第二話 吸血鬼、農作業で能力を試す
第二話です
次の日。
吸血鬼になったオリオンは晴れて冒険者としての一歩を踏み出すーー
とはならなかった。
今日も来年の金賞を目指して朝から畑仕事だ。
「……本当に、吸血鬼になったんだよな」
先日、彼は吸血鬼に襲われた。
そして、オニオンのニンニクまみれの血を吸った吸血鬼が灰になって死んだ。
普通なら、人生が一変するような大事件だ。
力は以前の何倍にもなり、夜目は利くし、鼻も利くし、耳も良くなった。おまけに、吸血鬼なら苦手なはずのニンニクも日光も平気だった。
問題は、これらの能力をどう使えばいいのか、さっぱり分からないことだった。
「よし。とりあえず、色々試してみるか」
オニオンは庭先に転がっていた丸太を持ち上げた。
軽い。最初は驚いたが、流石に少し慣れてきた。
試しにブンと振り回してみる。
うん、問題ない。
今度は落ちている拳大の石を拾い、思いっきり握りしめてみる。
あっさりと砕けた。
「うおお!すげえ……これなら、冒険者になったときも――」
「オニオン!いつまで遊んでる!」
ニンニク畑から父の声が飛んできた。
「遊んでないよ!能力の確認を――」
「確認は畑でやれ!肥料を運ぶぞ!」
「吸血鬼の能力確認を農作業に組み込むなよ!」
こうして、オニオンの吸血鬼生活は、いつもどおり畑から始まった。
***
「よし、これを向こうの畝まで運んでくれ」
父が指さしたのは、肥料の詰まった袋だった。
普段なら一袋ずつ運ぶところだが、吸血鬼となったオニオンは自分の腕力に自信を持ち始めていた。
「これくらい余裕だろ」
オニオンは袋を二つ抱えた。
まだいける。
三つ。
いける。
四つ。
「おお……!」
五つ目を持ち上げたところで、オニオンは自分の力に感動した。
しかもまだ余力がある。
「よし!これなら一度に全部――」
「おい、オニオン」
「ん?」
「そのまま歩くな。足元を見ろ」
「え?」
次の瞬間、オニオンの足が地面にめり込んだ。
正確には、力を入れすぎた足が柔らかい畑の土を深く踏み抜いたのだ。
バランスを崩したオニオンは、肥料袋を抱えたまま前につんのめった。
ドサドサドサッ!
肥料が散らばり、畝の一部が無残に崩れた。
「…………」
「…………」
珍しく怒っているのか、父親はしばらく黙っていた。
オニオンは、恐る恐る顔を上げた。
「……ごめん」
「いや」
父親は崩れた畝を眺め、真剣な顔で言った。
「これだけ力があるなら、畑を倍にしてもいけそうだな」
「まだ言ってるのかよ!!」
吸血鬼になって最初に得た教訓。
それは、どんな超人的な力を手に入れようとも、父親の野望からは逃げられないということだった。
***
午前中の作業を終えたころ、オニオンはずっと気になっていた事を口にした。
「……やっぱり、うるさいな」
「何がだ?」
「いや、虫の音とか」
畑の周囲には、たくさんの虫がいる。
それは以前から知っていた。
しかし今は、少し離れた草むらで羽虫が飛ぶ音まで聞こえる。土の中で何かが動く気配も、木の上で鳥が羽ばたく音も、妙にはっきりと耳に入ってきた。
「これ、どこまで聞こえてるんだ……?」
「便利じゃないか」
「いや、便利だけどさ。ちょっと音が多すぎるんだよ」
「なら、夜の見回りも頼めるな」
「なんでそうなるんだよ!」
「夜目も利くんだろう?」
「利くけど!」
「鼻も利くんじゃないのか?」
「そうだけど!」
「決まりだな」
父は満足そうにうなずいた。
オニオンは天を仰ぎ両手で顔を覆った。
吸血鬼になり、超人的な力を手に入れた。
細かな音も聞き分け、夜でもよく見えるようになった。その結果、仕事が増えた。
「……俺、冒険者になれるんだろうか」
「何を言ってる。まずは畑だ」
「はいはい、分かってるよ……」
***
昼食は、いつもどおりニンニクたっぷりの料理だった。
焼いたパンにニンニクを塗り、香草と一緒に頬張る。畑仕事で腹が減っていることもあって、味は申し分ない。
ただ、オニオンには一つ気がかりがあった。
「親父」
「なんだ?」
「俺、吸血鬼になったんだよな」
「そうらしいな」
「……血が欲しくなったりするのかな」
口にしてみると、急に不安が大きくなった。
昨日から、喉の奥に妙な渇きを感じることがある。水を飲んでも消えない、かすかな違和感だ。
今のところ、人の血を吸いたいという衝動はないが、いつか突然、我慢できなくなったら?
