悪あがき
「待て。一つ質問させてくれ」
俺は仮面の人の通信が切れるであろう前に制止した。
運良く、無視されることは無く仮面の人から俺に返事が来る。
『煌太君、何だね?』
「ゲーム開始前、合図は三十分後から十分毎に出すと言ったな。それでだ。解毒の料理さえ当てれば、その十分毎の合図にはこちらの勝利宣言を出してくれるのか?」
『最初に説明した通り、そうだ、と言いたいが。解毒の料理さえ当てれば、とは?』
「つまりだ。裕太の食べる量が射たれた毒を中和するほどじゃなくても、一口未満でも料理を食べれば正解か不正解か言うかだ」
これはゲーム開始前に考えていた方法だ。
結局はわずか四十五品中、四品しか試せないから却下した策だが、今はこんな悪あがきしかできない。
少し間が空いた後、仮面の人はゆっくりと俺が望んだ答えを口にした。
『なるほど、良いだろう。解毒入りの料理にさえ手を付ければ勝利を言い渡す。しかし、それではとても解毒を当てるのは無理だと思うがね』
「余計なお世話だ。それでも当てなきゃいけないんだよ。何にもしないで時間切れを待つわけにはいかないんだ。簡単に諦めるかよ」
『親友を救うためにか?素晴らしいほどの綺麗事だ』
意外に仮面の人は余計な事を口走る。
単純に煽って冷静さを欠かせようとしているのかもしれない。
そうだとしても言い返さずにはいられなかった。
「綺麗事で何が悪い。それに保身でも何でも無い以上、綺麗事という言葉は間違いだ。あいにく、俺はお前と違って命の重みの価値観が違うからな」
『そうか、確かにそうだな。価値観の相違は誰にでもある。お金と命の価値観は特に顕著だ。愛も友情も憎しみの感情もだ。この心情への価値観は人によっては違いすぎる。悲しいほどに。…………無駄話が過ぎた。それでは今度こそゲームに戻ると良い』
そう言い残して、仮面の人からの反応は無くなった。
とにかくこれで勝算は0%では無い。
無理だと分かっていても、完全に諦めるのには早い。
俺は、顔を伏せて落ち込みきった裕太に声をかけた。
「裕太、大丈夫か?次やる事は聞いていた通りだ。ほんの僅かだけ料理を食べて、毒をほとんど取らずに当てていくしかない。あの仮面の奴が言う通りなら、チャンスは二回だけだ。何とかするぞ」
裕太からの返事はない。
うつむいたままでピクリとも動かない。
ついに、かなり精神的にきてしまったか?
「…………る、って何だ……」
「裕太?」
裕太の怒り混じりの呟きが、あまりにも小さい声だったので俺は聞き返した。
すると裕太は顔をあげる。
その裕太の顔は恐ろしい物を見たように歪んでいて、まさに追い詰められた様子だった。
辺りを見回しながら、挙動不審に体を揺らして低い声で呻いた。
「何とかするって何だよ。あまりにも無責任だろ…。何ともできねぇよ。もう無理だ、無理なんだ。俺は死んじまうんだよ。くそぉ……、嫌だ。死ぬのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。全部嫌だ……」
惨めな事ばかりを口にする裕太は見ていて悲痛だった。
言うことも支離滅裂で下手に刺激できない。
だけど落ち着くまでの時間が無いのは明らかだ。
すぐに立ち直ってくれないと悪あがきすらできない。
だから今の裕太には一か八かだが、一喝するしかなかった。
「自暴自棄になるな!お前はまだ死んじゃいない。そのお前が諦めてどうするんだ!俺は最後まで諦めない。だから、頼むから裕太も諦めないでくれ。まだゲームは終わっていない!まだ死を受け入れるのは早いんだ!」
「でも……。もう……俺には見えない。先も、勝利も。自分が生きてる姿すらも!」
