1-23「コスプレ王女と冒険の終わり1」
「それでは帰りましょうか」
そういってアーデは踵を返し、大空洞の入り口へと向かっていく。俺はそれを――
「ちょっと待て」
「ひぎゅっ!」
襟を引っ張って止める。
アーデの悲鳴はもはや伝統芸だな。
「言ってくれればわかるからっ! 二話挟んだからって同じネタやらないでよ!」
若干涙目でアーデが叫ぶ、てかメタネタはやめろ。
「チーノをここに置いていくわけにはいかないって話はしただろ。どうするつもりなんだ」
「……うーん人化とか、幼体化とかできないの?」
「出来んな、わざわざ人へと身を落とす理由がわからん」
「それなら城に戻ってから習得してもらいましょう。流石にその体のままでは何かと不便でしょうから」
「うむ、相分かった」
指示通りクラウにはある程度口調を改めてくれているようだ。アーデはこれでも不服そうに俺を睨みつけているが。まぁそれは置いといて。
「今、この場で覚えてもらうことはできないのか?」
「すいません、人化魔術に関しては私も得意ではないので教えることは……」
「別に謝ることじゃないが、意外だな。バーニシア城にクラウよりも魔法に長けた人がいるとは」
俺はあの城に入ってから日が浅いし、そのような人物がいても不思議ではないが。それでも転生勇者の血統であるクラウの素養は群を抜いていると思っていた。
「勇者様は私を買いかぶり過ぎです。魔法に関したことでもアーデの方が博識ですし、白魔術や黒魔術などの古式魔術に関してはカサンドラには到底かないませんわ」
「あぁ、カサンドラか。なんか納得した……」
あの人は色々得体が知れないからな。
さっきクラウに回復魔術をかけられた時に分かったが、少なくとも回復魔術はカサンドラの方が圧倒的に上手い。
疲労があって精度が低いとか、そういうレベルではなかった。クラウは傷跡を表面からじりじり直していたが、カサンドラは内側の命から湧き上がらせる感じだ。
「……ならどうするの? この大きさだと洞窟からだせないんだけど。詰んでない? 私たちが先に帰って誰か連れてくる?」
「一時的だとしてもいきなりチーノをここに置いていくのは切ないな。てかそもそもさっきの道からだと俺たちも帰れないし」
「……へ?」
残酷なる俺の宣告にアーデがそんな間抜けな声をあげる。
「どういうことですか勇者様?」
「俺たちが来た道は崩落してた。クラウなら瓦礫を爆破できるかもしれないが、リスクは高いな。
いやー、アーデを囮にしてたら全滅だったな、結果オーライってことで」
チーノは暴れまわるし、クラウは爆裂魔法を連発してた。フェオの創造魔術もちょっと過剰だったみたいだしなぁー。天井に亀裂が入ってら。
ちょいちょい破片も降ってきてるし、まさか崩れないよな?
「ハハハ、笑えない。……ちょっと待って。もしかして私たち、今、詰んでる?」
事態をだんだんと咀嚼していく内に、アーデの顔が青ざめていく。アーデはわかりやすくリアクションを取ってくれるから面白い。
だからこそ、ついもったいつけて語りたくなってしまう。
「大丈夫だよ、こっちだ」
俺はそう言ってチーノの鼻先から、横を通りその後方まで歩いていく。ところどころ穴だらけの上になんかびちゃびちゃして絶妙に歩きにく――
「って、うわぁっ!」
――バチャンっ!
どうやら穴に液体の泥がたまっていたようだ。ヌルヌルしてる上に、傷に染みるし、微妙に生温かいのが気色悪い。
「勇者様っ!」
「クラウ、地面を固めておいてくれるか?」
「わかりました。岩盤魔法・硬化」
――ビキビキっ!
