準備
「うっ……。何だ…?」
響いてくるような強い頭痛を感じながら、俺は目を覚ました。
どうやら長時間は硬い鉄製の床に伏していたらしく、体中に鈍い痛みがある。
「ここは、どこだ?」
まずは何があったかというより、ここはどこなんだ。
薄暗くて全く見覚えがない場所だ。
どこかの部屋なんだろうが、内装は全て灰色のコンクリートが剥き出しになっていて見た目だけで冷たさを感じる。
部屋の広さは、軽く見渡して目測でだいたい十一畳ぐらいだろうか。
今の俺の状況がよく分からないが、今俺が居る部屋が狭いなら調べてみるのが得策だろう。
まず、部屋の壁際には大きな長方形の木製のテーブルが置かれている。
そのテーブルの上には放送に使用するようなスタンド式マイクが置かれていて、更にブラウン管テレビが積まれていた。
ブラウン管テレビは九台で、正方四角形を描く形で山積みにされていて、画面全てが見れるように丁寧に並べられている。
ただ映像以前に電源が入っていないらしく、電源ランプすら点いていなかった。
しかしブラウン管テレビは綺麗な状態だから、壊れてはいないと思う。
素人の俺が見た限りの話ではあるが。
次に俺は壁際に沿って歩き続けて、暗くてすぐには気付けなかった部屋の扉を見つける。
位置的にはブラウン管テレビのちょうど向かい側に当たる。
扉自体は鉄製で飾り気ない至って普通の物だ。
そして見た目通り丈夫で、手ぶらの人間ではその扉を破壊するのは不可能だと十分に察せられる。
一応ドアノブが付いているので捻ってみる。
予想するまでもなく俺の手の動きに合わせて扉は開かず、俺はやはりという思いがあったためにパニックや動揺の焦りはなかった。
今、俺が冷静なのは恐らく自分の身がどうなっているのか分からない事と、状況を何一つ呑み込めていないせいだ。
色々と現状に実感が湧かず、夢でも見ているみたいだ。
夏には合わない肌寒さもリアルに感じ取る湿った空気も全て夢でした、と言われても何も驚かないほどに現実味が感じられない。
とりあえず俺が居る部屋はこれで以上だ。
あとは部屋の照明があるくらいで、これ以上は何もない。
窓も無い密室空間だからか外がどうなのかも分からない。
時間を確認しようにも、荷物の類は消えていてどうしよもない。
なら次に自分の置かれた立場について整理しよう。
多分、荷物が無いことや部屋からして俺は監禁されているのだろう。
密室で窓もなく、対して物も置いていないし居心地が悪い部屋だ。
とても歓迎されているようには思えない。
ただ監禁を前提に考えて、妙なのは俺の体が一切拘束されていないことだ。
こんな部屋を用意するより、手足を拘束して目隠しでもした方が相手にとっては単純で手っ取り早い。
ただの監禁とは、どこか少し違うのかもしれない。
………こういうのは相手の目的を探るのがいいみたいだ。
一時期という限定時期に、優羽がミステリーにハマっていて相手の動機や目的を推理するのが一番の謎であり、その推理をすることで謎の解決になると聞かされたことがある。
俺は明らかに誰かにこの密室に連れてこられた。
何らかの目的があるのは間違いない。
身代金目的の誘拐は…、違うと思う。
俺に特別な価値も無ければ、特別に裕福でもない。
では、何だろうか。
俺の貧相な脳ではすぐには何も思いつかない。
もしかして無差別の監禁か、ほぼ有り得ない話だが人違いかもしれない。
……いや、人違いは絶対にありえないか。
どんな間抜けでも、ここに連れてくる途中で人違いに気づくのは明白だ。
なら無差別?
