撤収
朱良が宿に戻ると、白木陽一が来ており、宿の主人と談笑していた。朱良は鶴の間に弘樹の様子を見に行くと、枕元で春子が看病していた。
朱良は安心してロビーに戻ると、広瀬と斉藤らが鬼の手首を運び込んでくるところだった。
広瀬が二つの手提げ袋のファスナーを開けて、白木に中を見やすいように向けた。白木は袋の中を覗き込むと満面の笑みを浮かべた。
「すばらしい!」と白木は朱良の方を向いて言った。「なんてすばらしい。見事な、本当に見事な仕事だ。ありがとう。」
「随分犠牲者を出してしまいました」と朱良。
「それは君のせいではない。既に報告を受けていて、おおよその状況は知っている」と白木。「それよりも、ご当主様は大丈夫なのかね。」
「奥の部屋で寝ています」と朱良。「しばらく休めば大丈夫だと思います。」
「君も疲れただろう。車を用意したから、このまま帰ってくれたまえ。お礼などについては、改めて連絡をさせていただくよ」と白木。「どうかご当主様には、くれぐれもよろしく伝えてくれないか。白木が大変感謝しておったと。」
「承知いたしました」と朱良は頭を下げた。
広瀬が朱良の腕に軽く触れた。「これまでのこと、大変失礼いたしました」と広瀬。
「場所を改めて謝罪させていただけないだろうか」と斉藤。
「君たち、これ以上、朱良さんを困らせないでくれ。ご当主様と君たちとの板挟みで疲れておられるんだ。察して差し上げなさい」と白木。
「奮戦されて亡くなられた隊員の方々の冥福をお祈りしております」と朱良。「当主には折を見て先生方のお気持ちをお伝えいたします。」
「かたじけない」と斉藤。「こんなことを申し上げるのは厚かましいと承知の上ですが、お願いを聞いて頂けないでしょうか。」
「どのようなことでしょうか」と朱良。
「ご当主様のご佩刀を拝見させていただけないでしょうか。あなた方のこの度の武技に感服いたしました。どうか後学のために、お話を聞けずとも、ご佩刀だけでも拝見を」と斉藤。
「彼の技は、道具の良し悪しのせいではないよ」と白木。
「当主に聞いてまいります」と朱良。
朱良は刀袋を持って戻ってきた。袋から刀を取り出すと、斉藤に渡して「この刀は差し上げる」と朱良。「大したものではないので、返礼はいらないと当主は申しておりました。」
「ありがとうございます」と斉藤。さやを三寸ほど抜いて脂のついた刃を確認して戻した。刀を両手で捧げ持って「頂戴致します」と深く頭を下げた。
弘樹が春子に付き添われて部屋を出てきた。何も言わず、誰とも目を合わせないで玄関で靴を履き、外に出て行った。
「それでは皆様、失礼いたします」と朱良は頭を下げて弘樹の後を追った。
弘樹と朱良を乗せた車が砂利をひいた駐車場から出て行った。春子だけが車を見送った。
読んでくださってありがとうございます。コメントを残していただけると嬉しいです。




