神ながら
その真っ赤な手が紅音に触れる寸前、背後から伸びてきた腕に力強く抱きしめられる。
「うちの巫女をご所望とは、たかが百歳そこらでなかなか目が肥えてるな。しかし悪いがこいつはやれない。諦めてくれ」
耳元で聞こえたのは梛紗の声。すると血塗れの手が鏡の中へと引き戻った。指先まで鏡面に収まると、そこに映る紅音の姿も元通りになる。
音が帰ってきた。子供たちの笑い声。人の気配もする。
正面を見据えると、鏡の中の梛紗と目が合った。紅音を背後から抱きかかえたまま、ほっとしたような苦笑いを浮かべる。
「こんなところで神隠しなんて勘弁してくれ。俺にも面子ってもんがあるんだ」
紅音を解放し、その両肩をぽんぽんと叩いて床に転がっていた緑色のムササビン人形を拾う。紅音を捕まえた時に落としたのだろう。
「お前は巫女だ。しかも、付加価値だったか? 今時希有なまでにその振る舞いに徹している。それは修行をしているのと同義だからな。その家系に産まれて元々備わっていた力もあるし、自然と能力も高まるってもんだ」
「……今のは、ここの土地神?」
「そんなもんだろうな。まだ形もあやふやな赤子同然だったが。だからこそ力のある人間を見かけて、世話役に欲したんだろう」
その言葉に紅音は眉根を寄せる。
「形があやふや……?」
ならば、さっき見たものは。
思考し、はっとその答えに思い至って口を噤む。そこへぱたぱたと足音が近づいてきて、乱反射する鏡面世界にショートボブの少女が現れた。
「よかった、いた! 見失ったかと思ったぁ!」
心底安堵したように、琴美が二人に歩み寄ってきた。そして梛紗の腕を絡め取り、強引に引っ張っていく。
「ゴールはこっちですよぉ」
何か物問いたげな視線を残して連れて行かれる梛紗に、紅音は気付かないふりをした。
迷路の構造を把握しきっているらしい琴美は迷いなく最短ルートでゴールへと進む。出口に着くと十台ほどの筐体が並んでいて、琴美は空いている台の前へ梛紗と紅音を立たせた。
「ここにムササビンを置いて、下から出てくるカードを取って。運が良いとホロ加工のキラキラしたカードが出てくるんですよぉ。……あ、普通のカードでしたね」
梛紗にくっついて丁寧に遊び方を教える琴美。その隣で紅音もゲームを進める。
出てきたカードを筐体にセットにすると画面内でルーレットが始まった。
雲のような形のモンスター、ミラージュが赤、青、緑、と変化していく。そして青に確定。どうやら水属性に変化したらしい。
「ボタンを連打してミラージュを捕まえて! ……あぁん、逃げられちゃったぁ」
操作盤のボタンを叩くよう画面にも指示が出て、ぺちぺちと叩いたがミラージュは逃げてしまった。梛紗も同じくバトルに負けたようで、琴美は大袈裟に残念がる。
筐体にセットしたカードを取り出し、ムササビン人形を受付に返して外へ出ると、すでにゴールしていた光都たちが待っていた。梛紗につきっきりで教えていた琴美も自身のゲームを終えて出てくると、手にしたカードを伏せた状態で突き出す。
「よぉし、じゃあ運命のくじ引きといきますか!」
琴美は意気揚々と皆を促す。
自然と六人で輪になって、紅音たちも同じようにカードを持った。
「よし。じゃあ俺が三つ数えたら表を向けるぞ。――三、二、一」
カウントし、梛紗はぱきりと指を鳴らした。そしてカードは一斉にひっくり返って――
「……へ?」
琴美が間の抜けた声を上げた。
表を向けられたカードの色は、光都と雪緒と彩友が緑、紅音と梛紗が青、そして琴美だけがただひとり、赤だった。しかもキラキラと輝いている。
「わ、琴美のカード綺麗だね。いいなぁ」
ホロ加工された赤いカードは鳳凰のようなキャラクターが描かれていた。それを彩友が羨ましがったが、琴美はそんな友の声など耳に入らない様子で目を白黒させる。
「え? え? なん、なんで?」
きつねに――いや、うさぎにつままれたような顔で、自身の持つカードを何度も矯めつ眇めつする琴美。すると、フリルブラウスの袖の中からぽろぽろと何かが零れ落ちる。
それは三枚のぐるぐるカードだった。表を上に向けて地面に落ちたそれらは赤が二枚、緑が一枚。
「あ、やばっ」
琴美は慌ててカードを拾い集め、トートバッグに放り込む。怪訝そうにその行動を見ていた彩友や光都に笑って誤魔化そうとするものの、何らかの不正をしようとしたのは明白だった。
だが、不正をしたなら琴美がわざわざぼっちになるわけがない。彼女は観覧車のゴンドラに、梛紗と一緒に乗れるよう画策していたはずだ。ならばそのカードは青でなければおかしい。
ただし、一番にそう思っているのは他ならぬ琴美だった。
「え、待って? ほんと待って? 意味わかんない……」
頭から煙でも出そうな見事な混乱っぷりに、梛紗が愉快げに口の端を上げる。
「くじ引きの結果は神ながら、ってな。神様の意志に背けば罰が当たるぞ」
そう告げる梛紗の顔は、目だけが笑っていなかった。
琴美は乾いた笑いを返すのが精一杯で、それ以上は何も言えない。すっかり静かになってしまった。
何かを企んで失敗したらしい友人に、彩友は少しばかり同情の眼差しを向けていた。しかし彼女は自身が望んでいた通りに光都と同じ色を引き、もうそれどころではない。
「あの、僕お邪魔ではないでしょうか」
同じく緑色を引いた雪緒が訊ねるも、彩友はその雪緒の手を取って感謝の意を示す。
「そんなことないよ! むしろいてくれたほうが助かるよー! 推しと二人っきりなんて罪深すぎて!」
「そ、そうですか」
複雑な乙女心に困惑する雪緒だが、ひとまず安堵はしたようだ。光都は誰と一緒になっても構わないようで、時計を気にしている。
「観覧車乗るなら、もう並びに行かないといけないんじゃない? 閉園しちゃうよ」
冬のライトアップ期間や長期休暇でない限り、ひらかたランドは土日であろうと五時で閉まる。
言い出しっぺは未だ放心したままだったが、くじ引きで決まった組で観覧車には乗らなければいけない。
それが神の御心なのだから。




