第2話 加藤清正視点
関白殿下が崩御なされたその日、城中は泣き声とざわめきに満ちていた。
だが、わしの胸を最も冷やしたのは、殿下の死そのものではない。
その直後に、石田治部が動き出したことよ。
「秀頼公の御安泰のため、余計な芽は摘むべきです」
治部はそう言い放った。
その“余計な芽”とは、小早川中納言――金吾のことじゃ。
わしは思わず拳を握った。
治部の理屈はわかる。
だが、あの子を“排除すべき存在”と断じるのは、あまりに冷たい。
金吾は、殿下が愛した甥であり、北政所様が育てた子。
そして、わしにとっては弟のような存在じゃ。
「治部、金吾はそんな御方ではござらぬ」
そう言っても、治部は眉一つ動かさぬ。
「主計頭殿、あなたは情に流されすぎる」
その一言で、わしの胸は煮えたぎった。
情に流される?
ああ、そうかもしれぬ。
だが、情を捨てて何が武士か。
何が豊臣家か。
わしはすぐに動いた。
松寿、市松――尾張以来の仲間を呼び集めた。
松寿は冷静に状況を読み、市松は怒りを隠そうともしなかった。
「治部め、また勝手を……!」
「虎之助、どうするつもりだ」
「決まっておろう。北政所様にお伝えし、徳川内府殿、前田大納言殿にも掛け合う」
わしらは北政所様のもとへ向かった。
北政所様は殿下を失った悲しみの中におられたが、
金吾の危機を聞くや、顔色が変わった。
「金吾……あの子が……?」
その声は震えていた。
わしは胸が締めつけられた。
「北政所様、どうかご安心を。
わしらが必ず、金吾をお守りいたしまする」
北政所様は涙を流しながら、わしの手を握られた。
「虎之助……あの子は、殿下の光でした。
豊臣を支えてくれる子なのです。
どうか……どうか助けておくれ」
その言葉に、わしは腹を決めた。
金吾は、豊臣家の“光”なのだ。
その光を消させてなるものか。
次に向かったのは内府殿のもと。
内府殿は狸のような笑みを浮かべ、わしらの訴えを聞いていた。
「ほう……治部殿は、そこまで急いておるのか」
「内府殿、金吾は殿下の御遺志を継ぐ御方。
どうかお力添えを」
「虎之助殿、あなたほど真っ直ぐな男はおらぬな」
内府殿はそう言って、ゆっくりと頷いた。
その目には、何か含みがあった。
味方ではあるが、ただの味方ではない。
だが今は、それでよい。
金吾を守るためなら、狸の手でも借りる。
大納言殿――前田利家もまた、わしらの訴えに耳を傾けてくれた。
「治部は急ぎすぎじゃ。若い者を潰してはならぬ」
利家公の言葉は重かった。
これで、金吾の命は繋がった。
そして――肝心の金吾はというと。
「虎之助、ご心配をおかけして……」
そう言って、いつものように柔らかく笑った。
わしは思わず言った。
「金吾、なぜもっと不安がられぬ?
命が狙われておるのに」
すると金吾は、どこか達観したように言った。
「虎之助、私は……流れに逆らうより、
流れの中で自分の道を見つけとうございます。
それが、叔父上――殿下の教えでしたゆえ」
わしは言葉を失った。
この若さで、なぜそこまで静かでいられるのか。
何を考えているのか、よくわからぬ。
だが、その“わからなさ”こそが、あの子の魅力であり、悩ましさでもある。
――金吾は、ほんに悩ましい。
だが、あの子の笑顔は、確かに人を救う。
北政所様も、秀頼様も、そしてわしも。
あの光を守るためなら、わしは何度でも剣を取る。
そう心に誓い、わしは治部の影が伸びる城下を見つめた。