先に裕太の心が死にかけていた。
辺りが真っ黒に塗り潰されたように周りが見えず、死という黒に囲まれている。
その黒が邪魔で、心を救い上げるのは難しい。
それに一筋の光りすら俺には出せない。
俺の出す光りは儚くて脆くて、途中で黒く塗り潰されている。
「頼む、裕太……!お前が諦めたらどうしようもないんだ。お前が死んだら、誰が俺と悪ふざけをしてくれるんだよ?お前とだけ、俺はいつでも子供みたく楽しめてふざけ合えたんだ。そんな大切な親友であるお前を失いたく無いんだ…!」
裕太には生きる気力が失われていて、俺の心すら弱々しくなりそうだ。
でも俺が諦めたら本当におしまいだ。
だから俺だけでも心を強く持たなくてはいけない。
そうじゃないといけないのに、目の前の現実が俺達の心をへし折ろうとしてくる。
それは辛くて、ただ辛くて、泣きたくすらなる。
「死ぬなら楽に死にてぇ……。せめて眠るように死にたい。俺は残酷に死ぬなんて堪えられない!」
最早、俺の言葉は裕太に届いていなかった。
聴こえてはいても、それだけだ。
決して思考に組み込まれない、心には届かない。
裕太は動かない。
「裕太、お願いだ。立ち直ってくれ。………まだ、お前は死んでいないんだよ………」
俺はマイクにすがり付くように両手でマイクを掴み、深くうつ向いた。
俺の意思に反して涙が溢れそうになる。
そして嗚咽が漏れそうになったが、必死にマイクが音を拾わないように堪えた。
諦めて泣きそうになっているわけじゃない。
俺は悲観しているんだ。
それは裕太も一緒だ。
現実は決して思い通りにはならない。
それは分かっている。
みんな知っている。
だから悲観しないためにも、人は望む結果に近づけようと行動するんだ。
でも、行動しても悲観するしか無い場合は人はどうすればいいんだ?
俺には分からない。
すぐには答えは出せない。
答えは出せないが、今するべき行動は分かっているんだ。
その行動は裕太がするもので、俺にはできない。
裕太が、しないといけないんだ。
裕太が裕太自身を救わないといけない。
………もう形振り構っていられるか。
人が死ぬんだ。
しかも親友が。
そんな状況になれば誰だって見捨てるわけが無いだろ。
簡単に諦めてたまるか。
俺は覚悟を決めて大きく息を吸い込み、確実に裕太の耳に届くように意思を強くする。
そして出来る限りの大声で叫んだ。
「聞けぇ裕太!!」
俺の声は爆音となり、テレビから俺の声がはっきりと聞こえるほどに響いてきた。
突然の爆音の声量は裕太の体を畏縮させて、一瞬だけ身構えさせた。
一瞬で十分だ。
それだけで裕太の思考が数秒止まったなら、きっと俺の言葉は耳に入っていく。
「お前は生きたいんだろ!?俺だってお前には生きて欲しい!だからこそ諦めるな!立て!立って足掻け!あんな仮面の奴なんかに屈するなよ!お前の生きたいって欲望を、見せてみろぉおおぉおぉおお!!」
俺は精一杯の気持ちをぶつけた。
どんなに思っていても、間違っていても気持ちを晒し出すにのは難しい。
しかし、俺は怒りを吐き出すように叫んでみせた。
「煌太………、俺は……」
ついに裕太はまともな反応を見せる。
そして裕太はなぜかボロボロと涙を溢し始めて、途切れ途切れに言葉を漏らした。
「ごめんな、煌太。俺、口先だけだった……。生きたいとか言っておいて諦めちまっていた。自分が情けねぇ。いつもこんな調子だから、満足することなんて出来るわけないよな……。さっきまでの俺が恥ずかしいぜ………」
裕太は涙を服の袖で乱暴に拭く。
それから気持ちを切り替えるために、手の平で両頬を強く叩いた。
バチン、と痛々しい音が響く。
