第一話
「はい、それでは1人ずつー自己紹介しよーか」
「えー」
「やだー」
暖かい陽だまりの中、笑みを含んだ担任の声に不満げな生徒たちの声が上がる。
騒つく周囲の音にはっと我に返った。
最悪だ、あの日のことを思い出すとは。
せっかくの小春日和に苦い回想をしてしまい、思わず眉間にしわがよる。
何で今更……、今まで忘れてたはずなのに。
頬杖をついていた片肘が痛む。どうやら俺は随分と物思いに耽っていたらしい。
「あ、あのさ」
ふいに誰かの囁き声が聞こえた。
最近声変わりしたのか、どこか幼さを含んでいる。成長期が遅かったのだろうか、きっとこの感じであれば体格も小柄だろう。
「おーい」
その声は必死に誰かに呼びかけていた。
いやしかし、小柄なのも今だけなのかもしれない。今に巨人になったりして……あり得るな。
「おい!」
いきなり肩を掴まれて体が跳ね上がる。先ほどからの声が自分の後ろの席からしていたことに気づき、またその声の主が自分の想像通りの風貌だったのも相まって余計に驚く。
「お前の番だぞ」
声をひそめてそいつはこそっと言った。
そして、まだ少年っぽいあどけなさが残る顔付きで俺をじっと見つめる。大真面目な顔をして、何か俺の行動を待っているようだった。
「俺の番って何のことだ?」
じっと俺の目を見て逸らさないその様子に、俺は戸惑いながら聞き返す。
するとそいつは、顎で周囲を見るように促した。
促されてからようやく気付く。ザワザワとした教室内、俺とそいつに集まる視線…、いや正確には俺に集まる視線に。
要するに、俺の番というのは自己紹介のことらしい。どうやらそれが、俺のところで止まっていたみたいだ。
慌てて弾かれたように立つ。
「え……っと、椋尾志優です」
やっべえ、何を言おう。
何とか自分の名前は言えたものの、後が続かない。他の生徒は名前の他にもそれぞれ自分の趣味だったり、好きな本やドラマ、得意なことなんかも付け加えていた。
だが、俺はそういうことをサラッと言えないタイプ。つまり俺は、自分では認めたくないが……コミュ障だ。
言葉を失う俺に、静かだった室内が再び騒めき始める。
そのまま座ってしまえば良かったのだろうが、こんなことで新生活につまづいている自分を、俺のプライドが許さなかった。
何か、言えることはないだろか。それこそ、得意なこととか……。そうだ!特技だ。俺にはあれがあるだろう。
「特技はバス…」
ケって違うだろ!もうやめるんだったろ、バスケは。
「バ、バッティング!特技はバッティングです!」
……何を言ってるんだ、俺は。野球なんてしたことないだろうが。そもそも、バットすら持ったこともないのに……。
「おー、いいねー。椋尾、部活は野球部入れよ!俺がきっちり面倒見てやる」
自分に失望し、へたり込むように座ると、担任と目が合う。意外にも体育会系なのか、メガネのその奥で小さな火花が散るのが見えた。
参った、面倒なことになった。その火の粉が自分にかからないことを祈りながら、俺は窓の外に視線をやる。
「俺、楠大桜って言います!特技はバスケ。中学ん時、キャプテンで4番付けて全中行きました。高校でもバスケ続けるつもりでインハイ制覇目指してるんで、応援よろしくお願いします!」
特技はバスケ、その言葉で思わず振り向いてしまった。さっき俺に声をかけてくれた奴だ。
「あ、応援よろしくは違うか。えっと、これから一年よろしくお願いしまっす!」
どっと場に笑いと拍手が巻き起こる。
人懐っこそうな笑みを浮かべ、一瞬で皆を虜にする。人の心を掴む力があり、中学時代にキャプテンとして部を率いていたのも納得だった。
全中、か………。お前もあいつのプレイ、見たのか?あの圧倒的な力の差を、天賦の才を。目の当たりにしたのか?
いや、してないだろうな。でなければあんな無邪気な笑顔で、インハイ制覇目指してる……なんて言えないだろう。
少なくとも俺はそうだった。
半年以上経っても、俺の心は今だあの日からずっとあの場所に取り残され続けたままなのだから。




