第一話 ニンニク農家、吸血鬼になる
よろしくお願いします!
オニオン・ガーリック。十五歳。
ニンニク農家の一人息子。
夢は、冒険者になり世界に名を轟かせること。
そして、彼は今日もニンニクを食べていた。
「オニオン、飯だぞ!」
「はーい」
父親に呼ばれ、オニオンは食卓についた。
テーブルに並ぶのは、ニンニクたっぷりのスープ、ニンニクを練り込んだパン、ニンニクの丸焼き。そして、ニンニクを使った何だかよく分からない料理。
「……親父。たまには違うもの食いたいんだけど」
「何を言ってる。農家たるもの、自分が育てた作物を食べてこそ一人前だ」
「いや、うちニンニクしか育ててないじゃん。流石にそれはバランス悪いよね?」
「ニンニクは万能だ」
「会話にならない……」
父親は満足げにニンニクを頬張った。
オニオンも、ため息をつきながらパンをかじる。
物心ついた頃から、彼の食卓にはニンニクがあった。
いや、ニンニクしか無かった。
朝もニンニク。昼もニンニク。夜もニンニク。
おやつもニンニク。
このままでは、冒険者所ではない。ニンニクと一生を添い遂げることになってしまう。
「ところで、オニオン」
「ん?」
「今日は王都に行くぞ」
「王都?」
「言ってあっただろう。農産物品評会だ。今年こそ金賞を取る!」
父親の目が燃えた。
オニオンの目も輝いた。
「金賞って、賞金出るんだよな?」
「もちろんだ!」
「よし! 俺、賞金でステーキ食うぞ!」
「ああ。ニンニクは肉料理によく合うからな」
「ニンニクから離れてくれよ!!」
こうして、二人は自慢のニンニクを荷車に積み、王都へと向かった。
***
結果から言えば、品評会は惨敗だった。
「なぜだ……。こんなに素晴らしいニンニクなのに……!」
父親は審査結果の書かれた紙を握りしめ、肩を震わせていた。
「いや、ほら、ほかの農家も頑張ってたしさ」
「来年だ」
「え?」
「来年こそ金賞を取る。畑を倍にするぞ!」
「待て待て待て!俺の仕事も倍になるだろ!」
「安心しろ。お前ならできる」
「そういう問題じゃねえ!」
結局、オニオンは念願のステーキにありつくことは出来ず、帰路につくことになった。
夕暮れの街道を、荷車がゴトゴトと進んでいく。
やがて、車輪が嫌な音を立てた。
ガコンッ!
「うわっ!」
荷車が大きく傾き、止まった。
父親が車輪を確認し、顔をしかめる。
「車軸がずれたか……。工具を借りてくる。近くに村があるはずだ」
「俺は?」
「荷車とニンニクを見ていろ」
「はいはい」
「絶対に目を離すなよ」
「分かったって」
父親は念を押すと、工具を借りるため村へ向かった。
ひとり残されたオニオンは、荷車のそばに腰を下ろした。
「……冒険者、か」
空を見上げる。
農家の仕事が嫌いなわけではない。
父親のニンニクに対する情熱も、まあ、理解できなくはない。
だが、十五歳にもなれば夢のひとつくらいある。
世界を旅して、魔物と戦い、ダンジョンを探索する。そんな冒険に出たい。
「来年には、なんとか家を出たいな……」
そのときだった。
「ほう。こんな場所に、人間がひとりとは」
背後から、不意に声がした。
オニオンが振り返る。
そこに立っていたのは、黒い外套をまとった男。
青白い肌。整った顔立ち。闇のように黒い髪。
そして、口元から覗く鋭い牙。
「だ……誰だ?」
男は優雅に微笑んだ。
「私はヴァルゼイン。吸血鬼だ」
「……吸血鬼?」
「いかにも。五百年を生きる高貴なる吸血鬼よ」
「へ……?」
オニオンは男をじっと見た。
吸血鬼なんて、フィクションの世界でしか知らない。そんな戯言を真に受ける程、素直な性格では無いつもりだ。
しかし、異様な存在感を放つその男を目の前にして、本能的に真実だと確信していた。
ゴクリ……
「それで……何の用だ?」
ヴァルゼインの笑みが深まる。
「決まっていよう。血だ」
「血?」
「貴様の血をいただく」
「素直に言う事を聞くとでも?」
「拒否権があると思うか?」
次の瞬間、ヴァルゼインの姿が消えた。
「――っ!」
