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人質

 守護大名、蓮井法隆(はすい のりたか)は呼び出した直利に告げた。

「そなたの郷には新たに段銭を命じる。前回の三倍だ」

 あまりに突飛な話だった。直利は目を剥いて絶句する。

「……何故、そのような?」

「須磨の寺が他の守護代と揉めて境内を破壊されたのは知っておろう? その再建に金子がいるのだ」

 困ったように言う法隆に、直利は床に両拳をついた姿勢のまま頭を垂れて歯噛みした。

「……恐れながら、件の揉め事と我が郷とは一切の関わりがございません」

「承知しておる。が、破壊された菩提寺をそのままにしておくわけにもいかん。揉めた守護代には切腹を命じ自治領と財産を没収したが大した蓄えのない家でな。費用を賄うにはほど遠かったのよ」

 菩提寺とは先祖代々の墓がある寺のことだ。それを壊れたままにしておくのは武家として恥。再建に力を入れるのは理解できる。

 しかし、法隆が提示した額はあまりに大きすぎた。

「帝の即位に際した段銭をお納めして、まだ一年も経っておりませぬ。どうか、平に御容赦を。せめて猶予をお与えくだされ」

 年貢は米で納めるが、段銭は金銭を納める税だ。前回の徴税にて浜戸家の財産も大きく削られてしまった。それの三倍ともなれば、郷中からかき集めても足りないだろう。

 馬などの家畜を売ればぎりぎり届くかもしれない。しかし、馬がなければ馬借の仕事を受けられなくなる。田畑を耕すのにも人力だけになる。そうなれば民はすぐに疲弊し、飢えて死ぬ者も出てくるのは目に見えていた。

 法隆はじっと、平伏し赦しを乞う直利を見つめた。

「差配を誤り、滅んだ郷も多い中でそなたの郷は富み栄えておる。さぞ上手く切り盛りしておるのだろう。――さて、そんなに蓄えてどうするつもりなのだろうな?」

 頭を下げたまま、直利は愕然とした。いつ起こるともわからない戦や天災から民を守るための財産を、謀反の資金と疑われているのだ。

 つまり、寺の再建は建前。浜戸から財力および武力を奪うための口実であり、拒絶はすなわち叛意の肯定となってしまう。

 答えを誤れば財産を差し出すだけでは済まない。改易――武士の身分を剥奪され郷を失うことになる。

 あの郷を、より能力のある者が統治してくれるのならまだ良い。しかし蓮井の領地を任されている守護代は次々に郷を潰している。いや、蓮井の無理難題に答えきれずに倒れたと言っていい。

