呪われた女子高生
「どなたとは存じませんが、わざわざ御足労いただき光栄です。本日はどのような御用向きでしょうか」
慇懃無礼とはまさにこのこと。およそ女子高生とは思えない丁寧な言葉ではあるが言っていることはようするに「誰やワレ。なんの用じゃ」である。
これには相手も鼻白む。そして何より紅音の容貌に怯んだ。他者の容姿を点数化し、自分より上か下かで判断する人間がいるが、この上級生はそのタイプだ。得てしてその類いの輩は自分より上だと認識した者を外敵とみなす。
案の定、見る間に彼女の表情には敵愾心が滲み出た。一瞬とはいえ怯んだことを隠すように、ぐいっと顎を上げて紅音を睨めつける。
「呪い巫女とかいって嫌がらせしてくるのは、あんたなのね?」
「なんのことでしょう」
「とぼけないでよ」
そう言って彼女は手に持っていたスマホの画面を翳す。明るい緑色のアイコンが特徴のメッセージアプリ。そこに映っていたものを、たまたま紅音の後ろにいて見えてしまったらしい女子生徒が小さく悲鳴を上げた。
それは木に打ち付けられた藁人形だった。表面には紙が貼り付けられていて、赤いペンでこう記されている。
『 山川菜々花 笠井涼大 別レロ 』
おそらく定規か何かを使って書いたのだろう。カクカクとした独特の筆跡と赤いペンが不気味さを醸し出している。しかし紅音は眉ひとつ動かさない。
「それが何か?」
「これ、わたしと彼氏の名前。あんたがやったんでしょ? RINGで回ってきたのよ。今年の一年生に縁切り神社の呪いの巫女とかいう奴がいるって話と一緒にね。証拠だってある。ほら、これ!」
そう言いながら次に彼女が示した画像。
ズーム機能で撮ったのだろう。少しばかり画質が荒い。しかしそこに写っているブレザー姿の黒髪の少女は、手に藁人形と金属製の工具を持っていることがわかる。
「これ、うちの学校の制服だし。顔は写ってないけど、あんたでしょ?」
「そうですね。これはわたしです。撮影を許可した覚えはないのですが。肖像権の侵害ですね」
顔色を変えることなく認めた紅音に上級生――山川菜々花は怒りで顔を紅潮させた。
真実だから認めただけだ。そこに写っているのは間違いなく紅音である。場所は卯山神社の参道の階段。下から見上げる形で撮られたものだ。
「あんた、ナメるのもいいかげんに……!」
「待ってください!」
菜々花が平手を振り上げた瞬間、教室が爆発したのかと思うほどの大音声が響いた。そこで紅音はようやく表情を変え、顔をしかめた。単純にうるさかっただけだ。
クラス中が呆気にとられて見守る中で、華麗なターンを決めながら光都が紅音の前に踊り出る。
「紅音ばっかり目立ってずるい」
ぼそりと紅音にだけ聞こえる声で言って、光都は漫画の名探偵みたいにビシッと菜々花を指差した。
「先輩は単純なことを見落としています!」
「な、なによ」
スラックス姿の光都を男子生徒だと思ったのか、菜々花はわずかにしおらしくなった。振り上げていた手を背後に隠す。美少年の前では体裁を保っていたいようだ。
「その写真の紅音が持っているのは金槌ではありません」
その言葉に菜々花はスマホ画面を改めて見つめ、ぐっと黙り込んだ。怒りのためにそこまで考え至らなかったのだろう。興に乗ったように光都は続ける。
「紅音が持っているのはバールのようなもの。それでは釘を打つなんてできません。つまりその写真の紅音は藁人形を打ち付けていたのではなく……誰かを殴って殺してしまったところだったのです!」
芝居がかった口調で言うや、光都はいきなり紅音の両肩に手を置いた。
「紅音、自首するなら今のうちだよ……!」
「名誉毀損で訴えようかしら」
「やだやだ待って嘘だから。冗談だから待って」
手を振り払って吐き捨てる紅音に光都がすがりついてくる。それをひらりと躱した時、廊下からばたばたと慌てた足音が近づいてきた。
「菜々花!」
