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金吾殿は悩ましい  ・・小早川秀秋の関ヶ原・・  作者: 双鶴


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第1話 豊臣秀吉視点

死というものは、思うほど騒がしいものではなかった。

音が遠のき、光が薄れ、息が細くなる。

だが不思議なことに、心だけは澄んでいく。

静けさの底に沈みながら、わしはただ一人の若者の姿を思い浮かべておった。


――小早川秀秋のことじゃ。


寧々の兄、木下家定の子として生まれたあの子は、幼い頃、長浜城で寧々と共に育てた。

わしにとっては甥であり、実の子のようでもあった。

わしは秀秋を金吾、金吾、と可愛がった。

朝餉の支度をする寧々の袖を引き、「叔父上、今日は外へ参ってもよろしいか」と

小さな声で尋ねてきた日のことを、今も覚えておる。


あの子は、よう笑う子であった。

わしがどれほど忙しくとも、あの笑顔を見ると、天下のことも戦のことも忘れられた。

だが成長するにつれ、わしを「関白殿下」と呼ぶようになった。

それは誇らしくもあり、どこか寂しくもあった。


そういえば――あの子が初めて小姓を選んだ日のことがあった。

わしは試しに二人の若者を前に立たせ、「どちらを付けたいか、選んでみよ」と言うた。

一人は才覚に優れ、武芸も達者。

もう一人は少し劣るが、真面目で人当たりが柔らかい。


秀秋はしばし二人を見つめ、静かに言うた。

「こちらの者は賢いが、私を見る目が冷とうございます。

 もう一人の者は劣るところもありますが、私をきちんと見ております。

 ゆえに、相性の良い方と共に歩みとうございます」


わしは驚いた。

あの子は、幼いながらも“人の心”を見ておった。

その判断は、のちの世で敵か味方かを選ぶ時にも通じるものよ。

あの子は、能力よりも“心”を見る。

それが、あの子の強さであり、危うさでもある。


やがて隆景の養子となり、小早川家を継ぐことになったが、

名将・小早川隆景の跡を継ぐには、まだまだ荷が重い。

毛利家中も案じておる。

「若すぎる」「操られはせぬか」と、あれこれ噂が立つ。

輝元も広家も、秀秋の明るさを“軽さ”と見ておる。

だが、わしは知っておる。

あの子は軽いのではない。

ただ、真っ直ぐなだけじゃ。


その真っ直ぐさが、戦国の世では一番危うい。


三成は、あの子を好かなんだ。

理で動く三成には、情で動く秀秋が理解できぬ。

秀秋が誰にでも笑みを向けるたび、

「殿下、金吾中納言は甘すぎまする」と、眉をひそめておった。

わしは笑って返したものよ。

「甘いからこそ、ええのじゃ」と。

だが三成は納得せぬ。

あの子を“豊臣の駒”として扱おうとし、

その素直さを“危うさ”と見ておった。


家康は、三成とは逆よ。

あの狸め、秀秋の素直さを“利用価値”と見た。

「金吾様は実に人懐こい。いずれ大器となりましょう」

などと口では褒めながら、心の内では“手懐ける算段”をしておる。

秀秋もまた、家康を疑うことなく慕っておった。

「家康公は、ようしてくださる」と、無邪気に言うておった。

その言葉を聞くたび、わしは胸の奥がざわついた。


あの子と本当に気が合うのは、加藤清正くらいのものよ。

清正は武骨な男じゃが、情に厚い。

「殿下、金吾様はええ若君です。あの子は誰よりも真っ直ぐです」

と、清正はよう言うてくれた。

清正の言葉は、わしの慰めでもあった。


それゆえ、わしは心配でならず、稲葉正成を家老として付けた。

正成は実直で、秀秋をよく支えてくれる。

だが、あの子の明るさは、時に正成の胃を痛める。

それでも、あの子を守れるのは、正成しかおらぬ。


わしが病に伏してからも、秀秋は変わらなんだ。

「関白殿下、どうかご快癒を。治られたら、また鷹狩りに参りとうございます」

と、わしの手を握ったあの温もりが、今も離れぬ。


あの子は、まだ十七。

ただの若武者で、ただの優しい子じゃ。

それでも天下は、あの子を放してはくれぬ。


……寧々よ。

おまえに託すしかあるまい。

あの子の行く末を、どうか見守ってやってくれ。

あの子の笑顔は、秀頼を支えるはずじゃ。

わしが果たせぬ役目を、おまえなら果たせよう。

あの子の心が折れぬよう、そばにいてやってくれ。


わしの死は静かじゃ。

だが、あの子の未来は、ざわめきの渦の中にある。

そのすべてが、あの子を引き寄せ、揺らし、試すであろう。


秀秋は、ほんに悩ましい。

あの子自身も、周りの者らも、皆が悩まされる。

それでも――

あの子なら、きっと笑って進むじゃろう。


わしは、そう信じてこの世を去る。


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