気づいたときには、首筋に鋭い痛みが走っていた。
牙が食い込む。血が吸われ、抵抗しようにも身体から力が抜け、視界が薄れてくる。
「ふむ……なかなかの味だ」
ヴァルゼインは恍惚とした表情で、さらに血を吸い上げる。
だが、オニオンが意識をいよいよ手放しそうになった次の瞬間。
「……んん?」
その顔が、ぴたりと止まった。
「……なんだ、これは」
ヴァルゼインの顔が引きつった。
「ぐっ……!こ……これは……!」
ヴァルゼインはオニオンの首から口を離し、口元を押さえる。
「ニ、ニンニク……!?」
「……え?」
オニオンはぼんやりと顔を上げた。
ヴァルゼインの身体が震え始める。
「馬鹿な……!人間の血から、これほどのニンニクの気配が……!」
「いや、俺、ニンニク農家だから……」
「何を食べて生きているのだ、貴様はぁぁぁっ!」
「いや、だからニンニクだけど……」
「化け物め――――っ!!」
ヴァルゼインの身体から黒い煙が噴き出した。
皮膚がひび割れ、指先から崩れ、灰となって風に舞う。
五百年を生きた吸血鬼は、信じられないものを見る目でオニオンを睨んだ。
「ありえぬ……!我が……人間ごときに……!」
そして。
ヴァルゼインは、灰となって消滅した。
後には、夕暮れの風と、呆然と座り込むオニオンだけが残された。
「…………え?助かった……のか?」
しばらくして、オニオンは自分の首に触れた。
確かに傷がある。
だが、不思議なことに、身体は少しずつ回復しているようだった。
手放しかけた意識も元に戻って来たし、既に首の傷の血は止まっているようだ。
それだけではない。
身体の奥から、これまで感じたことのない全能感が湧き上がってくる。
そして、遠くの川のせせらぎが聞こえる。
この夜の闇の中でも、鮮明に遠くまで見渡せる。
心臓の鼓動が、ひどく高鳴っていた。
「……なんだよ、これ」
そのとき。
「オニオン!待たせた!いやーすっかり暗くなってしまったな!」
ようやく工具を抱えた父親が戻ってきた。
「……親父。遅かったじゃないか」
「どうした?顔色が悪いぞ」
「俺、今、吸血鬼に襲われたんだけど」
「そうか」
「そうか、じゃねえよ!!」
父親はオニオンの首筋をちらりと見た。
それから、荷車へと視線を移す。
「ところで、ニンニクは無事か!?」
「息子よりニンニクの心配すんな!!」
「フッ。大丈夫だ。お前は俺のニンニクを食べて育ったんだからな!」
「ニンニクへの信頼がすごい……」
父親は荷台を確認し、ほっと胸をなで下ろした。
「よし、全部無事だ」
「俺も一応無事なんだけど……」
「そうか。なら、車輪を直すぞ」
「ちょっとは労れよ……!」
父親は何事もなかったかのように修理を始める。
オニオンは自分の首筋を押さえながら、ふと空を見上げた。
吸血鬼に襲われた。
その吸血鬼が、なぜか自分の血を飲んで灰になった。自分の身体にも、何か異変が起きている。
普通なら、人生が一変したと考えるべき状況だろう。
だが。
「……腹減ったな」
結局、オニオンの頭に浮かんだのは、それだった。
***
その夜。オニオン達の住む村から遠く離れた、とある城にて。
玉座に、一人の少女が腰掛けていた。
艶やかな銀髪。
血のように赤い瞳。
人間離れした美貌と、近づく者すべてを圧倒する威厳。
彼女の名は、エリザ・ヴァイオレット。
吸血鬼たちを統べる女王である。
その瞬間、彼女の瞳がわずかに細められた。
「……ヴァルゼインが死んだ?」
五百年を生きた吸血鬼。
古き血統を持つ、強大な吸血鬼。
その存在が、突然この世から消えた。
吸血鬼たちは、血のつながりを通じて、同じ血統に連なる者の死を感じ取ることができる。
「五百年もの間、生き延びた男が……」
エリザは玉座の肘掛けに指を置いた。
「同族の仕業か。それとも……」
側近の吸血鬼が膝をつく。
「エリザ様。調査隊を派遣いたしますか?」
「当然。ヴァルゼインの最期を調べなさい。何者かによって死んだのであれば、その正体を突き止めるのよ」
「はっ!」
