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もふもふに座ってみた結果

 ぽかんと口を開け、紅音の顔を見下ろす光都。ゆるっとしたロングTシャツを着て、下は中学時代のジャージという気の抜けた姿だ。その耳にはワイヤレスイヤホンが差し込まれている。

 おそらく光都もコンビニに行く途中なのだろう。彼女の家はこのすぐ近くだ。

 イヤホンを外してケースにしまう光都の姿に、紅音は内心安堵する。今の会話は聞かれていない。面倒なことにならなくて済む。ならば梛紗と雪緒の存在さえごまかせば――

「えっと。今、一緒に住むとかどうとか言ってた?」

「……なんで聞こえてるのよ」

「外音取り込みモードにしてたから」

 自宅から数十メートルの距離とはいえ車や自転車が通らないこともない。事故にならないための対策なのだろうが、ならばそもそもイヤホンをするなという話だ。

 光都の視線は紅音と梛紗と雪緒を行ったり来たりする。そして、こてんと首を傾げた。

「一緒に住んでるの?」

「おう。そうだけど?」

 アイスを食べながら梛紗が間髪入れずに答えた。紅音は額に手を当てて深い溜め息を零し、雪緒はおろおろと冷や汗をかく。

「……もしかして、例のバイトの爆イケメン?」

 梛紗の顔をまじまじと見て光都が問う。情報サイトの記事や投稿されたコメントのことを知らない梛紗はよくわかっていない風だったが、溶けて崩れそうになっているアイスを食べるのに夢中で、おざなりな返事をする。

「そうだな。俺はバイトでイケメンだ」

「くっ……! 平然とイケメンを自称するとは……!」

 お前が言うな案件である。しかし勢いづいた光都は紅音の両肩を掴んでがくがくと揺する。

「ひどいよ、紅音! わたしというものがありながら! こんなどこの馬の骨とも知らない男と! しかも子持ち!」

「馬ではないなぁ。干支でいえばその三つ前だ」

「あ、あの、僕は弟です」

 小芝居モードに入った光都に下手なつっこみをするのはやめ、紅音はされるがままになる。傍から見れば修羅場だが、間男認定された梛紗はどうでもいいことを訂正するし雪緒は真面目に答えるしで、もうしっちゃかめっちゃかだ。

「わかったよ、紅音。それが紅音の幸せなら、わたしは身を引き――やっぱりヤダぁ! ずっとライバルでいてよぉ!」

 虚無の表情で嵐が過ぎるのを待っている紅音に、光都はのし掛かるように抱きついてくる。そして紅音から反応が返ってこないとわかると、スンと居住まいを正して梛紗に向き直った。

「というわけで、わたしが紅音の真のライバル、光都です。よろしく」

「お、おう。梛紗だ。よろしく?」

 何がどうよろしくなのか、きっと光都自身にもよくわかっていない。その場限りのノリというやつだ。

「落ち着いたようだから言うけど、彼はただのバイトよ。事情があって弟の雪緒と一緒にうちで世話することになったの」

「そっか。よくわかんないけど大変なんだね、神社って」

 さして興味もなさそうな口ぶりだった。光都にとって重要なのは、ただひとつ。

「梛紗とやら! 今日からは君もわたしのライバル! 共に鎬を削ろう! じゃあ、またねー!」

 梛紗をびしぃ! と指差して、自宅方面へ向けて駆けていった。たぶんコンビニへ行くという目的は忘れている。家に戻って玄関を開けたあたりで気づくのではないだろうか。

「相変わらず賑やかなやつだな」

「その点については同意するわ。背ばかりすくすく大きくなって、中身はずっと昔のままよ」

 光都とは小学生からの付き合いだ。卯山神社にも頻繁に出入りし、その成長しているところと成長していないところ、両方を紅音は見てきた。梛紗と雪緒も、きっとそうだ。

「でも、悪意だけはないから。あの子は自分にしか興味がないの。だから吹聴して回ることもないわ」

「褒めてるのか貶してるのか、わからんなぁ」

 梛紗の相槌に、紅音は微かに俯いて言う。

「……あの子はあれで良いのよ」

 本当に鬱陶しければ、紅音は全力で光都を排除する。

 そうしないのは、つまるところ、そういうことだった。



 

 光都との遭遇で時間が遅くなってしまったため、紅音のエクレアと雪緒のケーキはそのまま冷蔵庫に入れた。もちろん油性マジックで名前を書いて。

 そんな紅音が風呂からあがり、雪緒とバトンタッチすると、巨大なうさぎがソファの上で堂々と寛いでいた。

「この姿のほうが楽なんだよな」

「そのもふもふは部屋着というわけ?」

現代的(モダン)な言い方をすればそうだな」

 たぶん、きっと、絶対違う。最近はペットに服を着せる風潮もあるが、その服を着ていない時の犬猫は結局のところ全裸だ。

 ということは今、梛紗は全裸で横たわっているということにならないだろうか。

「部屋着ということは着脱可能なのね。人型でいる時よりボリューム過多だから薄着に着替えてくれない?」

「勘弁してくれ。それじゃ因幡の白兎になっちまう」

 いやん、というように両腕――両前足を体の前でクロスさせる。その隠している場所が胸なのかどうかは不明だ。

 ミネラルウォーターをコップに注いで梛紗に歩み寄った紅音は、片手で払いのける仕草をして場所を空けるよう促す。

「わたしが座れないじゃない。大家なのに」

「だったらここに座ればいいじゃないか」

 言いながら梛紗は自身の腹をぽんぽん撫でる。それを挑発と受け取った紅音は、思いっきり体重をかけてその上に座ってやった。

「ぐぇぇ」

「椅子のくせに煩いわよ」

 座ったまま、ゆっくりゆっくり水を飲む。反省させるためにやったが、なかなかどうして悪くない。

 白い毛はもふもふだけれどすべすべの肌触りで、そのうえ獣の体温なのか温かい。

 梛紗は椅子に徹して黙っており、紅音も無言のまま、ふわもふを堪能する。まるで雲の上で寝転がっているような気分だった。

 やがて体は傾いで深く沈み込み、意識が遠のき――手から零れ落ちたガラスのコップを、梛紗が受け止める。

「あっぶね」

 幸いコップは空になっていて、カーペットを濡らすことはなかった。すぅすぅと寝息を立てる紅音を起こさないよう、梛紗はゆっくり腕を伸ばしてコップをローテーブルに置く。

 その時、雪緒が風呂から上がってきて、目の前の光景にぎょっと目を見開いた。

 それもそのはず。紅音は今、人間の狩衣姿に戻った梛紗に抱きかかえられるどころか、その胸に体を預けて完全に寝入ってしまっていたのだから。

 何か言いたげな雪緒だったが、梛紗が自身の唇に人差し指を置いたので黙すしかなかった。

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