第10話 大谷吉継視点
治部が決戦を決意した時、
わしは何度も諌めた。
「まだ早い」
「味方が揃わぬ」
「家康を侮るな」
だが、治部は聞かなかった。
あの男は、己の理を信じすぎる。
そして、わしは――
そんな治部を見捨てることができぬ。
豊臣家への恩義。
治部との友情。
その二つが、わしをこの戦場へと連れてきた。
島津も、宇喜多秀家も、上杉景勝も味方についた。
毛利輝元も総大将に据えた。
ここまで整えれば、勝機はある。
だが――
ひとつだけ、どうしても拭えぬ不安があった。
松尾山の金吾中納言、小早川秀秋。
あの若者は、読めぬ。
治部が排除しようとしたことも知っている。
家康が取り込もうとしていることも知っている。
毛利本家が揺れていることも知っている。
ゆえに、わしは金吾の裏切りに備えて、
松尾山の真下に陣を敷いた。
「万が一、金吾が動けば、わしが止める」
それが、わしの役目だと思った。
開戦の火蓋が切られた。
戦場は一進一退。
宇喜多勢が奮戦し、石田勢が踏みとどまり、
わしの隊も必死に敵を押し返した。
だが――
松尾山は動かぬ。
金吾の旗は、風に揺れるだけ。
兵は沈黙し、馬は動かず、
ただ、山上から戦場を見下ろしている。
わしは苛立ちを覚えた。
「金吾……何をしておる」
動かぬなら動かぬでよい。
だが、動かぬことがわかれば、
わしも前へ出られる。
だが、金吾は沈黙したまま。
その沈黙が、わしの動きを鈍らせる。
「吉継様、松尾山は……」
「わかっておる。だが、まだ動かぬ」
わしは前を向いた。
金吾が動かぬなら、
わしは治部のために、豊臣家のために、
この戦を押し切る。
そう思った。だから前進しようと下知を下した。正に、その瞬間だった。
――背後から、地鳴りがした。
振り返ると、
松尾山から土煙が上がっていた。
馬の嘶き。
槍のきらめき。
旗の奔流。
小早川勢が――
山を駆け降りてくる。
「来たか……!」
わしは歯を食いしばった。
山を下る勢いは、平地の比ではない。
そのまま、わしの陣へ突っ込んできた。
大谷軍は大混乱に陥った。
左右が崩れ、中央が押し込まれ、
わしの目の前で兵が次々と倒れていく。
「金吾……おぬしが……!」
あれほど警戒し、
あれほど侮り、
あれほど恐れていた相手に――
わしは引導を渡されようとしている。
なんとも、悔しく、
なんとも、情けなく、
なんとも、悩ましい。
だが、これが戦だ。
これが天下だ。
これが、治部の選んだ道だ。
わしは槍を握り直した。
「治部……先に行くぞ。
おぬしの理は、わしが最後まで支える」
金吾の突撃が迫る。
その勢いは、もはや止められぬ。
わしは静かに目を閉じた。
――金吾中納言。
おぬしの“悩ましさ”が、
この戦の形を決めたのだ。
そして、わしの命運も。




