらなさすぎる」


「未来が見えることがつまらない……か。確かにそれには同感であるな」


「あー、すまない」


「何、謝ることはない」


 エゼルには未来が見える力を渡されているのだ。逃げようのない国王という地位も。そう考えるとあまりにも無神経な発言だった。猛省しなくては。


「……リクよ此度の働き、余の期待以上のものであった。であれば何か褒美をとらせるとしよう。領地か? 金塊か? 望むものを述べるとよい」


「うーん、ならチーノに旨いものをたくさん食わせてやってくれるか? 表向き平気そうにしているが実はあいつ結構死にかけなんだよ」


 右手の刻印をひらつかせながらそう答える。俺は刻印を介してチーノの状態や位置をなんとなく知覚していた。

 正直いってその願いだけでもいくらかかるのか想像がつかないし。


「あやつのことなら心配することはない、その為にリコッタを向かわせたのだ。今余がいっているのはそういうことではないぞ」


「そんなことを言われてもな」


 なにかやるといわれると、なぜか要りませんって答えたくなるんだよ。


「……リク」


 エゼルが俺の名前を呟く。怒っているというより、物欲のない俺に呆れているようだ。


「そうだな……」


 少し、考え込み。そして今もっとも必要なものに思い当たる。


「そういえば一つ欲しいものがあった。かなり高い、いや、値のつけられない程のものだが」


「ほう、なんだ? 述べるがよい。余に用意できるものなら叶えよう」


「あぁエゼルになら用意できる、というよりエゼルしか持っていないものだ」


「そこまで言うとは、勿体つけるな。述べよ」


「……エゼルの信頼だ」


 王の居室に静寂が満ちる。そして次の瞬間―――



「ハッハッハっ! なるほどなるほど、余の信頼か!」


「そこまで可笑しいか?」


「いやなに、可笑しくもないが。にしても、もし安く見積もっていたらその首、跳ねておったぞ!」


 首を飛ばすジェスチャーだろうか、エゼルは腕を思いっきり真一文字に振るう。


「冗談に聞こえないんだが」


「冗談ではないからな、くっくっく」


 ぞっとしない言葉だ。


「そういうわけで、これからは今回のみたいな真似はしないでくれるか? 実際、一緒に生活している相手から常に観察されているってのは結構堪えるんだよ」


「うむ、約束しよう」


「それじゃあ、俺はこれで失礼する」


 そういって俺は王の居室を後にする




――――が


「どこへゆく?」


 玉座で笑みを浮かべるエゼルによって呼び止められた。

 意味が分からない、話は終わったはずだ。そう思っていたのは俺だけだったのか? 声色から感情が読み取れない。言いようのない不安が俺を包んだ。


「余は国王として、勇者に、褒美を取らせると言ったのだぞ?」


 今度はエゼルが勿体つけるように語る。なんだ、何だ? 何が言いたい。


「にも関わらず、勇者を手ぶらで帰らせては王の名折れだとは思わぬか?」


 そう言ってエゼルは随所に煌びやかな宝石があしらわれた古めかしい木箱を取り出す。それは高級漆が幾重にも塗ってあるかのような光沢を放っていた。

 

「国王陛下! それは!」


 傍らに立っており、今まで一言も発していなかったカサンドラが慟哭する。エゼルは片手を挙げただけでそれを制止した。


「よい。何、ほんの余興である」


 エゼルの手が木箱の上を滑る。すると、その木箱からガチャリ、ガチャリと何度も鍵の外れる音がしながら、その絵柄が絶えず変化していく。そして


「これは“角筆”といってな」


 中からは生物の角で作られた、箱と比較すると実に質素なペンが出てきた。それをエゼルは手に持ち、机に置いてあった羊皮紙にサラサラと何やら文字を書き記しているようだ。


「1000年前に現れた七つの頭をもち、再び現れた時この世に終焉をもたらすといわれている神獣。“原始の魔獣”の角から作られておる。なんでも全ての角筆で書かれた事象は因果律を超えて必ず履行されるそうだ。

 そして今はそれぞれの国の王が一本ずつ所有しておる」


 そんな大層なもので一体何を書いているというんだ? しばらくすると何やら書き終わったようで、エゼルはその文書を魔法によってこちらへと飛ばしてきた。


「受け取れ、これが余の“信頼”だ」


 中空に揺蕩うそれを震えた手でつかむ。そこには


「“転生勇者 リク・トーカ・イリンを次期国王に選任する”」


 ということが書いてあった。

 なんだ、これは? 意味が分からない。いや、理解が追い付かない。驚愕に浸る暇もなく、エゼルが玉座から勢いよく立ち上がった。


「まず最初にサンブリア!」


 俺の持っていた文書を指し、エゼルは語る。これから始まるであろう冒険譚を。

 よく見るとその書にはエゼルの署名の下に六つの空欄が存在した。


「次にフルエーラ、そしてブレトワルダ!」


 居室の壁にかかった大陸地図。サンブリア連合王国と書かれたそれの下で、幼い国王は踊るように、歌うように口にする。

 かつて奴隷であった獣人の溢れる国の名を、今もなお完全なる血統主義の貴族制度が蔓延る国の名を。


「エンリケス、テルディッチ、カスティリヤ」


 西の山岳地帯、東北の丘陵、北の密林を次々と指し示し――


「そして最後に――スメラギ」


 西北に位置する陸の孤島、反乱軍の本拠地の名を国王は告げた。


「どの国の王も、余ほど甘くないぞ。ある王は武を試し、ある王は知略を競わせ、またある王は取り入って傀儡に仕立て上げようとしてくるかもしれんな」


「……カスティリヤは占領下だろう?」


「取り返せばよい」


「スメラギは反乱を起こしてるよな?」


「打ち倒せばよいではないか、貴殿は世を平定に導く転生勇者なのであろう?」


「……暴君だ」


 そんなことを呟くことしかできない。


「転生勇者 リク・トーカ・イリン! 六つの国を巡り、角筆によってしたためられた残り六人の王の署名を集めよ。さすれば貴殿には――



――――この王位をくれてやる!」


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