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鏡の迷宮

「ひらランの観覧車は定員が五人なの。だから出てきたカードの色で組分けして、同じ色同士の人で乗るのってどう?」

「えっ。でも、それだと五対一になっちゃう可能性だってあるよ?」

「いいじゃん、それも含めて誰と一緒になるか、ぼっちになっちゃうかドキドキするでしょ!」

 困惑の声を上げた彩友。その肩を抱き込んで、琴美が耳打ちする。

「それに、上手くいけば光都と二人きりになれるかもよ?」

「む、無理! 二人なんて恥ずかしいから今日だって琴美も誘ったのに!」

 こそこそ話しているが丸聞こえである。

 どうやら彩友は光都のことが本当に好きらしい。当の本人は好かれていることを単純に喜んでいるだけで、特定の誰かと付き合うつもりはないようだが。

「ごめんね、彩友。わたしはみんなのものだから」

「光都くんはそこがいいの。誰のものにもならないなら安心して推せるの」

 彩友は彩友で何か覗いてはいけない闇を抱えているようだった。

「そもそも観覧車に乗る必要性はあるの?」

「あるよ! 遊園地の締めは観覧車って法律で決まってるから!」

 紅音の問いに琴美が勢い込んで答える。もちろんそんな法律はない。

「わたしも乗りたいな。高い所好きだし」

 光都が同意を示す。となれば彩友も反対はしない。

 残るは紅音たちの意見だが、梛紗は何やら思案顔になっていた。

「札の色で組み分けか……」

「くじ引きというわけですね」

 雪緒の相槌に、梛紗は薄く笑みを浮かべる。

「くじ引きってのは神の意向を問う神事だ。それを提案するなんて、なかなか良い覚悟じゃないか」

「じゃあ決まりってことね! やったぁ!」

 梛紗に褒められたと思ったのか、琴美はあざとく飛び上がって喜ぶ。

「一応、確認だけど。もし全員同じ色だった場合はどうするの?」

 ランダムに排出されるカードの色は三色。六人全員が同じになる確率は低いが、ないとは言えない。

「その時は普通にじゃんけんで良いんじゃない?」

 紅音の問いに、浮かれたままの琴美が答える。自分が望まない組み合わせになった時のことなど想定していないようだった。

 よほど自分の運に自信があるのか、それとも――

 列に並ぶと、進みが早くすぐに順番が来た。受付でフリーパスを通し、ムササビン人形を受け取る。この人形も赤青緑の三色あった。自分の名前に引っ張られたわけではないが、紅音は一番端に置いてあった赤いムササビンを選ぶ。

「いってらっしゃい!」

 スタッフに送り出されて、紅音はぐるぐる樹海に踏み入った。


 樹海と名はついているものの、植物などない普通の迷路だ。

 ただ、壁際に光るポイントがいくつもある。その光は赤と青と緑のランダムで、自分のムササビン人形と同じ色に光っているポイントでぐるぐるパワーをチャージしなければいけないのだが、時間が経つと光の色が変わるのがなかなか厄介だった。

 赤く光るポイントを探して歩き回る。梛紗たちとは一緒に入ったはずだが、いつの間にかはぐれてしまった。

 何度目かのポイントでパワーをチャージする。その直後、『ゴールへ向かおう!』と指示する音声が流れた。どうやら最後のバトルに必要なパワーが溜まったらしい。

 知っている顔は周囲にいないが、どうせゴールすれば合流できる。紅音はそのままひとりでゴールへと向かった。

 壁に貼られた案内に従って次のエリアに進む。そこは鏡の迷宮となっていて、うっかりすると鏡面にぶつかってしまいそうになる。安全のためか、よく見ると鏡だとわかるようにぐるぐる樹海のキャラクターのイラストが貼られていて、それを頼りにゆっくりと進むしかない。

 もう何度も繰り返し入っているらしい子供たちが軽やかにゴールへ向かっていく。その気配について行こうと振り返るも、そこにあるのは自分の顔だった。

 四方を己の姿に囲まれる。ずらりと並んで、合わせ鏡の奥の奥まで。

 まるで万華鏡の中に閉じ込められたようだった。鏡面であることを示す目印のイラストも見当たらない。

 何かが、おかしい。

 音がしない。先ほどまであった人の気配も消えた。今日は日曜日で、何度も並び直す子供がいるくらい人気のアトラクションなのに、さっきから誰ともすれ違わない。

 鏡の中に映っているのは紅音だけ。

 片手を上げてみる。当然、鏡の中の無数の紅音も同じ動きをする。

 今度はその腕を前に突き出して指先で鏡面に触れた。鏡映しの自分と指を突き合わせると、固く冷たい。

 ふっと溜め息をつき、指を離す。そしてぐるりと視線を巡らせ――慌てて振り返った。

 先ほど触れた鏡面。そこに映っている紅音は、まだ指をこちらに向けたままだった。

 サンドベージュのショートパンツと白い半袖のカットソー。その上に羽織ったネイビーの膝丈ロングシャツ。

 それが今日の、今の紅音だ。

 でも、違う。鏡の中、まるで糾弾するように紅音を指差すその姿は、いつの間にかその装いを変えていた。

  小袖という古い型の着物は白絹。同じく真白の打掛を羽織っている。細い絎帯を体の前で結び、その帯には守り刀を差していた。

 ゆるく元結で束ねた下げ髪は黒く、今の紅音よりずっと長い。けれど顔は紅音のまま。

 そんな自分と視線がぶつかる。射貫くようなその眼差しに、目をそらすこともできない。

 こちらに向けられていた指先が動いた。すると水面に触れたように鏡面がゆらめいて、ぬっとその腕が突き出されてくる。

 紅音を捕らえようと拡げられた手のひら。

 赤く、赤く染まっていた。

 血に濡れた手だった。

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