教室に飛び込んできたその人の姿を見て、菜々花の時と同様にクラス中が目を瞠る。
彼も上級生だろう。ネクタイをしておらずシャツのボタンをひとつ外している。
しかし何より目立つのはその身長だ。ドアを通る際、頭が上枠すれすれに見えた。着席している者も立っている者もすべからく彼を見上げざるを得ない。
「笠井先輩?」
そんな男子生徒に、きょとんと目を丸くした光都が声をかけた。彼もまた目を瞬かせて光都を見やる。
「添泉じゃないか。お前もこのクラスの新入生だったのか」
「何よ、涼大。知り合い?」
菜々花が不機嫌そうに男子生徒――笠井涼大を一瞥する。入学したての下級生相手に一悶着起こしているのを見られて決まりが悪いのだろう。そんな彼女に頭が上がらないのか、涼大は大きな身体を竦ませて「ま、まぁ……」と曖昧に返事をした。
「同じ中学でバレー部だった笠井先輩だよ。紅音はわからないかもしれないけど、わたしはいろんな部活に助っ人で顔出してたから何度か話したことあるんだ」
得意げに光都が説明してくれる。
当人が言ったように、運動が得意な光都はその長身もあって部員不足のバレー部やバスケ部に出入りしていた。もちろん女子バレー部や女子バスケ部にだが、同じ体育館を使っていたので男子バレー部と顔を合わせる機会もあっただろう。
涼大は顔見知りの光都に向かって申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんな、添泉。菜々花――俺の彼女が迷惑かけて。この子、お前の友達か?」
「違います。ただの知人です」
「違います。永遠のライバルです!」
紅音と光都の声が見事に重なった。問いかけた涼大は怪訝そうな顔をしたが、あえて触れない選択をしたようだ。
「君も、本当にごめん。俺が部活に顔出してる間に、菜々花が一年のクラスに殴り込みに行ったって聞いて慌てて追ってきたんだけど……」
「だって、こんなことされて黙ってられないじゃない! わたしが悪いみたいに言わないでよ!」
紅音に向かって頭を下げる涼大に、菜々花は再びスマホを掲げて声を荒らげた。涼大は困ったように目を逸らす。そんな二人に、紅音は薄く微笑みを浮かべた。もちろん目は笑っていない。余所行きの笑みである。
「ご安心ください。そちらに写っているものは当社にて適切に処分いたしました」
ただゴミ箱に捨てただけである。
しかし、それでも菜々花はわずかに表情を緩めた。
「さらに申しますと、そのような呪詛は効果がありません。……新月の夜の丑三つ時、境内の蔵の横、枝が二股に分かれた松の木でなければ」
一歩踏み出し、菜々花と涼大にだけ聞こえる声で囁く。妖しく蠱惑的な笑みを添えて。先輩カップルは仲良く揃って息を呑んだ。
「な、なによ。薄気味悪い!」
紅音に圧倒されたのが悔しかったのだろう。菜々花は荒々しい足音を立てて教室を出て行った。取り残された涼大は決まりが悪そうに、旧知である光都にもう一度頭を下げる。
「本当にごめんな。あいつ、イギリス留学が決まって気が立ってるんだ。自分で希望して枠勝ち取ったくせに、行ってる間に俺が浮気するんじゃないかって疑ってて……。俺とちょっと話しただけの女子にも喧嘩売りに行くから、正直あんな嫌がらせされても全然おかしくないっていうか……」
この学校には交換留学の制度がある。希望者を募り、面接といくつかの試験を経て選ばれるという。
「ずいぶん優秀な方なのですね。彼氏として、さぞやご自慢でしょう」
「あぁ、そりゃあな」
「当社では縁結びだけでなく、旅行安全の御祈祷も承っております。お見送りの前には、どうぞお気軽にご相談ください」
隣で光都がヒェッと声を上げるくらい華やかな営業スマイルを紅音が浮かべた直後、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。




