百歳の遊園地
日曜日、紅音は梛紗と雪緒を連れて家を出た。
出掛けたいと事前に伝えたところ、里穂子のパートのシフトが入っていなかったこともあり快諾された。なんなら喜ばれてしまった。紅音が休日にレジャー目的で外出するなど今までにないことだったから。
「これも梛紗くんのおかげね! 紅音ちゃんが普通の女の子らしくデートする日がくるなんて!」
などと言っていたが断じてデートではない。福利厚生による手当だ。
もちろん費用はすべて紅音が負担する。そのため雪緒は一緒に行くことを遠慮していたが、むしろいてくれたほうが楽だった。紅音と梛紗だけでは間が持たない。
そして最寄り駅から電車に乗ること約一〇分。
到着した目的地の前で、梛紗は立ち尽くしていた。
「なんか違う」
ぼそりと呟き、紅音に非難の目を向ける。
まず門構えからして違った。テレビに映っていた巨大な回る地球儀はここにはない。
「ユニバーサルなスタジオは? ここにバナナの妖精たちはいるのか?」
かの場所で絶大な人気を誇る黄色いキャラクターに会いたかったらしい。
「残念ながらここにあの子たちはいないわ」
「どうして……約束したのに……」
「約束? わたしは検討すると言ったの。そして検討した結果がこれというわけ」
閑静な住宅地の中にある遊園地。それがこの『ひらかたランド』である。
「ユニバーサルのジェネリックか……」
「何を言うの。ここは開園から百年以上経っている老舗よ」
開園そのものは東京の浅草にある遊園地が先だが、あちらは一度取り壊されているため、継続的に営業している遊園地としては日本最古を誇る。
「百歳ならまだまだ若造だな」
「ならば霊的な力を得ているかもしれませんよ」
妙なところで張り合おうとする梛紗に、雪緒が苦笑いで宥めようとする。
百年経てば器物にも霊的な力が宿るという話だ。土地に根付く神は氏神であるから、もしここにそのような存在がいるのなら梛紗から見れば後輩になるのだろう。
先輩としての自覚でも芽生えたのか、一転して梛紗は機嫌が良くなる。率先して入場ゲートへ向かっていった。
事前に購入しておいた電子チケットで入場し、フリーパスを受け取って腕に巻く。これでアトラクションは乗り放題だ。
「思ったより混んでるんだな」
「日曜だもの」
ごった返すというほどではないが、アトラクションには列ができている。ジェットコースターからは悲鳴のような歓声と笑い声。今日は野外ステージでヒーローショーもあるらしく家族連れが多く見られた。そのため、雪緒を連れた紅音と梛紗の存在も場に馴染んでいる。
もちろん服装も時と場所に合わせて選んだ。紅音はサンドベージュのショートパンツと白い半袖のカットソーの上にネイビーの膝丈ロングシャツを羽織っている。
梛紗はジーンズに白いシャツ、雪緒もボーダーシャツに青いハーフパンツという動きやすい格好だ。服を買い与えてはいないが、彼らは過去に目にした参拝客等の服装を自在に真似ることができるらしい。
アトラクションには身長や年齢による利用制限があるため、雪緒を中心に据えて行動する。身長が規定に満たない場合でも十五歳以上の同伴者がいれば利用できる絶叫マシンもあり、かといって梛紗だけに任せておくのも不安で、自由に遊んでこいと放置するわけにもいかなかった。できることなら引率の先生よろしく木陰でお茶でも飲んでいたかったのだが、仕方ない。
コーヒーカップに空中ブランコ、マイナス三十度の世界を体感できる冷凍庫と巡って、ヒーローショーの午前の部を鑑賞すると、時刻はもう昼時だった。しかし園内の飲食店はフードカートを含めて列が伸びてしまっている。
「出遅れたな。食事は後にするか。少し待てば空くだろうし」
「その必要はないわ」
梛紗の言葉に、紅音はローズガーデンへと向かった。薔薇はまだちらほらとしか咲いていないが、ベンチが並んでいて休憩できるスペースとなっている。
そのベンチに並んで座り、紅音は背負っていたリュックから弁当箱を取り出す。
蓋を開けるとラップフィルムに包まれたおにぎり詰まっていた。
「これ、紅音お姉ちゃんが作ったんですか?」
「そうよ。ひらランは飲食持ち込み可だからね」
驚いたように問う雪緒に、紅音は当然と頷く。
切る、という基本の作業ができないために紅音は料理ができない。ただ、裏を返せば切る必要のない食べ物なら作れるのだ。
それがおにぎりである。
朝、母屋の炊飯器を借りて作ってきた。里穂子はそれを生暖かい目で見守っていたが、節約のためであって他意はない。
中身は梅干しと鮭フレークの二種類。お茶も三本持って来ており、昼食はそれで充分だった。
「美味いな」
「そう。それは良かった」
梛紗に素直に褒められ、紅音は素っ気なく答える。けれど穏やかな空気だった。
紋白蝶がひらひら飛ぶのを眺めながら、おにぎりを食む。長閑だ。
すぐ近くにあるメリーゴーランドから小さな子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。ローズガーデン内のフォトスポットでは写真撮影にいそしむ若者のグループが互いを撮り合って笑っていて――
その後ろ姿に見覚えがあると察した瞬間、喉が詰まりそうになった。慌ててお茶で流し込み、さっさと退散しようと空になった弁当箱を閉じる。
だがしかし、その労力虚しく気付かれてしまった。
「……紅音?」
またしても光都であった。