父にいつか害を及ぼさないとも限らない。
そんなことを考えていると、父は少し考えてから言った。
「腹が減ってるんじゃないか?」
「いや、そういう話じゃなくて」
「しっかり食べろ。体が変わったならニンニクを食え」
「……いや、それは意味わからんけど……」
「午後も仕事があるぞ」
オニオンはため息をつきながら、皿に残ったニンニクを口に運んだ。
ニンニクの香りがフワッと鼻に抜ける。
不思議と、喉の渇きが少しだけ和らいだ気がした。
気のせいかもしれない。
だが、今は、そういうことにしておこう。
***
午後。
オニオンが畑の端で道具を片づけていると、嗅ぎ慣れない臭いに気付いた。
なんだか獣臭い。たまに見かける小動物とは違う気がする。そう思って振り向いた瞬間、茂みが大きく揺れた。
現れたのは、茶色い毛に覆われた魔物だった。
腰ほどの高さがあり、前脚には鋭い爪が生えている。口からのぞく牙は、普通の獣よりもずっと大きかった。
「ファングボア……!」
父が畑の向こうから声を上げた。
「オニオン、下がれ!」
ファングボアは、森の周辺に生息する猪型の魔物だ。
普段は人里に近づかないが、空腹になると家畜や人間を襲うこともある。そして今、そいつは畑の中に入り込んでいた。
ジャリッ。
ファングボアの前脚が畝を踏みつけた。
オニオンの表情が変わった。
「……おい。今綺麗に均したとこだぞ!」
ファングボアが唸る。
「そこ、どけよ」
当然、魔物に言葉は通じない。
突如、ファングボアは地面を蹴り、一気に飛びかかってきた。
「うわっ!」
オニオンは咄嗟に腕を上げて防御を試みる。
ガキンッ!
鋭い牙が、オニオンの腕にぶつかった。
……が、覚悟したはずの痛みは無く、傷一つついていない。
「え?」
驚いたのはオニオンだけではない。ファングボアも手応えがない事を不思議に思ったのか一瞬、動きを止めた。
「いや、ちょっと待て。今、俺、思いっきり噛みつかれたよな?」
オニオンが自分の腕を確認している間に、ファングボアは再び飛びかかってきた。
今度は、オニオンも動いた。
迫ってくる牙を横にかわす。宙に浮いたファングボアの前脚をつかみ、突進の勢いを利用して投げつける。
ファングボアの巨体が、地面を勢いよく滑って転がる。
「……あれ?」
自分でも驚くほど、体が自然に動いた。
どこへ避ければいいのか、どこを掴めば相手が崩れるのかが直感的に理解できる。まるで、体が勝手に動いているような感覚だった。
もちろん、戦い方など習ったことはない。
冒険者に憧れてはいたが、実際に魔物と戦った経験はなかった。
それでも。
「いける……か?」
ファングボアが、怒りに満ちた唸り声を上げた。
「いや、やっぱ怖いな!」
オニオンは咄嗟に足元に転がっていた木の棒を拾い、振り下ろした。
ゴツンッ!
棒が頭に当たった瞬間弾け飛び、ファングボアは、驚いたように飛び退いた。
棒が脆すぎて致命打にはならなかったようだ。武器を無くしたオニオンは丸腰のまま、必死に威嚇する。
「こ、これ以上、畑を荒らすなら……!」
ファングボアはしばらくオニオンを睨んでいたが、敵わないと悟ったのか、やがて森の中へ逃げていった。
静寂が戻る。
オニオンは緊張からしばらく動けなかった。
「……勝った?」
「逃げただけだ」
父が近づいてきた。
「でも、追い払ったじゃないか」
「まあな」
父はオニオンの腕を確かめた。
「怪我はないか?」
「うん。全然」
「そうか」
そこで父は、つぶれた畑の畝を見やり、溜め息をついた。
「……それにしても、ひどい有様だ」
父はしゃがみ込み、荒らされた畝を確認し始めた。
「この辺りは植え直しだな。明日は朝から修復するぞ」
「俺、魔物を追い払ったんだ……」
「よくやった」
父は顔を上げて、短く言った。
「助かった。ありがとうな」
その言葉に、オニオンは少しだけ照れくさくなった。しかし父はすぐに畑へ視線を戻した。
「で、修復が終わったら、あっちの区画も開墾できそうだな」
「だから畑を増やすなって!」
***
その日の夕方。
オニオンは畑の端に腰を下ろし、森を眺めていた。
今日一日で、いろいろなことが分かった。
自分は普通の人間ではなくなった。
信じられないほどの力があり、耳も目も良くなった。傷も簡単にはつかない。魔物を相手にしても、逃げずに立ち向かうことができた。
まだ、吸血鬼としての自分がどういう状態なのかははっきりとは分からない。血への渇きも、少し気になる。
けれど。
「……冒険者、やっぱり目指せるかもしれないな」
初めて、そう思えた。
父の畑を手伝いながら、少しずつ力の使い方を覚えていけばいい。いつか、この村を出て、広い世界を見に行く。
そのためにも、まずは――。
「オニオン! 明日は日の出前から作業だぞ!」
「なんでだよ!」
夢への第一歩は、どうやら明日の早朝から始まるらしい。
「……冒険者への道、遠いなぁ」
まだまだ先は長いですが頑張って続けていこうと思いますm(_ _)m