その声と共に辺りの大地が引き締まる。だが、
「俺ごとやれとは言ってない」
「あっ! 申し訳ありません……」
地面の中って落ち着くなぁ。
「ここだ」
俺は丁度チーノの真後ろまで来る。
「これってさっきの……」
「あぁ、多分な」
入口の反対側の壁には巨大な騎士の壁画が描かれていた。恐らく俺達が木端微塵にした上のものと同じものだろう。大空洞の周りはボロボロと破片がこぼれているがこの部分には傷一つない。
「人化も幼体化もできないなら、チーノをここに入れた穴が存在するはずだろ? さっき空から降って来たときに見かけたんだよ」
「あの時!? リクって意味のわからない余裕があるよね」
壁全体に掘られた民族紋様を思わせる刻印、手を当ててみると確かに魔力を感じる。魔法反射の術式だったはず。
ただ一つ疑問がある。
「チーノ、この壁ブチ破れるか?」
「無理だな」
流石にだろうな。
「ちなみになんで?」
「? 見てわからぬのか? 魔法反射の術式に加え、物理無効、自動再生、無効化耐性付与等。物理攻撃はもちろん、並みの魔術師には解除どころか、構成術式解析も出来んだろうな」
「よくわからないが、よくわからないということが分かった。要はただの岩の壁ならお前は叩き壊せるんだろう?」
「無論だが、できるのか?」
「まぁ任せとけ、お前には神の権能を見せてやる。『下がってろ』」
「ぐっくうぅ」
「おっとスマン、調節が難しいな」
俺の言葉と共にチーノがじりじりと後ずさりをする。なるほどこれが従属刻印の効果か、胸糞悪い力だ。
そして俺は壁を軽くコンコンと叩く、高さは大体10mってところだな。
「展開半径指定10m 理外魔術 起動 ――現世界展開――!」
俺の内側から広がっていく世界と共に、魔術というこの世界の術理が排斥されていく。フェオとの会話で認識したからだろうか、俺には目の前に存在していた魔術式がかき消されていったことが知覚できた。
「『世界解放』 これでいいはずだ、確認してくれ」
「ほう、確かに。にしてもなんだその力は? あれほどの防護術式を一瞬でかき消すとは」
壁をその巨足で触りながらチーノが俺に問いかけてくる。
「理外魔術。まぁ500年も眠ってたらわからないだろうな。こいつがこの世界に現れたのはだいたい50年前のことだし」
「それに500年以上も前なら、おそらく魔法の分類分けすら存在していませんでしょうから」
俺の言葉にクラウが注釈を加えてくる。
「そうなのか?」
「ええ、昔は全ても魔法が魔術としてしか認識されていなかったんですがって。この話はサンブリアに帰ってからにいたしましょうか」
「あぁ、そうだな」
本音を言えばちょっと気になるが、それよりもさっきから降ってくる破片の方がはるかに気になるんだよ。
「チーノ、やってくれ」
「了解した。我が主よ」
今度は刻印が作用しなかったな。そして――
――――バアガァアアァンっ!
チーノの豪快な一撃で壁が粉々に砕け散った。大きさは十分チーノが通っていける。ここも崩落で塞がってたらまじで詰みだった。だが、いや、やはりというべきか――
――ゴゴゴゴゴゴゴオォォォっ!