側近が立ち去ろうとしたとき、エリザはふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、ヴァルゼインの城には、確か立派なワインセラーがあったわね?」
「……はい?」
「主を失った城の財産は、誰が管理することになる?」
「エリザ様。まずは死の原因を調査することが先決かと」
「わ、分かってる。分かってるわ」
エリザは咳払いをした。
「ただ、年代物のワインが放置されるのは、あまりにも惜しいじゃない?」
側近は何も答えなかった。
女王の威厳は、ほんの少しだけ揺らいでいた。
***
翌朝。
「オニオン、起きろ。朝だぞ」
「ん……」
オニオンはゆっくりと目を開けた。
昨日の出来事は、夢ではなかった。首筋には、まだ噛み跡が残っている。身体の奥には、奇妙な感覚があった。
自分は本当に、吸血鬼になってしまったのだろうか。
「顔色が悪いぞ。何かあったのか?」
「いや……ちょっと昨日、吸血鬼に噛まれたからかな」
「そうか。朝飯は食えるか?」
「食えるけど! そこはもうちょっと心配しろよ!」
「飯が食えるなら問題ないだろ」
「問題しかねえよ!!」
父親は首をかしげながら、朝食をテーブルに並べた。
ニンニクトースト。
ニンニクスープ。
そして、ニンニクの丸焼き。
「いや……親父」
「なんだ?」
「……なんでもない」
吸血鬼ってニンニク食べちゃ駄目なんじゃないのか?
しかし、ニンニク料理を目の前にして、その香りを嗅いでも全く忌避感はない。
オニオンは試しに、ニンニクトーストをひと口かじった。
……普通に食べられる。
むしろ、いつもより美味い気がする。
「…………」
続けて、スープを飲む。
うん、問題ない。身体が拒絶する様子もない。
オニオンは恐る恐る窓の外を見た。
朝日が差し込んでいる。
吸血鬼といえば、太陽の光を浴びれば灰になるはずだ。
「……いや、まさかな」
オニオンは恐る恐る右手を窓から差し込む光へと伸ばす。
何も起きない。
左手も伸ばす。
何も起きない。
意を決して外へ出てみる。
朝日が全身を照らした。
「…………」
無事だった。
「ふぅー……普通に生きてるな」
父親が畑仕事の準備をしながら言った。
「何をやってるんだ?」
「いや、……日光浴?」
「農家なら毎日やってるだろう」
「まあ、そうだけどさ……」
ニンニクも平気。
日光も平気。
吸血鬼になったはずなのに、所謂吸血鬼の弱点と伝えられている事が当てはまらない。
一方で、力は明らかに強くなっていた。
試しに荷車を持ち上げようとしたところ、片手で軽々と持ち上がってしまった。
「うわっ!?なんだこれ!?」
「おお!力がついたな!」
「いや、ついたな!じゃなくて!」
「その調子なら畑を倍にしても安心だな!」
「話を聞けぇぇぇ!!」
オニオンは頭を抱えた。
自分の身に起きたことは、間違いなく普通ではない。
本当なら血を吸われた時点で死んでいたか、運良く生き延びたとしても、これまで通りの日常を過ごすことは叶わなかっただろう。
いまいち理解が及ばないが、長年食べ続けたニンニクが吸血鬼から身を護ってくれた。
その上、デメリットまで打ち消してくれたとでもいうのだろうか。
「まあ、考えても仕方ないか……」
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
オニオンは、吸血鬼になった。そして、吸血鬼の弱点を持っていなかった。
***
「オニオン! 畑を倍にするぞ!」
「昨日の今日で何言ってんだよ!!」
朝のニンニク畑に、父親の野望が響き渡っていた。
吸血鬼の女王は、同族の死に動き出した。
そして、その死の原因となった少年は、ニンニク農家の仕事に追われていた。
本人はまだ知らない。
自分が吸血鬼の常識を覆す存在であることを。
「親父! 俺、冒険者になりたいんだ!」
「そうか。ならまずは来年の品評会で金賞を取ることからだ!」
「なんでだよ!?」
こうして、吸血鬼オニオンの物語は始まった。
なお、彼の当面の目標は、本人の意志とは関係なく、来年の品評会で金賞を取ることである。




