欲望のゲーム
『ただし、料理の中には解毒剤以外に猛毒が含まれているのもある。食す物は慎重に選ぶことだ。女性にだって、手当たり次第に手を出せば酷いハズレを引くだろう。それと同じだ。女性の中には強い刺激を持つ悪魔がいるものだ』
一気にゲームが不利に思えてきた。
毒がどうとか、そんなの見分けがつくわけがない。
このままでは遅効性の毒で死ぬか、料理に含まれた毒で死ぬかのどちらかしか裕太には無いようなものだ。
つまり助かる可能性がない。
「待て。なら見分けを付けるヒントはあるのか?」
『何に毒が含まれているかどうか知りたいのかな?しかし残念ながら、そんなヒントは一切ない』
仮面の人はそう言い放った。
その答えは絶望より先に、俺の中では怒りが込み上げてきた。
何の手がかりもなく、ヒントまでも無いのはあまりにも無茶苦茶すぎる。
それだと俺がこのゲームに勝てる要素が一切ない。
「は、はぁ!?そんなのおかしいじゃねぇか!ゲームってのは両者の駆け引きがあって、やっとゲームと呼べるんだよ!こんなのゲームじゃない!」
『煌太君は、ロシアンルーレットを知らないのかい?あれこそ命を掛けた簡易ゲームの代表格と言えるだろう』
ロシアンルーレットはリボルバー式の拳銃に数発の銃弾装填し、頭に向けて撃ち回すものだ。
もちろん変則的なルールでなければ、銃弾を引かなければ勝ちとなる。
だがそれはカジノと同じギャンブルの類で、今やろうとしているゲームとは根本的に種類が違うはずだ。
この場合一対一なのだからゲームはなるべく対等であるべきだ。
そもそもロシアンルーレットだって二人でやるのなら、交互に撃ち合っていけばいい。
そうすれば五分五分のゲームとして成立できる。
なのに今やろうとしている事はあまりにも酷く、完全にワンサイドゲームになるのが明らかだ。
『制限時間は三十分から一時間だ。時間が曖昧なのは、解毒がいつ効力を発揮しきれるか分からないためだよ。早くて三十分後でも手遅れになり、運が良ければ一時間後に解毒を飲んでも助かることだろう』
ここで更に運の要素が追加されるのか。
ヒントが無い以上、毒にまみれた料理から解毒を引き当てるのも運試しであり、制限時間自体にまで裕太本人の運にかかってしまっている。
ますます仮面の人は頭がおかしいと思えた。
だが、俺がここでもっと厄介なことに気がついた。
「制限時間については、まぁ分かった。だけど一つ訊きたい」
『ヒントにならない質問なら答えよう』
「よし。もし裕太が解毒を当てた場合だ。その時はすぐにゲーム終了の合図は出るのか?」
これは非常に大事なことだ。
勝利条件の確認とも言える。
そしてもし合図が出るのなら、このゲームの攻略の糸口となるはずだ。
なにせ口に入れるだけで終了の合図が出れば、米粒を一粒だけ食べるなどせこい真似かもしれないが、毒を当てても安全にできるかもしれない。
卑怯ではあると思うが、それぐらいはしないと勝利は不可能だ。
『いや、すぐには合図は出さない』
やはり駄目か。
俺の浅はかな考えは想定の範囲内だっただろう。
ならいつ合図を出すか、限られた条件から手段を見つけるしかない。
『合図は開始三十分後から十分毎に出そう。つまりゲーム開始から三十分後に一度目の合図を出す。あとは開始から四十分後、五十分後、一時間後の計四回の合図だ。その時に都度、君たちが正解を引き当てたかどうかを教える』
……ということは、慎重に解毒を探せるのは僅か三回だけとなる。
正確な時間制限では無いにしろ、一時間後には解毒が間に合わず四回目の合図にはゲームオーバー、すでに手遅れということだ。
最悪な場合三十分後の一回目の合図ですら手遅れの可能性もあるから、俺と裕太には余裕はない。
ここまでなかなか攻略法が見当たらないと、段々と厳しいゲームだと思い知らされる。
そのせいで妙な緊張感を俺は覚え始めていた。
今まで生きていて、感じたことのないほどの焦燥感だ。
「もう一つだけ、訊かせてくれ」
『初めてのゲームだ。特別に幾度もの質問を許そう。……それで、何かな?』
「裕太に射ったとかいう遅効性の毒についてだ。解毒が手遅れになる時間帯は聞いたが、肝心の遅効性の毒の症状が出始めるのはいつだ?」
『症状そのものは約一時間後だ。一時間後には発汗を始め、発熱する。そして二時間後にはあらゆる刺激で筋肉が硬直するようになり、酷い苦しみに逢う。そして運が悪ければ、その筋肉硬直により舌を噛みきってしまうだろう』