「よし………、やってやる。やってやるぜ!この裕太様を舐めるなってんだ!最後まで悪あがきの一つぐらいしてやる!」
裕太は自身を奮い起たせて意を決した。
顔つきも良くなり、さっきまでの弱気を一切感じさせない。
力強く立ち上がって和食の方へ近づく。
「煌太。まずは確認するが、俺は後は二品しか選べないんだよな?」
細々としない声で裕太は訊いてきた。
その声で俺はひとまず安心できた。
「あぁ、正解を当てるだけなら全てに手をつけるだけでも良いが、それだと完全に解毒ができない。ゲームの特性上、仮面の奴が正解は出しても答えを教えはしないからな。だから制限時間から考えて食せれるのは二品だけだ」
「それで残りは三十品ほどもあるときた。どう考えても辛い状況だ。だけど俺は諦めない。二品で当てれば良いだけだからな」
三十品中一品の解毒を二品で当てる。
確率としては約6,6%だ。
かなり低いが、 不可能とは言い切れない数字。
……難しいには代わりは無いが。
裕太は並べられた和食に目を配らせながら、苦々しく口元を歪めながら笑った。
「それでいじわるな質問になるけどよ、俺はどれを選べばいいんだ?」
「……俺に委ねるのか?本当に、いじわるな質問だ」
お互い、どの料理を選べばいいか分からない。
でも諦めるなと言った手前、俺が投げやりに答えるにはいかない。
俺が答えに悩んでいると、先に裕太が話を続けた。
「悪いな、臆病な言い分だった。交互に選ぼうぜ。先に煌太、お前から頼む。次に俺だ。最後ぐらい自分で責任は負うさ」
「………分かった」
この時、裕太は自分を嘲笑して冷めた目をしていた。
それは諦めているわけじゃなく、死を覚悟しているんだ。
生きようとしながら死を受け入れる。
その方法が精神的なダメージが少なくて、自然と冷めた目になっているのかもしれない。
俺はそんな事を思いながら、テレビに映っている残された料理を眺めていた。
どれを選んでも同じ結果になってしまう気はしている。
しかし、選ぶ以上は正解を引き当てないと意味が無い。
「………どうすればいいかな」
俺は霞んだ声で呟き、頭を働かせる。
とは言っても、分からないものは分からない。
なら優羽の知恵が頼りなる。
今この場にはいないが、優羽は何かと変わった話をしてくれる。
それは雑学のような話は特に多かったはずだ。
まず、ゲームに勝つ方法だ。
それについては俺と優羽がオセロをしている時だったか。
優羽はゲーム理論というのを引き合いに出して、ざっくりと説明してきたはずだ。
内容はほとんど覚えていないが、ゲーム理論に基づけば勝利までの算段が見えてくるらしい。
オセロや将棋などのルールが明確なものには特に有効なようだ。
でもゲーム理論は数学による考え方であって、今の俺には使えない。
でも考え方は参考にはできる。
一つとしては相手の手の内を計算する。
つまり手を誘う、とかではなく手を読む。
どのゲームでもそれができればいいが、そもそも手の読み方が分からない人がいるはずだ。
その場合、難しいことを考えずに自分が相手の立場ならどう行動するか考えるのだ。
これこそどのゲームでも基本中の基本の思考だ。
この思考が駆け引きを産み、相手を打ち負かせる。
相手の立場だと考えて、俺ならどの料理に解毒を入れる?
苦手な料理か、それとも好みの料理か。
いいや、どちらも印象が強い。
俺なら印象の薄い料理、無意識に選ばない料理に毒を入れる。
無意識に選ばないと言ったら何だ?
………食べたことが無い料理か?
この状況下で食べたことが無い料理は選ばないはずだと、考えれる。
これなら正解の可能性が高い。
一手目としては妥当だ。




