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足軽の馳走  作者: 大石次郎


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前編

曰く曰く、甲斐の信玄が死んだとか、いや死んではないだとか、いやいや近江の辺りで見たから信長もう負けんじゃないの? 等々、そんな噂が噂を呼ぶ時分のとある戦場(いくさば)の、とある陣で4人のみすぼらしい足軽が車座に座り、不味そうに煎った豆を軽く燻した『活豆(かつまめ)』と仰々しい名を付けられた兵糧を小袋からだして詰まんでいた。


「ひでえもん喰わしやがる、塩も振ってねぇ。鼠も喰わねぇぞ?」


五助(ごすけ)は豆の(かび)ていた部分を吐き捨てながら息巻いた。


「鼠は塩は喜ばねぇさ」


大柄な佐平次(さへいじ)が冷静に言う。


「鼠はなんでも喰うぞ? 家で糠を溢した(むしろ)をばりばり喰ってたかんなぁ」


豆をばりばり齧る猪作(いさく)


「筵よりかは贅沢だ」


茂一(もいち)はうんざり顔で活豆を見た。


「明日の戦は尋常じゃねぇ! 真菰(まこも)城を取られたから若殿もムキになってらっ。俺たちゃ肉の壁さっ。この豆喰って死ねってか?」


主は歳は15で、失地の挽回に躍起になっていた。


「まぁ後から来た殿さんだし、一昨年一揆しちまったしなぁ」


足軽達の属する領は近年、主が二転三転としている。


「洪水だっからなぁ。あれは勢いよ」


主に駿河辺りから流れてきた一向宗の先導による物であったが、当の坊主達は不利と見るや雲隠れした為、落着があやふやなままであった。


「で、ここらで落とし前! へへっ」


領主の長子の若殿はともかく、領主は元居た領から連れてきた領民と在住民を入れ替えを目論んでいるフシがあった。

特に旧領主仕えの足軽等、始末の悪い物でしかない。


「なんか、うまいもん喰いてぇ」


「俺、(よもぎ)持ってんぞ?」


「真菰の辺りの方がいいもん食えたな。1回粕酒出たよな?」


「若殿、出張り過ぎなんだよ。バカかよ、って誰か言ってやりゃいい」


足軽達の軍の配置はやや突出してしまっており、矢も兵糧も、数丁はある鉄砲の弾と火薬も不足していた。


「うまいもん喰いてぇ、うまいもん喰いてぇ・・」


「五助、こっちまで腹減ってくる。よせよ」


「うまいもん、って言ってもなぁ」


「取り敢えず佐平次の蓬、分けようぜ。豆じゃ力が入らねぇよ」


足軽達はもう3日、豆と水とわずかに配られる塩だけしか口にしていない。


「蓬なんかよぉ! 猪作、俺は釣った鮎を塩焼きにしてな、それを粟と一緒に炊いて食ったことがあるっ。美味かったなぁ」


「ああっ、コイツ、言いやがったな。胃袋がギュウギュウしてきちまうっ。俺はもっと普通だな! 瓜の糠漬け。茂一の婆さんの糠床のが一番美味ぇ」


「そうかぁ? 婆さんやたら鷹の爪入れやがるから俺はそうでも・・そうだなぁ。俺ぁよ、練った蕎麦粉を焙ってよ、()に付けたのを喰いながら、酒飲むんだ!」


「酒と合わせたらなんでもありじゃねぇか? お前は女房、顔はアレだが乳の大きいの取るし、そういうとこあるな。だったら俺は目の下に小さいほくろがある、スッと白狐みたいな女がいいよ」


大体の男は白狐のような女が好きな物であるが、ほくろに関しては含蓄(がんちく)があるようであった。


「女の話じゃねぇか!」


「腹減ったぁーっ!」


「女より塩気のあるもん食いてぇな」


「だから蓬を分けようぜってっ」


そこからはもうてんでバラバラ、纏まりの無い話になったが、それでも苦い干し蓬を分けあって噛み締め、篝火(かがりび)はあっても足軽ごときに個々の焚き火等無い陣で、やがて地べたの転がり眠った。



翌日の戦は阿鼻叫喚の有り様であった。忍びによって進路を報され、後続の味方勢が調略によって寝返ったと流言を広められた足軽達の軍は混乱を窮め、奇襲に失敗し、退路の選定すらままならず、嬲り殺しの有り様であった。

が、天の気まぐれで霧雨が降り、敵軍自慢の鉄砲隊と砲筒隊が用無しとなった上に若殿が手勢と共に包囲を抜けて遁走してしまった為、総崩れの本隊には浪人ばかりの隊のみ当てがわれて打ち捨てられ、敵軍本隊は若殿を追い掛けていってしまった。


「五助ーっ! 猪作ぅっ! 茂一っ!!」


あちこち手傷を負い、片目の潰れた佐平次は同じ里の足軽達を呼び、死屍累々の中を探した。

生き残りの本隊は既に散り散りになっており、対する敵軍の浪人隊も方々に散っていた。

将どころかまともな武士が既におらず、こうなっては殲滅も何もない、未だこの場に残っている者達は、敵味方問わず死体から金目の物を剥いだりしていた。

手負いとはいえ手足は健在で味方の死んだ武士から奪った大きな十字槍を抱えた、しかしどう見てもただの足軽で仲間を探して回るだけの佐平次を、わざわざ相手する浪人兵達は少なかった。

雨の後で霧が出ており、弓を利かせ難いのも幸いしていた。

それでも殺気立った者はいる。思い出したように佐平次に槍やら長巻やら野太刀やらを手に打ち掛かってきた。


「てぇーーいぁーっ!」


「真菰のぉーっ!」


「足軽風情がっ!!」


佐平次は相撲が得意で、里では山仕事をしていて力はあったが、兵法はさほど得意でなかった。

それでも剛力が無ければとても扱えない盗んだ十字槍と佐平次の剛腕は相性が良く、およそ槍術等と呼べた物ではなかったが、強引に殴り殺し、突き通し殺して退けていった。

やがて豪雨となり、佐平次は仲間の足軽達の骸を一通り認めた。


「蓬しかなくてよぉ。ごめんなぁ、ひもじかったろう。・・領には、もう帰らねぇよ」


日が暮れる頃に雨がようやく止むと、佐平次は戦場がいなくなっていた。

十字の穂先が2本折れた大槍はそこらに打ち捨ててあった。

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