誰でも良いから誘拐監禁し、暴力をふるう対象とするつもりか。
それは、非常によくない。
本当にそうなら相手は道理や言葉が通じるような正気ある人間じゃないのは明らかだ。
聞く耳を持たずに俺を痛めつけるに違いない。
そうだと思うと、少し危機感と焦燥感が出てきた。
「くそ……。優羽……」
そういえば優羽はどうしたのか。
気を失う前、俺と一緒にいたはずだ。
今更だが優羽が心配だ。
優羽は女性だから、犯行側したら男性の俺より良い獲物となっているはずだ。
あまり落ち着いていられる場合じゃないかもしれない。
俺は何とか扉を開けられないか、助けを呼ぶように声を出して叩こうとした。
その時だ。
狙っていたかのように俺に話しかけてきた声があった。
『お目覚めだね、煌太君』
ダミ声のような低い男性の声が部屋に響いた。
後方にあるブラウン管テレビから、その低い声が聴こえてきたので俺は振り返る。
いつまにかブラウン管テレビに電源が点いたのか、映像が映し出されていた。
映っているのは、外国のカーニバルでありそうなピエロみたいな仮面を被った人だ。
首元までしか映っていないし、髪が見えないが声的に男性なんだと察する。
ああいう無意味な姿の隠し方とか男性らしい好み方だ。
「何だお前は?お前が連れ去ったのか?どうして俺を監禁している。何が目的だ。優羽はどうした?あと、ここから出せ!」
『おやおや、質問攻めに要求かい?生憎私には口が一つしか無いから、まともに答えることができない。残念だよ』
訳の分からない気取った喋り方で、一つも質問に答えない事に俺は苛立ちを感じた。
こいつ、明らかにわざと神経を逆撫でするようなことをしている。
単にそういう嫌悪感を抱かさせる性格なのか、俺が何もできないという状況による余裕なのか。
「……うるせぇ、質問に答えろ」
『やれやれ。煌太君、君はどうしてそんなに偉そうにできるのかな?明らかに君の置かれている立場は人質以下なのに。もしかして、君は頭の回転がそよ風で揺られる風車のようにノロマの馬鹿なのかい?』
馬鹿という単語を強調して仮面の人は渇いた笑いをした。
侮辱されたのは気にならない。
それより妙に馴れ馴れしいのが腹立つ。
仮面の人が何をしたいのかさっぱり意図が掴めない。
「何をしたいんだお前は?遊びなら他の奴と遊べよ」
『いいや、これから私は君と遊ぶ。遊戯だ。そう、ゲームなんだよ。私と君はゲームをするんだ』
「ゲーム?ゲームって…どういうことだよ」
全くもって意味が分からない。
いきなりゲームとか、こいつは何を言っているんだ。
『実はそれこそ君をここへと連れて来た理由だ。君とゲームするために、わざとこんな寂れた所へ労力を惜しまずに運んだ。どうしても私は君とゲームをしたかったからね』
「はぁ?何で俺とだよ。そもそもお前は誰だ?」
仮面の人は俺の声は聞こえているのだろうが、質問を無視して淡々とゲームについて喋り出した。
どうやら俺からの質問には、まともに何一つ答える気はないらしい。
『ゲームは合計四回行う。特にポイント制がある訳ではないが、君には明確な勝利がある。そして明確な負けもある。なにせ、一つ一つのゲームが全て命に関わる物だ。君が勝てば命は救われ、君が負ければ命が失われる。勝敗に関しては分かりやすいだろう?』
「お、おい!ちょっと待てよ!命が救われるとか失われるって、いきなり滅茶苦茶じゃねぇか!勝手なことを言うなよ!ふざけるな!」
『おや?不戦敗でもするつもりかね?』
「不戦敗も糞も……、お前の遊びなんかで命が賭けられる訳が無いだろ!」
俺の感情に任せた怒声の言葉に、仮面の人は深くため息をついた。
呆れるというより面倒臭そうにしているのかもしれない。
だがそんなの関係あるものか。
『なら、君の不戦敗により全ての命は失われる。それでいいかな?』
「………何、全て?」
全てって何だ?
全てという言葉は対象が複数に使うものだぞ。
まさか、命を賭けるのは俺だけじゃないのか…?