毒、というより病原体みたいな症状だ。
一体どんなものか俺には分からないが、下手したら裕太は二時間後には瀕死になるのは理解した。
そうさせる訳にはいかない。
頭を働かせろ。
考えをまとめろ。
ゲームの穴を探せ。
ろくなヒントが無くても攻略はできるはずだ。
どんなに不利でも勝利条件がある以上、勝つ事は不可能じゃないと信じるしかない。
何より…、親友の裕太を殺させない。
俺は覚悟を決めて、肩を上下させて息を大きく吸い込んだ。
それから一拍だけ息を止め、ゆっくりと吐く。
胸にたまったもやが吐き出されたみたいで、ほんの少しだけ頭が冴えてくる。
「よし…。質問は以上だ。他にルールは無いのか?なら、すぐに始めようぜ。これ以上は時間が勿体無い」
『他にルールはない。どのように、どのペースでどう食べようが君たちの自由だ。ただし、先に言っておくが彼はこのゲームを知らない。まずは上手く説明することだ』
「アドバイスか?はっ、ありがたいな」
『私からの唯一の施しだよ。さて、ゲームを始めるとしよう。音声は今から裕太へ聴こえるようにしておく。第一ゲーム、開始だ』
仮面の人の合図と共に、ブラウン管テレビのスピーカーから裕太の短い悲鳴が聴こえた。
「痛ッ!」
それから裕太は椅子に座ったまま、ぼんやりと辺りを眺めだした。
さっきまで眠らされていたようで、まだ意識がはっきりしてないのかもしれない。
そもそも誘拐された記憶はあるのだろうか。
「裕太、聞こえるか?」
とりあえず俺は裕太に声をかけた。
裕太の事だ。
混乱はするだろうが、知った声が聴こえれば無駄に騒ぐことはしないはずだ。
「煌太、か?何だこれは………?」
全く状況が掴めていないらしく、どうも裕太の反応が弱い。
完全に訳が分からず、そもそも騒ぐ気にすらなれないみたいだ。
彼らしくないリアクションだが、裕太が冷静なのは不幸中の幸いだ。
「いいか、裕太。俺が状況を説明する。だから今の落ち着いたまま黙って話を聞いてくれ。頼む」
裕太は頷きも返事もしないが、時間が無いため俺は勝手に裕太に説明を始めた。
まず、お互い仮面の人に監禁されていること。
次に脱出するためにゲームをすることになったこと。
そして今始まっているゲームについて説明をした。
裕太はその間いくつか質問を投げ掛けてきたが、問答する時間がないために俺はやんわりと流しながら説明を続けていた。
それから全て話を終えた後、裕太は俺と同じ事を呟いた。
「………意味分からねぇよ」
当たり前だ。
俺ですら、狐に化かされているような気分はまだ抜けきっていない。
おまけに裕太は目覚めたばかりで、俺の話は頭に入りきっていないはずだ。
だけどそんな事は言ってられない。
今の状況を馬鹿正直に受け止めるしかない。
それが利口だ。
「確かに何かの冗談みたいな出来事だ。だけど、仮面の奴はここまで犯行していて普通の人間じゃない。軽く見るべきではないだろうな」
「そうだろうけどよ、随分とお前は冷静なんだな。お前自身の命が賭けられていないからか?」
裕太は嫌味のように言ってきたが、あいつの心情を考えたら仕方ない。
状況がどうこうより、自分の命を脅かされているという事実だけで頭の中が滅茶苦茶になっているはずだ。
もし俺が裕太の立場だったら、みっともなく喚いているに違いない。
「お前が冷静いられる訳が無いから、俺が冷静じゃないといけないだろ。お前に苦しい思いをさせたくないんだ。そのためにも冷静になってゲームに勝たないといけない」
「…………そう、だな。悪い。嫌な事言ったな」
裕太らしくなく素直だ。
ここまで表面上落ち着いていたら、むしろ心配してしまう。
突然、変に感情が爆発しなければいいが。
すでに切羽詰っている状況であるから、パニックだけ起こさないか心配だ。
「裕太、とにかくだ。もう既にゲームのカウントダウンは始まっている。あれこれ考えるのは後にしようぜ」
「そうだけどよ。くそ、本当に何なんだ……」
裕太は愚痴をこぼしていて、納得はしきれていなかった。
さすがにそこまで物分かりが良いわけではないし、駒のように何も思考しないわけじゃない。
しかし、これ以上は説明に時間は使っていられない。
俺は早速マイクで裕太に行動をするように促す。
「一応俺からは裕太の様子は見れるが、詳しくは分からない。何かで縛られているように見えるが、椅子からは立てるのか?」
