中間報告
「そういえば、裕太。お前はここに連れて来られる前の事を覚えているのか?何をしていたとか」
「あ?なんだいきなり?別に大したことはしてねぇよ。お前らと会ったあの後、ちょっと休憩がてらにお茶していただけだ。それで途中で眠くなって………」
裕太の言葉がそこで途切れる。
何か大事な事が思い当たる節があるのだろうか。
「そう、眠くなったんだ。ありえねぇけど、もしかしたら眠らされたのかもしれねぇ。あの手紙のことを考えながら会話して時間を潰していたら、いつの間にか眠く……」
突然裕太は俺に説明するようではなく、独り言を繰り始めた。
俺にはさっぱり意味が分からない。
俺は裕太の思考を遮るように言葉をかけた。
「手紙ってなんだよ?ラブレターか?」
「違ぇよ。アイツ、えーっと………香奈恵からの手紙だよ」
よくあるような名前なのに俺は香奈恵という単語を聞いて、全身がヒヤリとした。
あまりの悪寒に、冷や汗が吹き出そうにすらなって身震いもしそうだった。
「かなえって、俺がよく知っている香奈恵…………じゃないよな?」
俺は恐る恐る裕太に訊いた。
返ってくる答えが分かっていても、予想できた返事は欲しくなかった。
いや、しかし色々とあり得ない。
「お前が知っている香奈恵だよ。何年前だったかの合コンで、唯一煌太にしつこく絡んできた奴。まぁ、美人さんだったよな」
やっぱり俺が知っているあの香奈恵だった。
すでに優羽と付き合っている事を打ち明けていても、やたらと俺に好意を寄せてきた女性だ。
香奈恵は綺麗で俺から見ても魅力的な女性ではあったが、俺は優羽との関係を大事にしていた。
それでも香奈恵はアプローチを仕掛け続けて、俺は手を焼いた記憶がはっきりと残っている。
「いつの手紙だよ?」
「今が何日か分からないけど、多分昨日じゃないかな。お前と優羽が路上でイチャつく前日さ」
「はぁ!?」
俺は怒り混じった大声をあげた。
本当にあり得ない。
昨日だって?
香奈恵から裕太に手紙が?
そんな馬鹿な話があるのか。
俺が知らないだけで裕太は香奈恵と交流があったのかもしれない。
それは別にいい。
だが、俺が知る限りの話だが香奈恵はだいたい一年ほど前から行方不明になっていたはずだ。
あの日の夜、忽然と姿を消して香奈恵とは連絡が着かなくなった。
それから後々、香奈恵が行方不明になったとニュースで聞いたんだ。
だから手紙なんてあり得ない。
「どうしたんだよ、煌太。急に変な声を出して」
「香奈恵が手紙なんてあり得ないんだ。だって香奈恵は、行方不明なんだよ…!」
「え?それはお前の勘違いじゃねぇのか?」
違う。
勘違いじゃない。
数十秒だけだが、ニュースで放送していたんだ。
個人の工作で出来るレベルではない。
もし見つかっていたなら、何らかの連絡が俺に来ていてもおかしくないはずだ。
別に親しいわけじゃなかったが、裕太に手紙を出しているくらいだからだ。
俺の思い上がりならそれまでかもしれないが、少なくとも裕太と比べたら俺のほうが親密ではあった。
「その手紙は、突然送られたのか?前から連絡を取り合っていたとかは無かったのか?」
「あぁ、突然来たんだ。そもそもまともに連絡なんてしたこと無かったしな」
裕太は思い出す仕草として、指先を頭に当てながら話を続けた。
「しかも俺は香奈恵の存在すら忘れていて、思い出すのにも時間が掛かったな。言うまでもなく、香奈恵に関しては俺より煌太の方が接点があったからよ。だから何事かと思ったぜ」
「手紙の内容は?」
「相談したいから筆記している日時と場所に来て欲しいって。何で手紙なのか住所知っているのか、と色々と疑問はあったけど一応会いに行ったんだよ」
確かに現代でわざわざ手紙で、そういう内容を書き記すのは珍しい。
なぜ裕太なのかも不思議だ。
香奈恵は天涯孤独な身では無かったはずだし、相談相手になる友人は他にも沢山いたとは思う。
わざわざよく見知っているわけでもない裕太に相談しようとする意味があったのかもしれない。
俺には皆目検討すらつかない話だが。
「まぁ、会いに行っただけで会えてないけどな。喫茶店で待っている時にアイツと話していたら眠く……」
