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観覧車にて

 ひらかたランドの観覧車は約一〇分で一周する。

 最初に光都たちが乗り込み、次に琴美が渋々とひとりで乗った。そして紅音は梛紗と同じゴンドラに収まる。

 紅音の正面に座った梛紗は斜め後ろを見上げて手を振った。前を行くゴンドラの中から琴美が恨めしそうにこちらを見ている。

「意地悪はやめなさい」

「神を謀ろうとするからこうなる」

 紅音に向き直った梛紗はそう言って肩をそびやかした。

「ひとりで乗るのはわたしで良かったのよ。そのほうが皆、今日を楽しく終われたでしょうに」

 窓際に頬杖をついて紅音が溜め息混じりにごちる。すると梛紗は愉快げに口角を上げた。

「バレちまったか」

「当然よ」

 短い受け答え。しかし二人はそれで充分通じた。

 琴美が出した赤いカード。あれは元々、紅音が引き当てたものだった。ホロ加工の特徴あるカードだったのだから見間違えることはない。

 それを表に向ける瞬間、梛紗が琴美のカードと取り替えたのだろう。指を鳴らして屋外から鍵を開けることさえできる梛紗なら、そういう小細工ができてもおかしくはなかった。

 琴美はポーチに収集したカードを収めている。おそらくその中から、予め赤青緑のカードを一枚ずつ取り出して袖の中に隠していた。ゴール後にポーチを弄れば人目についてしまうが、迷路内部の構造を熟知している彼女なら死角になりやすい場所も把握していたはずだ。

 そしてゲームの進め方を教える素振りで梛紗のカードの色を確認した後、隠し持ったカードと筐体から出てきたカードを手品師よろしくすり替えた。――赤から青へと。

 つまり、不正がない状態であれば赤いカードを持っていたのは紅音と琴美の二人。光都と雪緒と彩友が緑なのは変わらずだが、青は梛紗ただひとりだった。

 琴美の目的は梛紗と同じゴンドラに乗ること。三人以上で乗れば狭い密室で一〇分間も密着できるチャンスを得て、二人きりならもっと良い。そう目論んで、自身の赤いカードを青に変えた。

 彼女が落としたカードが赤二枚、緑一枚だったのもその証左だ。わざわざ選んで持っていたカードが一瞬で別の絵柄にすり替わったのだから、さぞかし驚いたことだろう。しかも琴美は最後にゲームを終えて出てきたため、カードをひっくり返すまで紅音たちとは接触しておらず、紅音と自分のカードが入れ違ったことに気付いたとしても取り違えたと主張できない状況だった。

 琴美の不正によって、そのままカードを表に向けていれば赤は紅音だけという状態になっていた。琴美にとってそれは最良の結果だったろう。

 紅音も別にそれで良かった。誰と誰が一緒になろうと、ひとりで観覧車に乗ることになろうと、どうでもいい。

「もし多津さんの青いカードと雪緒の緑のカードを取り替えたなら、あなたは雪緒とペアになって、多津さんは光都と福永さんの組に入っていた。それが一番、収まりが良かったはずよ」

「それでは罰として弱いだろう」

 つまり梛紗には誰が何色のカードを持っているか見通していたというわけだ。そのうえで琴美をひとりきりにするよう仕向けた。

「勘違いしないでくれ。俺は別にあの娘が憎くてやったんじゃない。むしろ逆だ。俺がああして罰しなければ、あの娘の身にはもっと悪いことが起きていたかもしれん。神を欺き愚弄するとはそういうことだ」

 懲罰の漏れは自動で正されるということらしい。ずいぶんシステマチックだが、紅音と梛紗の契約が梛紗自身にも適用されることを考えれば理解できる。きっと梛紗にも制御不能な、もっと高等な存在――大国主命の意志によるものだろう。

「笠井先輩の髪を切ったのも、そういうことね」

「あの藁人形の男か? あれはただ単に俺が苛ついただけだ」

 けろりと言われて紅音は嘆息した。一律に同等の罰を与えられるわけではなく梛紗の私情に左右されたなら笠井涼大も気の毒なことだ。もちろん同情する気はないが。

「人間は罰するのに縁結びをサボっているあなたは罰を受けないなんて、納得いかないわ」

「……罰なら、もう受けているのかもしれないな」

 窓の外に視線を向けて、梛紗が呟く。その口元には薄く笑みが浮かんでいた。寂しげな微笑みだった。

 二人が乗るゴンドラは頂上まで達した。残りは五分。しかしその折り返し地点からは、長い沈黙が続いた。

「……あの時」

 静寂を打ち破ったのは梛紗の問いだった。視線は窓の外を向いたまま、素っ気なさを装いながらも躊躇いが滲む声で。

「あの鏡の中に、お前は何を見た?」

 鏡の迷宮で紅音に触れようとした若い土地神。それを梛紗はあやふやな形をしていると言った。

 つまり、あれは人それぞれ見える姿形が違う。ルーレットによって属性を変えるミラージュのように。

 梛紗の目には本来の姿である形なきものに見えていたのだろう。しかし紅音の目には――

「……何も見てないわ」

 紅音もまた、視線を遠くの景色に向けて答えた。

「そうか」

 感情の読めない梛紗の返事。それからはもう、ずっと黙したままだった。

 発着地点に着き、外側からスタッフが扉を開ける。停止せず動き続ける観覧車は速やかに乗降しなければいけない。

 先に降りていた光都たちはゴンドラ内で撮った写真を楽しそうに見返していた。琴美はむすっと不機嫌そうだったが、梛紗の顔を見るなり態度を取り繕う。

「じゃあ、最後はジェットコースターに……」

 観覧車で締めると言ったはずなのに、まだ梛紗を諦めきれない琴美がそう提案しようとした瞬間、閉園のアナウンスが流れた。

 これにてお開きである。

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