辞表
真守会の会議室で「君の辞表は受理されたよ、広瀬先生」と白木陽一が言った。
「ありがとうございます」と広瀬。「これまでお世話になりました。」
「ご苦労様だったね」と白木。
「いいえ。この度は多くの殉職者を出してしまい、自分の無力さを痛感しております」と広瀬。
「君はがんばってくれていたよ」と白木。
「いいえ。自分の思い上がりを許すことができません」と広瀬。
「あの件は仕方ないだろう。彼らとの相性もあったからね」と白木。
「もう少し詳しく事情を教えてくださればよかったのではないでしょうか」と斉藤。
「私だってご当主様のことを、よく知っていたわけではないよ」と白木。
「そうなのですか?」と斉藤。
「彼がまともに話をしてくれたのは、君たちに引き合わせたときが初めてだったのだ」と白木。「そしてそれが最後だよ。言っただろう、彼は気難しいと。」
「それにしては、親しげでしたが」と斉藤。
「そうしなければ、彼はあの場で仕事を断っていただろう」と白木。「私が彼のことを知っているのは、あちらこちらで噂話をかき集めていたからだよ。」
「噂話ですか?」と斉藤。
「そうだよ。彼は技を人に見せたりしない。秘伝というだけではなくて、使えば人を傷つけてしまうからね」と白木。「それに花山道場は門人が少ない。だから内情が外に漏れにくいのだよ。」
「ではどのような機会に技を使ったのでしょうか?」と斉藤。
「私が聞いた限りでは、親の離婚にまつわるいざこざや、姉弟げんかの折だよ」と白木。「とても人に話せない家庭の事情に関連している。」
「なぜそれをあなたが?」と斉藤。
「私だって好きでやっているわけじゃない」と白木。「だが、弘樹君の能力はそんな事情など問題にならないほど重要なのだ。君たちも間近で見ただろう。」
「ではこれからは彼らがいれば安泰ということですね」と広瀬。
「そうはいかないのだ」と白木。「弘樹君は格闘技を嫌っている。君たちのような武道家も。」
「私が知っている限りでは、弘樹君はまだ正式に花山道場の当主になることを認めていない。公式には、朱良氏が当主代行という立場なのだ」と白木が続けた。「君たちに紹介したのが、当主という肩書を人前で認めた初めてのことだ。」
「それが問題でしょうか」と斉藤。
白木はうんざりした顔をした。「朱良氏を含めた花山道場の門人たちは、弘樹君の道場への引き留めにとても苦慮しているということだよ。」
「今回の一件で、朱良氏は体調を崩して寝込んでいるそうだ。戦闘だけが疲れの原因でないことは明白だろう」と白木。「我々が花山道場の一門からどう思われているか、考えて見たまえ。」
「思慮が足らず、申し訳ありません」と斉藤。
「その話はもういいよ。君がこれから常設隊の隊長だよ。副隊長の人選は君に任せるよ」と白木。
「白井さんに腹案があると思っておりましたが」と斉藤。
「あわよくば朱良氏に頼めればと思っていたが、今となれば夢のような話だ」と白木。
「もう彼らに会う機会はないのでしょうか」と広瀬。
「ないね。あったとしても、絶対に話しかけないでくれ」と白木。
「そんな……」と広瀬。
「君たちは事態の深刻さがわかっていないよ」と白木。「言っておくが、ご当主様は、犠牲者の慰霊祭と鬼の手首の奉納式への参加を承諾してくれた。だが、残念ながら朱良氏は体調不良のために代わりの方が参加されるそうだ。」
「ご当主様の付添には、朱良氏のような人当たりの良い人物が来るとは思わないでくれ。くれぐれも失礼の無いように、部下たちにも伝えてくれたまえ。」
ここまで読んでくださりありがとうございます。もし面白いと思っていただけましたら、☆やブックマークでの応援をお願いします。