裕太がそこまで言ったとき、あの鈍く低い男性の声が部屋に響いてきた。
テレビからも聴こえるから、裕太にもこの声は聴こえているだろう。
仮面の人の声だ。
『さて、大変待たせたね。ゲームが開始して早くも三十分が経過した。お待ちかねの中間発表でもしようか』
その声を聞いた裕太は挑発する言葉を吐いた。
わざわざ余計な事を言うのは、勝利を確信して慢心しているからだ。
「へっ、お前が仮面の人物か!声だけじゃなく姿を見せろってんだよ!とりあえず殴ってやる!」
『殴るとは、君は煌太君と同じ事を言うんだね。類は友を呼ぶってことかな。あはははは』
相変わらず起伏が無い死んだ笑い声を発する。
それは馬鹿にされているようで有りながらも、気味が悪い。
『それよりゲームに関してだが、この三十分で君達が食べたのは一品だけ。しかし見事に毒が無いのを食べたね。それは素晴らしいよ、評価する。何せほとんどの料理には毒が混入されていた。しかし………』
嫌らしくもそこで言葉を一瞬溜める。
それが俺たちの不安を駆り立てていき、心底気分が悪くなりそうだった。
結果が発表される前の心臓の悪さは、いつ味わっても嫌な気持ちになれる。
『しかし、裕太が食べたのは毒が無いだけだ。つまり、解毒は含まれていない。だからゲームは続いている』
「なっ!?おい、マジかよ!ふざけるなよ、くそっ!変な嘘を吐くんじゃねぇえ!」
仮面の人の言葉を聞いて先に怒鳴り散らしたのは裕太だ。
顔を真っ赤にして慌てて、どうしようもない怒りが表れているのが見て分かる。
一方、俺はこの返答に覚悟はしていたが顔が真っ青になっていた。
『これで残り三十分だ。しかし今の裕太の様子を見る限り、開始から一時間までに解毒を摂取すれば助かるという考えは捨てるべきだ。おそらく、あとせいぜい三十分が限界だろう。小さい数字ながらも君たちにとっては大きな十分もの短縮だ』
何とも有り難く無い、分かりやすい親切な助言だ。
制限時間が更に削られて、ありがた過ぎて苛立ちで吐きそうだ。
この野郎が…………。
なんとか俺は冷静になるために頭を冷やそうと黙り込むが、対して裕太は感情的になってるために喚いて暴言を吐き続けていた。
「ふざけるなよ!もう銀食器は使いきっちまった!これ以上調べようが無い!どうせ他の料理にも毒ばかり入っているんだろ!?そんなの食えるかよ!無惨に命を散らしたり、安く命を賭けれるかよ!ふざけるなふざけるなっ!くそっ、クソクソクソぉ!」
まさにそうだ。
今の俺達には調べる手段が無い。
全くないわけじゃないが、無理だ。
無理だが、それでも何とかするしかない。
でも、その何とかする方法が俺には分からない…!
『喚くな、薄汚い奴がうるさい。ゲームは続行だ。大人しく優雅な食事に入るといい』
「待てよ!話を聞け!どうしようも無いと言っているだろ!これだと勝てないんだよ!つまり、死ぬしか無いじゃねぇか!!死ねるかよ!死にたくねぇ!こんなゲームやってられるか!」
裕太がどんなに大声で怒鳴っても、仮面の人は一切揺らぐことは無いだろう。
それが分かるほどに仮面の人の一言一言は、淡々としていた。
『だから裕太はゲームを放棄すると?詰みの状態になったから逃げると?それもいいだろう。しかしこのゲームには勝って生きるか、負けを認めて死ぬしか終了は認められない。足掻くのが嫌なら、大人しく毒入りの料理を一気に胃の中へ流し込むといい。意識を失って、楽に死ねるだろう』
「死にたくないって何度言えば分かるんだよ!やめろ、ゲームをやめろ!やめて俺に解毒を渡してくれ。頼むから…、頼むからよぉ…………!死にたくないんだよ。嫌だ、まだ俺は何一つ人生で満足することしてないんだ………。やめてくれ…!」
裕太の言葉に力が無くなりかける。
どんな事を叫んでも訴えても無駄だと理解しかけているせいだ。
死は受け入れない。
だけど勝利が見えない、負けは受け入れられない。
さっきまで慢心した態度も、負けを想像したく無くて取っていた態度だ。
いくら裕太が懇願しても仮面の人は受け入れず、ゲームの再開を言い放つ。
『惨めだな。ゲームは続行だ。これからの結果の全ては君達次第だ。それでは私はこれで』




