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ご褒美スイーツ

 塗り壁の塀から藤の花房がのっそりと外にはみ出している。

 風に揺れるたび甘い香りが拡がり、思わず深呼吸したくなるほどだった。

 そんな内田家の門前で、紅音はマリンと雪緒を地面に降ろした。

 マリンはきょろきょろと視線を動かし、空気の匂いを嗅ぐ。藤の花の香りは、きっと記憶にあるはずだ。

 雪緒に導かれて敷地内に入ったマリンは玄関扉の前に座ると甘えた声で鳴く。すると家の中からばたばたと慌てた足音がした。雪緒が急いで離脱し紅音たちのもとへ戻ってきた瞬間、萌歌が玄関から顔を出す。

「マリン! マリンだ! お母さん、お父さん、マリンが帰ってきたよぉ!」

 愛猫を抱き上げ、目尻に涙を浮かべて萌歌は歓喜した。その涙をマリンはざらついた舌で舐め取る。

「紅音ちゃんのおまじない、本当に効いたんだ! すごい! すごぉい!」

 後からやってきた両親に、興奮した様子で萌歌が告げる。教えた通りにまじないを実行していたようだ。

 扉が閉められ、家の中からは明るい笑い声が響く。その様子を隠れて見守っていた紅音は、口元に笑みを浮かべた。

「計画通りね」

「悪い顔してんなぁ」

 梛紗は呆れたような声を上げたが、これもすべては卯山神社の評判を上げるためである。

 まじないは、所詮まじない。効かなくても、そんなものかと溜め息をついて終わりだ。

 しかし効果があったと思ったら誰かに言いたくなる。それが評判となって広まる。

 萌歌は小学生だが、子供だからと侮ってはいけない。子供たちの間で流行ったものが社会現象を巻き起こすことだってあるのだから。

 もちろん、そう上手く事が運ぶわけはないが、こういった機会を逃さないことだ。

「あとは小林さんにビニールハウスの猫除け対策をするよう伝えれば完了ね。これはお母さんにお願いしておくわ」

 内田家から離れて歩きつつ、スマホで時間を確認する。夕飯を摂ってから少し時間が経ち、小腹が空いていた。

 甘い物。甘い物が欲しい。

 向かったのは、先ほど進路を変える前に見かけたコンビニだった。

 自動ドアを潜って入ると、大学生らしき店員の気怠げな「らっしゃあせー」という声に迎えられる。

 人の姿に戻った雪緒は興味深そうに店内を見て回っていた。紅音はエクレアをひとつカゴに入れ、雪緒に声を掛ける。

「好きなものをひとつ買ってあげる」

「え、良いのですか!?」

「素晴らしい働きをした者には褒美が必要だわ」

 そうは言われても急に欲しいものなんて思いつかないのか、雪緒は困ったように棚の商品へ視線を彷徨わせた。

「じゃあ、俺はこれ。あとこれと、これも」

 対し梛紗は菓子パンやらグミやらを勝手にカゴに入れてくる。

「あなたは自分で買いなさい」

「金なんてないぞ」

「じゃあ諦めて」

「俺だってちょっとは役に立ったろ?」

 いちご大福を持ち、うるうると訴えてくる梛紗に紅音は溜め息を零した。

 あの時、梛紗が萌歌に食べさせた撤饌のいちご。あれに御利益があったかどうかはわからない。

 けれどマリンは紅音の読み通りに見つかった。まるで何かの縁に導かれてそこにいたように。

「仕方ないわね。ひとつだけよ」

「やった!」

 梛紗が上機嫌で商品を選び直していると、雪緒がおずおずと選んだ商品を差し出してきた。

「あの……これ、いいですか?」

 白い小さなドーム型のケーキに細長いチョコ菓子を二本差し、うさぎの顔を模した生菓子だった。春限定のシールが貼られている。

「もちろんよ。可愛いのを選んだわね」

 受け取ってカゴに入れる。それから梛紗の選んだ物も入れ、会計を済ませて外へ出た。

 紅音のエクレアはエコバッグに入れたが、うさぎのケーキは斜めになると崩れてしまうので雪緒が自分で持って歩いた。大事そうに両手で抱える姿が愛らしい。

 そして梛紗は厳選したソーダ味のアイスバーをしゃくしゃくと頬張る。

「歩きながら食べるなんてお行儀が悪い」

「だってアイスだぞ。帰るまでに溶けるじゃないか」

 反論され、今度からは保冷バッグを持ってこようと紅音は決めた。そして腕に提げたエコバッグを指差し、念を押すように言う。

「これはわたしのだから。もう食べないでね」

「だったら名前書いておけよ」

 悪びれることなく言う梛紗に腹立たしく思いながらも、一理あると紅音は拳を収める。

「……たしかに、一緒に住む以上はルールを明確に決めたほうがいいわね」

 必要以上に干渉し合わないようにしていたが、円滑な生活のためには話し合いもやむなし。

「じゃあ冷蔵庫に入れるものはそれぞれ名前を書いておくとして……」

 言いながら道の角を曲がる。その先にいた人とぶつかりそうになり、つんのめるように足を止め――

「え、紅音?」

 そこにいたのは長身美少女――光都だった。

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