俺は勝手に自分の命だけだと解釈していたが違うのかよ。
もしかして優羽の命も賭けられている?
もしそうなら、それだけは許せない。
大切な優羽を賭け事に扱うこと自体、俺にとっては激昂できそうな話だ。
まして命なんて……、本当にふざけるなよ。
『さぁ、どうする?君が真に賢いなら、私とゲームするしか無いと理解しているはずだ。まさか、理解できないほどの知能がない猿ではないだろう?』
仮面の人は風喩して、俺に一つしかない選択を選ばせようとしてくる。
今の仮面の人の言葉は間違いなく、優羽の命も賭けられれているのを明白にしている。
癪だが、俺の答えはあの忌々しい仮面の人に決められていた。
「………くそっ、受けるさ。お前とゲームをして、必ず勝ってやる!」
俺はテーブルを叩きつけて、声を張り上げた。
それに仮面の人は嬉しそうにして口調が柔らかくなる。
『理解が早くて喜ばしい。良い意気込みだ。もし勝てば、生きて外に返すと約束しよう。勝てばの話だがな…』
「言われるまでもなく勝つさ。勝って、帰るついでにお前をぶん殴ってやる」
『それは怖い。せっかくの晴れ舞台のために選んだこの仮面が壊れてしまうかもな。あははは……』
仮面の人が気のない渇いた笑いを止めると、ひと呼吸を置いてからゲームの説明を始めだした。
『では、早速第一ゲームの説明といこうか。まずは映像を切り替えよう』
プツン、と電子音がして仮面の人はテレビの画面から消えた。
代わりテレビに映し出されたのは別室だろう。
その別室は、この今いる部屋より広めではあるのが見て分かる。
ただ別室の光景は異様で、壁際一帯に沢山のテーブルが並べられている。
そしてテーブルの上には様々な料理が飾られるように置かれていた。
和食、洋食、中華と豪華だがバラバラだ。
一体なにが始まるのか検討もつかない。
そしてその別室の中央には人がいた。
暗くて分かりづらいが、見間違いでなければ俺がよく知る人物だ。
そいつは椅子に座った状態で縛られていて、身動きが取れない状態でいた。
「そこにいるのは、裕太か?」
俺のぼやきに仮面の人が例の如く低い声で答えてきた。
どうやら常に俺の音声は、テレビの前にあるスタンド式マイクで拾われているらしい。
『グッド。よく分かったね、煌太君。第一ゲームは君の親友である裕太の命を賭けて貰う』
「何だって?」
俺は自分の耳を疑った。
まだ、どこかで命を賭けるなんて比喩か冗談だと思っていたせいだ。
なにせまだ現実味が薄く、未だに自分に起きている状況を理解しきれていない。
『彼は欲張りだ。何でも欲しがり、どんな女性にだって手を出す貪欲な色魔。そして時にその欲は君すら引きずり込み、大きな迷惑をかけているはずだ。それは彼の深き罪』
仮面の人が言うように、裕太はどちらかというと欲に忠実な人間だ。
だが、それで俺は迷惑をかけられた覚えはない。「
金銭の貸し借りは無かったし、誘われても少し遊びに付き合う程度だ。
それぐらいで深き罪とは言い切れない。
『そんな彼に相応しいゲームを用意した。君の前にあるテレビ映像から見える通り、彼のいる部屋には鮮やかな料理が並べられている。その料理を彼に食べて貰う』
裕太が並べられた料理を食べる?
ますますゲームの主旨が分からない。
ゲーム内容も目的も予想がつかない。
『実は彼には遅効性の毒を射っておいた』
「毒?」
『強い毒ではないが、放置しておけばやがては死に至ることになる恐ろしい毒だ。その毒の解毒剤が料理に含まれている。ここまで言えば、何をするのか少しは分かるだろう』
……そうか、それで正解となる料理を引き当てるまで裕太が料理を食べなければいけないわけか。
だとしたら、思ったよりゲーム自体は簡単であるかもしれない。
ルールが解毒剤が含まれた料理を食べるというだけならの話だが。




