後編
私が奉公させて頂いている『藤屋』は小料理屋です。
皐月の頃は戦のあった近くの真菰の領からお金はあっても気の荒い人達がたくさん流れてきて、常連さんが寄り付かなくなってしまっていたけれど、肌寒くなった今ではすっかり元通りの落ち着いたお店に戻っていました。私も安心!
店が開く前に、店と店前との掃除を手早く済ませ、母屋の方で仏壇と神棚の朝のお供えをするのは私の務め。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ。かしこみ、かしこみ・・」
纏めてお参りしてしまいます。
その後もいつも通りに朝の私の仕事を済ませ、いよいよ店が開くと大変なお客様がいらっしゃいました。
「邪魔するぜ? これでも昨日は風呂に入ってきたからな」
ボロボロの籠手と脚甲と鉢金に単衣に短い袴、陣笠に、何かの毛皮を羽織ってらっしゃいました。熊のような大きな身体のお客様。あちこちに傷痕があって、片目は眼帯でした。
左の腰には鉈みたいな太い小太刀!
他のお客も、私も藤屋の他の皆さんもギョッとしました。
「金は先に払うよ、ここは鮎飯と瓜の漬け物、蕎麦粉焼きもあるんだろう?」
「はぁ」
蕎麦粉焼きは頼まれるお客様がいれば出さないではない、くらいでしたが・・
暖簾越しに様子を見にきた女将さんを見ると頷かれたので、
「あの、こちらです」
空いているお席に案内しました。
「鮎飯の飯は白飯かい?」
「はい? 勿論ですっ」
藤屋ですから!
「そうかぁ」
なぜか残念そうなお客様。
「まぁいい、じゃあ何か粟と、蓬を使った物も付けてくれ。酒は粕酒を頼む」
「ええ? わかり、ました・・」
変わった御注文です。
「金はこれで」
熊のようなお客様はお代を小袋ごと卓に置かれました。
板前さんも戸惑われましたが、皐月の頃は風変わりなお客も多かったので、すぐに見当を付けてくれました。
まずは粟団子と蓬団子と玄米茶。粟団子の餡には胡桃が入っていて、蓬団子は焙ってから出します。
「気が抜けちまうな」
お客様は狐に化かされたようなお顔で召し上がってらっしゃいました。
続いては酒粕を白湯で割った粕酒と、瓜のお漬け物、蕎麦粉焼きの柚子醤沿え。
「上品だな、怒られちまうよ」
今度は苦笑いしながら食べてらっしゃいました。
そしてお待ちかね! 最後は藤屋自慢の落ち鮎の土鍋御飯でございますっ! 粕酒に拘っていらっしゃったのでお酒は出さず、煎茶と、それから板前さんが、真菰に縁のあるお客だろうと、あちらで御武家様がよく食べられる活豆も沿えてお出し致しました。
「ハハハッ、豆が付いてきたか」
お客様は愉快そうに笑って、1つ豆を齧って、
「塩が振ってある、ハハッ」
また大笑いして、笑い過ぎて涙を拭われてから、土鍋の蓋を一緒に出した押さえ布越しに取られました。
「ほう」
沸き立つ湯気と香り。落ち鮎、良い焼き加減です。お米も立っています。
「最後はお茶を掛けてお茶漬けにすると良い塩梅でございます」
「そうするよ」
お客様は神妙なお顔でお食べになり、一時、別のお席のお世話をして振り返ると鮎の頭も尾も骨も、綺麗に食べ終えて、土鍋に深く一礼していらっしゃいました。
礼を終えるとお客様は陣笠を被り、毛皮を羽織り、
「馳走になった」
と早々店を出られようとなされたのでお釣りを預かっていた私は慌てて出入り口まで早足で追い付きました。
「お客様! お釣りでございますっ」
「浄銭だ。受けとれねぇ。ああ、それと、ここにお竹という白狐のような左目の下にほくろのある綺麗な女がいるって話があったが、今日はいないのか?」
不意に言われるので、顔から火が出るところでした。
「お竹は私ですがっ、狐ではありませんっ! ほくろはありますがっ」
お客様はしばらく呆気に取られてから、今日一番の大笑いをされて、
「宿の親父に化かされた! あばよっ」
それだけ言って、立ち去られてしまいました。
お釣りは少ない額でなかったので、旦那様と女将さんが話し合われて、戦で焼き出された方々が住んでらっしゃる町外れのお救い長屋に使うことになりました。
藤屋にはそれから2年程、御奉公させて頂きましたが熊のような眼帯のお客様がいらっしゃることはもうありませんでした。
今に思えば、哀しいことです。
赤子を背負い上の息子に手伝わせながら、粟御飯等を炊いていると、ふと、思い出してしまいます。そんな時、私は、
「なんまんだぶ、なんまんだぶ。かしこみ、かしこみ」
「あー、おっ母、また言ってる~」
「お前も御飯を作る時は言いなさい」
「え~っ」
今日も食べてゆかねばならないと、改めて思うのです。