大空洞が、洞窟そのものが轟音という形で悲鳴をあげる! 絶え間なく降り注ぐ破片、剥がれていく壁に、供給炉が断たれ消えていく灯り。
「脱出だ! チーノに乗れ!」
チーノが首を垂れて俺達を乗せやすいようにしてくれる。乗ろうとする俺よりも早くアーデが軽快に飛び乗り
「クラウディア様! こちらへ!」
クラウへと手を差し出す。平気で数mぐらい飛び跳ねれるのは羨ましいな。俺もあのくらい魔力補正が欲しいものだ。
と、ちょっと呑気なことを考えたその視界の端だった。妙な真四角の石? いや、大きさから言えば岩だろう。辺りの壁と比較してもやたら古めかしいそれには古代言語が刻まれていた。なぜか、見入ってしまう。そこには
『白馬の騎士、ここに眠る。彼の者は常に始まりと支配のために』
そう書かれていた。『ここに眠る』ということは墓石ということだろうか。相変わらず意味が分からない。
「リクっ!」
アーデの叫びで我に返る。そしてアーデは俺へも手を差し伸べていた。
「あぁ!」
その手を取り、大地を蹴ってチーノへと飛び乗った。うなじをしっかりの握りしめる。でも、ここに乗ると前が見えないな。
「チーノ、居城に別れは済ませたか!」
「必要ない、この星の大地。そのすべてが我の居城だ!」
「ハハっ! 流石に言うじゃないか、それなら行こうぜ。いずれ変わらないこの大地に!」
「無論だっ! ワオオオォォォーーーンっ!」
今までとは違う、完全に透き通った遠吠え。それはこれまでへの別れの言葉か、新しい旅路への祝福か。
大空洞の岩盤をえぐりながら駆け出す神獣、大空洞の入り口は完全に埋まっていた。大穴の暗闇を巨影が疾走する。
「クラウ! 灯りを!」
「わかりました! 火炎魔法・燈火座!」
――パチンっ!
クラウの指慣らしと共に、暗澹たるこの道に連なるように灯りがともる。どんな暗闇もその火をかき消すことはできない。
そのことがなぜか特別に思える。
――ゴガガガガガガっーーーー!
さっきまで通っていた道が次々の土砂に飲み込まれていく! その距離は目測30m、20m、10m!
「もっとスピード出せないか!」
「ぐうぅ、流石に本調子とはいかんからな」
散々切り付けまくったチーノに期待するのも酷というものか。その時、目の前にチーノの頭ほどの大きさがある巨大な岩が落ちてくる。
「チーノっ!」
「無限凍結の吐息!」
だが、それはチーノに当たる前に空中に氷漬けになった。凄いな。絶対零度の咆哮にはかなわないもののあの大きさを一瞬とは。
――ドドドドドドっ!
今度は細かい、とはいっても大の大人一人分はある破片が進路を塞ぐようにいくつも降ってきた。
「疾風魔法・閃風 三重!」
今度はアーデがその全てを、切り刻み吹き飛ばす!
うわぁ、これ俺だけ役立たずなパターンだろ。
と思わずにはいられないが崩落の波は俺達のすぐ背後まで迫ってきている。出口はまだか!
辺りに木の根が多くなってきているもう少しのはずだ!
「これでっ! 打ち止めです! 大土流魔法・土石昇流!」
クラウの大魔法と共に迫ってきていた土石が俺達のことをチーノごと思いっきり、道の奥へと押し上げる!
てか、先が真っ暗、行き止まりじゃないかこれは!
「ぶつかるぅーーっ!」
――ドオオォンっ!
思わず目をつむる。衝撃は一瞬だった、ブチブチと音を立てて突き出る。恐る恐る目を開けるとそこには――。
地平線へと端をかける斜陽があった。どこまでも透き通った紅蓮に染まる夕暮れがあった。
「おお、おお! 久しいな、アポカリプスの火よっ! 恒久なる太陽よ!」
チーノが感動に浸っている。その眼の端には輝きが見えた。
「帰ろうぜ、俺たちのサンブリアへ!」
「うん!」
「もちろんですわ勇者様」
俺の言葉にアーデが、クラウが続いてくれる。
あぁ、そうだ。ここから無事に出られたら言ってやりたいことがクラウにはあったんだ。
「なぁ、クラウ」
「なんですか? 勇者様」
「これはものすごい大冒険だったんじゃないか?」
クラウはちょっとあっけにとられたような表情をした後。
「えぇ、これ以上ない大冒険でしたわっ!」
そう、喜びを噛みしめるような万年の笑みを浮かべてくれたんだ。
土埃にまみれてもなお神々しい金色の髪とあの太陽にすら劣らない紅蓮の瞳。その溢れんばかりの輝きが夕焼けに溶けていく。
頬の赤みがかった端正なその笑顔はこの冒険で、いやこれまで見たものの中でもっとも美しいと、俺はそう感じた。




