参拝客ちょっと増えました
遅咲きの八重の桜も時期を過ぎ、家々の軒先に燕の鳴く頃。
「紅音! これは何!?」
昼休みの教室で光都がスマホをずいっと突き出してきた。
弁当を食べていた紅音は鬱陶しそうに顔をしかめつつ、ちらりとその画面に目を向ける。
そこには市の情報配信サイトの記事が表示されていた。
『卯山神社の花手水がめっちゃ映え』
写真付きのカジュアルな見出し。白にピンクに黄色の可愛らしい花々が水面にひしめいている。
「最近始めたのよ、花手水」
思えばここ数日で参拝客がわずかながら増えた気がする。氏子や書道教室の生徒以外で出入りする人がいない日もざらにあったため、それに比べれば、という程度だが。
この記事を目にして見に来たのだろう。やはり時代は映えである。この路線は大いにありだ。花手水用の花を買う予算をもう少し増やしても良いかもしれない。授与品などにも取り入れられれば尚のこと良い。
しかし卯山神社で一番売れるものといえば絵馬。呪いの言葉をしたためて、絵馬掛所に掛けていくわけだから、持ち帰る者はほぼいない。そこに映えは必要ない。
他の授与品といえば御守や干支の置物が定番で、卯山神社の社務所兼授与所にも置いてある。だが売れない。縁結びの御守は月にひとつ売れるかどうかだ。これに関してはデザインどうのという問題ではないとわかっているが。
などと考えていると、スマホを弄った光都が再び画面を見せつけてきた。
「じゃあ、これは!?」
画面にはSNSアカウントが表示されていた。神社仏閣巡りを趣味としている人のアカウントらしく、先ほどの記事を紹介する投稿である。
その投稿にはいくつかのコメントがついていた。
『ここ縁切りのパワースポットで地元じゃちょっと有名。元カレのこと忘れたくて最近参拝したんだけど社務所にモデルみたいな爆イケメンいて元カレの記憶消し飛んだから効果絶大』
『夜職のクソ客除けのために時々参拝してる。私が行く時はだいたい美魔女かイケおじがいるな』
『土日行くとエグい美少女の巫女さんいるんだわ。ちょっと冷たい感じだけど縁切りしたくて絵馬買ったらキラッキラの営業スマイルで縁結びの御守も薦められた。その商魂嫌いじゃないぜ……』
好き勝手な言われようである。
「困ったものね。うちは縁結び神社なのに、誰も彼もが縁切り縁切りと」
食べ終わった弁当の蓋を閉じ、水筒のお茶を飲んでから溜め息をこぼす。しかし光都はそれに構わず一番上のコメントを指差した。
「これ! 誰!?」
「アカウント名『りーちゃん』さんね。知らない人だわ」
「そっちじゃなくてこっち!」
言いながら、わざわざ『爆イケメン』の部分を長押ししてマーカーを引く。
「一瞬わたしのことかなって思ったけど社務所にってことは違うよね?」
訝しげに問う自認イケメンの長身美少女。仕方なく紅音は頬杖を突きつつ答えた。
「新しく雇った助勤――アルバイトよ」
住み込みであることは伏せた。面倒だからだ。
「えー、バイト募集してたんなら言ってよぉ。高校生になったんだし、わたしもやってみたい」
「学校があるでしょ。うちで雇ったのは日中の雑務対応のフリーターだから学生には無理よ。例祭や年末年始の短期バイトでいいなら考えておくわ」
そう言うと光都は俄に機嫌を直した。
「だったら、その時にわたしと紅音とこの人と勝負だね。わたしが一番イケメンだって思い知らせてやる」
「勝手にわたしを巻き込まないでちょうだい」
丁度その時、昼休みの終わりを報せる予鈴が鳴った。次の時間は化学室へ行かなければいけない。
教科書とノートとペンケースを持って教室を出る。三階にある化学室へ向かう途中、階段を上がったところで、人とぶつかりそうになった。
「おっと、あぶな……ヒッ!」
引き攣った悲鳴をあげて後退ったのは、坊主に近い短髪の男子生徒だった。
「あ、笠井先輩だ。髪切ったんですね」
紅音の後ろにくっついてきた光都が親しげに言う。ずいぶん様変わりしていて気づかなかったが、たしかにこの高身長は笠井涼大だ。
紅音は何も言わず、ただ涼大をじっと見る。怯えるようにきょどきょどと視線を彷徨わせた彼は「お、おぅ。まぁな」と曖昧に答えるだけだった。
「四月なのにもうけっこう暑いですもんねー。あ、そういえば彼女さん留学行っちゃったそうですね。寂しくなりますね」
「あぁ、うん、はは……」
空気を読まない光都の言葉にも気のない返事をして、ちらりと紅音の顔を窺い見る。
無言のまま、すっと目を細めた紅音に涼大はびくりと震えた。そしてもう耐えきれないというように、足早に自身の教室へと帰っていく。
「先輩、元気なかったね。やっぱ寂しいのかな」
「さぁね」
不思議そうに首を傾げる光都を尻目に紅音は再び歩き出す。
あの様子ならもう大丈夫だろう。これ以上関わってくることはない。
梛紗がやったことは暴行罪として訴えられる可能性もある行為だが、あちらも紅音を襲ったのだ。表沙汰にしたくないのは彼も同様なのだから然もありなん。
そもそも人間ではない梛紗に人の法など関係ないけれど。




