表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

高継家の朝

「おはよう紅音ちゃん! 見て見て、ママの力作!」

 制服に着替えて母屋のダイニングに顔を出すなり、母――里穂子(りほこ)がテンション高く見せてきたのは焼き目でうさぎのイラストを描いたパンケーキだった。目玉焼きとサラダを添えた、まるでお洒落カフェのワンプレートメニューみたいな出来映えだ。

「ええ、おはよう。今日も美味しそうね。いただきます」

 それを紅音は淡白な感想を述べるとフォークだけで器用に切り裂いた。あぁん、と乙女な悲鳴を上げる里穂子を尻目にせっせと平らげていく。

「ねぇねぇ、紅音ちゃん。うさちゃんの具合はどう? 元気になった?」

 昨日、子うさぎを動物病院へ連れて行く際、未成年だけでは受付できないと電話で確認を取ったので、母屋で仕事をしていた智春に委任状を書いてもらったのだ。診療費は紅音のポケットマネーから出した。里穂子はその時まだパートから帰ってきていなかったが、根っからの可愛いもの好きであるために智春から話を聞くなり「うちの子にしましょう!」と力強く提案してきたのだった。

 しかし紅音は食後のコーヒーを飲みながら軽く答える。

「さぁ? 元気になったんじゃないかしら。たぶんね」

「たぶん、って?」

「朝起きたら出て行ってたわ」

「ええっ!?」

「もといた場所に帰ったんでしょう」

「そんなぁ」

 うさぎを飼えると思っていた里穂子はすっかりしょげてしまった。そして食事をしながら新聞を読んでいた智春の腕を掴んで揺すり始める。

「ねぇ、智春さん。うちも何かペットをお迎えしたいわ。ねこちゃんとかわんちゃんとか」

 妻のおねだりに智春は困ったように眉を歪めた。

「うーん……。私も動物は嫌いではないんだけどね。うちは教室に生徒さんが出入りするしアレルギー持ちの方もいるから……」

「そっか……そうねぇ」

 智春の言葉に里穂子は渋々納得した。

 高継家は母屋の一室を使い、祖父の代から書道教室を開いている。小学生クラスからシニアクラスまであり、師範の資格を持つ智春が宮司と兼業で指導しているのだ。むしろこちらが本業と言っていいだろう。

 教室は境内とは反対側に位置する一階の掃き出し窓をそのまま出入り口としているため、ほとんどの生徒が裏手の坂道を使い通ってくる。子供たちの中にはここが神社だと知らずに来ている子もいるほどだ。やがてその子たちも縁切り神社の噂を知ることになるのだろうが、それが理由で辞めた子は今のところいない。彼らの多くは氏子でもあるシニアクラスの生徒の子や孫であり、今まで通っていて不幸な目に遭ったことがないと身をもって知っているからだ。智春の指導の評判が良いことも要因だろう。

 両親のやり取り聞きながら、紅音は食器を下げて洗い終えると登校の準備を始めた。と言っても持ち物は離れから持って来ているし、洗面台で身嗜みを整えるだけだ。

 髪に櫛を通して制服のネクタイを結び直す。その時、玄関でインターホンのベルが鳴った。

「あーかねちゃーん! 一緒に学校行ーきましょー!」

 扉の向こうから響いたその声に、鏡に映る紅音の顔が苦々しく歪んだ。ダイニングから小走りで応対しに行った里穂子は玄関を開けるなり「あらぁっ!」と嬉しそうな声をあげる。

「まぁ、おはよう光都ちゃん。高校の制服よく似合ってるわぁ。また背が伸びたんじゃない?」

「おはようございます里穂子さん。貴女のために日々成長中です」

「やだもう光都ちゃんったら!」

 スラックス姿で何やらかっこいいポーズを決めながら言う光都に、まんざらでもなさそうな里穂子。

 通学鞄を持った紅音はその横を「行ってきます」とだけ言い置いて素早くすり抜けていく。光都は慌ててついてきて、背後からは里穂子の朗らかな「行ってらっしゃぁい」が聞こえた。

「もぅ、待ってよ紅音」

 むすっと頬を膨らませる光都。他人の前では常にかっこつけているくせに、紅音の前でだけはいつまで経っても小学生のノリが抜けない。

 今日だって別に一緒に登校する約束なんてしていない。昔からそうだ。紅音が境内の清掃のため早起きしていると知ってから、彼女自身が早起きできると得意げにこうやって迎えに来る。とはいえ一週間に一度あるかないかの頻度だが。

 境内を通り抜けて紅音を追い抜かした光都は、その先の石階段をひょいひょいと駆け下りていく。

「光都っ」

 ふいに紅音が語気を強めてその名を呼んだ。つんのめるようにして足を止めた光都は不服そうな顔で振り返る。

「何? びっくりしたんだけど」

「この階段は参道よ。端を歩きなさい。もう何度も言っているはずだけど?」

 階段の真ん中に堂々と立つ光都を見下ろす紅音はもちろん端に寄って歩いている。

「あぁ、そうだった。参道の真ん中は神様の通り道だから歩いちゃいけないんだっけか。……だからって、そんなに怒ることなくない?」

「あなたの覚えが悪いからよ」

「うーん、まぁ否定はしない」

 あははっ、と軽く笑いを漏らし、光都は階段の端に寄る。その反対側の端を紅音が通り、二人並んで公道まで下った。その先で一度振り返り、鳥居に向かって一礼。光都も紅音に倣う。

「これも付加価値ってやつ?」

「そうよ」

 これらは一般的な参拝のマナーである。それを、今は学校の制服を着ているとはいえ巫女である紅音が疎かにはできない。テーマパークのキャラクターが設定通りに振る舞うことでその価値を保っているのと同じだ。

「紅音って、神様なんか信じないって感じなのに」

「信じる信じないっていうのは、在るか無いか不確かなものの存在に寄せる感情でしょう?」

「うん? まぁ、そうかな」

 首を傾げる光都を置いて、学校行きのバス停に向かいながら、紅音は凪いだ表情のままつぶやく。

「だったら、わたしは当て嵌まらないわ」



「高継紅音って、どの子?」

 そのたった一言で、ざわめく昼休みの教室が瞬時に静まりかえった。

 教室前方のドア。その戸口に腕組みをして立っている、見慣れぬ女子生徒がひとり。

 規定より少し短いスカート。緩めたネクタイ。入学間もない一年生のクラスではまだ誰もそこまで着崩していない中に現れた珍客は、ドア近くでアニメの話題に花を咲かせていた女子グループに視線を向けていた。問われた眼鏡の女子はぎょっとして、まごまごと視線を彷徨わせる。

「あ、あの、えっと……」

「は? 何? 声小さすぎて聞こえないんだけど」

 突然現れた上級生に理不尽に睨まれ、眼鏡の女子は竦み上がった。彼女と一緒にいた友人たちも、どうしていいのかわからず縮こまっている。

「高継はわたしです」

 静まりかえる教室の中、響いたのは紅音自身の声だった。席から立ち上がり歩み出る。すぐ前の席に座って紅音の机に頬杖をついていた光都が制止しようとするのを無視して、上級生と真っ向から対峙した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