 浜戸が改易されれば同じ運命を辿るだろう。

 受け入れる他ない。けれど、それは民へ負担を強いることを意味していた。年寄りや生まれたばかりの赤子など、弱い命を守りきれなくなる。

 奥歯が割れて砕けそうなほど噛みしめ、直利は床に額をつけて呻いた。どちらを選んでも犠牲が出ると、わかっているから。

 そんな直利の様子に、法隆は忍び笑った。

「いやいや、すまぬ。少々意地が悪かったな。そこまで悩むのであれば、懐が厳しいことは誠なのであろう」

「で、では……!」

 ぱっと顔を上げ、安堵した直利は見た。三十手前の、自分より十も下の主君が、愉快げに笑みを湛えて己を睥睨している顔を。

「しかしな。お主の郷は安泰が過ぎる。他の守護代からも謀反を疑う声が聞こえてきておるのだ。単なる妬みとわかっていても、何らかの措置を取らねば示しがつかぬ」

「そ、そんな……私は決して謀反など!」

 勢い余ってにじり寄る直利に、法隆は手のひらを向けて制した。

「わかっておる。――そこでだ、直利よ。ひとつ提案がある」

 法隆の口の端が、耳まで裂けたかと思うほどにつり上がった。

「お主の娘を嫁に貰いたい」

 今度こそ言葉が出なかった。

 それは要するに、税を免除する変わりに紫野を人質として差し出せということだった。

「噂は聞こえてきておるぞ。学問に秀で、男顔負けの武人でもあり、そのうえ日の本一の美女だとか」

「……お、恐れ多いことでございます。尾ひれ背びれがついて、鮒が滝を登ったようなもの。あれはただのじゃじゃ馬にて、決して御館様の嫁御には相応しくないかと」

 どうにか絞り出した声は震えていた。

 そして察する。法隆の本当の目的は浜戸の財でも武力の削減でもない。

 最初から、紫野だったのだ。

「相応しいかどうかはお主が決めることではない。……ちょうど、前の妻を亡くしたところでな。嫡男の椿壽丸(ちんじゅまる)も寂しがっておるのだ」

 そう言って悲しげに目を伏せる法隆だったが、何を馬鹿なと直利は叫びたかった。

「……誠に不遜ながら申し上げます。椿壽丸様の母君が亡くなられたのは、もう三年も前のことかと。その後、御館様は四人の嫁御をお迎えになり……その……皆、早くに亡くされておりますが……」

 蓮井の嫡男、椿壽丸はまだ三歳。生母が亡くなったのは産まれてすぐで記憶などほとんどないだろう。

 最初の妻がいた頃は、法隆は朗らかな若者だった。しかし彼女を亡くすとふさぎ込み、様子がおかしくなっていったのだ。

 気持ちはわからないでもない。直利も照を亡くしていたら、同じように気落ちしただろう。

 しかし彼が新たに娶った後妻は短い間に亡くなっていた。それを四度も繰り返しており、幼子が懐く暇などあるわけがなく、なぜそのようなことになるのか理解できなかった。

「……あぁ、それか。実を言うとな。最初の妻を病で亡くして以来、病気の女を見ると放っておけなくなってしまったのだ。そういう女は生家でも邪険にされておるので、哀れでなぁ……。妻としてうちで引き取っていたのが、やはり皆、長く生きてはくれなんだ」

 そう言って法隆は袖でそっと目元を押さえる。その主張はいかにも心優しく、弱者を道義的に守る主君のようだった。

「だから今度こそは丈夫なおなごを妻に迎えたい。そなたの娘はまさに適任なのだ」

 風邪もひかぬ娘と自慢だった。それがまさかこんなことになるとは。

「し、しかしながら、我が家には娘しかおりませぬ。いずれ婿を取るつもりでおりまして……」

「それなら養子を迎えれば良い。たしか、そなたの妹は明石のほうへ嫁いだな。妹が産んだ子を貰え」

 浜戸の家の事情まで把握されている。直利の妹はたしかに明石へ嫁ぎ、男ばかり五人産んでいた。

 家を存続させるための養子のやり取り自体は珍しいことではない。予定より多く子が産まれてしまった場合、養子を出す側にも悪い話ではなかった。

 だが、それとこれとは別の話だ。紫野は浜戸の家を継ぐつもりでいて、直利もそう思っていた。

 今さら嫁に出すなど考えられない。

「……実は、恥ずかしながら我が娘には少々難がございまして」

「ほう? どのような?」

「我が郷にて祀る神へ嘘をついた咎により、まるで鬼の如き紅い眼をしてございます。御館様に災いを成すやもしれず、とても嫁になど……」

 頭を懸命に回転させ、言い訳を並べる。

 今ではすっかり見慣れてしまったが、直利も最初は怪異だと思ったのだ。初めて見る蓮井の家の者らも、さぞ驚き恐れることだろう。

 しかし法隆はむしろ身を乗り出して表情を輝かせた。

「それは面白い。ぜひ、欲しい」

 嗚呼、と。

 直利は声なく項垂れた。

 何を言っても無駄だ。もはや逃げる術はない。

 紫野か、重税か。どちらかを差し出さなければ郷は奪われる。いや、紫野でなかった場合、大小なりと犠牲が出る。

「……急ぎ戻り、妻と娘に話して参ります」

 それでもせめて、猶予を得るためそう答えた。

 法隆は満足げに笑う。

 その笑い声は虎鶫の鳴き声に似ていると、直利は思った。

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