「分からねぇ。ちょっと試してみる」
そう言って裕太は暴れるように体を動かして、拘束を解こうともがき出した。
するとビリビリッという破ける音がして、意外にも拘束は簡単に外れたのが見受けられた。
裕太は最初に拘束が外れた片手で、もう片方の手も自由にする。
それから腹部の拘束、両足の拘束と次々に解いていった。
あっさりと自由になった裕太は、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「随分と簡単に解けたな」
俺の言葉に裕太は手首を解したり、背伸びをしながら答えてきた。
自由になったことで少しはリラックスできただろうか。
「マジックテープで乱雑に止めただけの縛りだったからな。体に力を入れれば苦でも何でも無かったさ」
「そうか。お前が椅子から倒れないようにしてただけなのかもな。とりあえず、余計な時間を取られないで良かった」
俺が次の行動を考えている間、裕太はテーブルの上に並べられた料理に近づいて怪訝そうな目で料理を見つめる。
そして近くに置いてあった銀のスプーンを手に取り、汁物を汲んでは器に流し戻した。
「……で、この沢山ある料理の中に解毒があるってか。俺には全く見分けが付かないぜ。そもそも俺はグルメでも無いし、おかしい所があったとしてもさっぱり分からねぇよ。かと言って闇雲に食べる気にはなれないからな」
裕太の意見は当然のものだ。
分からないからと言って片っ端から闇雲に食べていくのは、愚の骨頂と言える。
それに自分の命に関わる以上、一つ一つ食べるのに安全だという根拠が欲しいはずだ。
「裕太。俺もグルメじゃなければ、特別に料理や材料に詳しいわけじゃない。ただキノコが入っている料理はやめるべきだろうな」
「何でだ?」
「仮面の奴は料理に毒が含まれているとは言っていたが、何の毒かまでは言っていない。つまりだ。ドラマにでるような錠剤の毒じゃなくて材料そのものが毒の可能性もある」
俺の話を聞きながら裕太は手に持っていた銀のスプーンを元のテーブルの上に置いて、指先で汁物に触れる。
その指先はテーブルにこすりつけて、俺の話に返事をしてきた。
「なるほどな。だから毒の王道とも言えるキノコは駄目ってことか。これでキノコ料理に解毒があったら厄介だな」
「そうだな。あと毒についてだが、裕太は詳しくは知っているか?」
「毒については無知だな。煌太は?」
裕太に訊かれ返された俺は昔の頃を思い出す。
いつの頃か忘れたが、優羽が毒について語っていた事があった。
同じく、優羽がミステリーにハマっていた時の話だ。
「優羽の受け売りだが、毒は人工毒、自然毒、動物毒に大きく分けれるみたいだ。雑学ってより常識なのかもしれないけどさ」
「人工毒は何となく分かる。化学物質とかだろ?自然毒は煌太がついさっき言ったキノコとかだ。動物毒は何だ?」
「……分かりやすいのはフグだな。そのまま言ってしまえば動物が持っている毒だ」
こう考えると魚料理もよくないかもしれない。
案外、口に出さないと自分でも気づかないことがあるものだ。
「煌太の話を聞くだけでだいぶ食べる料理が絞れそうだな。優羽に感謝だ」
かすかにだが、希望が見え始めて裕太の声は少し明るくなる。
俺も優羽の話を思い出せたおかげで勝機があるように思えて、どこか安心し始めた。
しかし俺はそこで重大な事に気がついた。
まっとも危険で、このゲームではジョーカーとなる毒物の存在を忘れていた。
「……しまった」
俺の焦り混じりな声に裕太は反応をする。
不安までは伝わってはいないが、すぐに裕太は俺の絶望を理解してしまうだろう。
「どうかしたのか、煌太」
「有名な毒物にトリカブトってあるよな……。確か、あれはどの料理に含まれていても気づかないような代物だったはずだ。最悪だ……、なんで俺はすぐに思い浮かばなかった」
「……致死量ってのがあるだろ。どれくらいなんだ?」
裕太の質問に俺は必死に頭の中をひねり出す。
トリカブトについては存在を知っているだけで、よく分かっていない。
間違った知識かもしれないが、うろ覚えで俺は答えた。
「詳しくは覚えていないけど、数mgとかだったはずだ。……チッ、ふざけてる」
再び一気に焦燥感が湧き上がり、思わず舌打ちをして悪態をつく。
そして頭を掻き、必死にどうするべきか考える。
焦るべきではないと分かっていても、すでに俺の頭の中が無茶苦茶になりそうだった。




