避難
こんな田舎の道場に駆け込んでくるぐらいだから、よほどひどい状況なのだろうと正一は思った。蓮と蘭に電話の内容を伝えて準備をさせた。
正一が門から外の様子をうかがっていると、三台の黒いセダンが近づいてくるのが見えた。車用の入り口から乱暴に入り、駐車場を乗り越えて道場前の広場まで車を乗り入れてきた。
車は三台ともぶつけたへこみがいくつもあって傷だらけだった。中から黒いスーツの男たちが降りて、二台目の車の周りを取り囲んだ。
二台目の車の助手席から降りてきたのは、年かさの体格のがっしりした女だった。渋い茶色の裃をつけた正一が近づいて「この道場の前当主の風見正一でございます。当主は不在ゆえ、某がご挨拶いたします」と言った。
女は正一に駆け寄り「風見先生、広瀬です。ご無沙汰しております。それよりも警護を、腕の立つものをすぐここに寄越してください!」と広瀬。
「あいにく当主と朱良はおりませぬが、こちらに蓮と蘭が控えております」と正一。
淡い色の裃に朱色の大小をさした蓮と蘭が前に出て、無言で軽く頭を下げた。警備の男たちは出迎えの三人の時代がかった姿に軽いショックを受けた。しかも「腕の立つもの」がコスプレまがいの少女二人とは、馬鹿にしている。
そんな男たちには目もくれず「広瀬です、慰霊祭でお目通りいただいた広瀬でございます、どうかお力添えをお願い申し上げます!」と広瀬は土下座をしかねない勢いで頭を下げた。
「まあまあ、広瀬先生、落ち着いて、中にお入りください」と正一が言い終らないうちに、辺り一帯に、キィーンという耳鳴りのような音とも気配ともつかない不気味な雰囲気が辺りを包んだ。
男たちがみな拳銃を抜いた。広場の縁の竹林から黒い物体が姿を現した。人のようだが、手足がクモのように長く、両手をついて四足で歩いている。狐の面をかぶっているので顔がわからない。不気味な動きで近づいてくる。男たちはためらいなく拳銃を撃った。音が響き、火薬のにおいが立ち込めた。
さらに一体が藪の奥から現れた。一体目と同様の姿で、顔にひょっとこの面をしている。
化け物は銃弾を左右に急所をかわすようなしぐさをしながら、ひょいと低く飛び、手近な男の前に進み、地面につけていた手を振るって男を爪で斬りつけ、よろめいたところを頭突きをするように頭を突き出すと、頭が裂けて男の体をかじった。
二体目がひょいと飛び上がり、男たちが取り囲む車の前に出た。男たちが体をかわすよりも早く、蓮が抜き打ちで化け物を横に斬り、二の太刀で上から切り下げた。
化け物は忽然と消え、ひらりと人型の紙切れが落ちた。人型はスパリと両断されていた。
次の瞬間に瞬間に、もう一体の黒い化け物が低い軌道で飛び寄ってきたが、蘭が軽い動作でひゅっと斬り、さっと刀を鞘に納めた。やはり切断された紙の人型が落ちた。
妙な気配は消えたようだった。
車の後部座席のドアが開いて、若い女が降りた。広瀬が前に出て頭を下げた。「美津子さま、化け物二体を追い払いました。しばらくは安心かと思われます。」
「見ていました。あなたたち、すごい技をお持ちなのね。この道場の方なの?」と蓮と蘭に向かって話しかけた。
蓮と蘭は軽く頭を下げた。
「こちらは蓮様と蘭様です。この道場の師範の方たちです」と広瀬。
「前道場主の風見正一でございます。むさくるしい道場ですが、どうかお入りください」と正一。
「あら、私を匿ってくださるの?うれしいわ」と美津子。
「はい、もちろんでございます」と正一。「残念ながら、道場の当主と当主代理は不在にしておりますが、私どもが全力でお守りいたします。」
「心強いわ」と美津子。
白いセダンが道場の敷地に入ってきて、駐車場に止まった。中から人が降りてこちらに駆け寄ってきた。
白木だった。「美津子さま、ご無事で何よりです。」
「あら、久しぶりね」と美津子。
「はい、ご無沙汰して申し訳ありません」と白木。
「あなたの誘導のおかげで助かりました」と美津子。「こちらの蓮さんと蘭さんが変な化け物を追い払ってくれたのよ。」
「蓮様と蘭様、ありがとうございます。お二人がおられたのはすばらしい幸運です。」
「そうじゃな、普段はわしら老夫婦しかおらんからのう」と正一。「まあ、とにかく中に入ってください。」
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