本性
優羽はこれまでの全てを語り終えた。
この最悪な状況で、破滅するまでの道のりを告白してくれた。
でも俺は正直、困惑していた。
俺がここで、優羽を裏切ってないと断言してもいい。
けれど、それだと駄目なんだ。
このゲームの答えに関して判断するのは、全部優羽自身だ。
そして優羽は答えを口にすることはない。
「ねぇ、煌太」
優羽は悲しみに満ちた瞳で俺を見つめてきた。
今までの優羽のことは分かった。
でも優羽、今のお前は何を想っているのか俺には分からない。
あまりにも複雑すぎて難解だ。
きっと一生一緒にいたとしても、今の心境を理解できないのかもしれない。
「私、幸せだったかな?」
「……………」
答えられなかった。
自分が幸せだと判断するのは、当本人だからとかじゃない。
俺には分からなかったんだ。
客観的に見れば優羽は不幸だ。
幼少のころから何もかも汚されていて、淀んでしまっていた。
でも俺に会ったことで優羽は幸せだと言っていた。
しかしその幸せは香奈恵の存在により濁ってしまって、優羽にとっては純粋な幸せとは呼べなくなっていた。
だからといって不幸、とは言い切れない。
幸せとも言い切れない。
俺は優羽の手を握る。
すると怯えたように優羽は手を震わせて反応した。
冷たくなった手だ。
これが全て投げ出した恋人の手。
「優羽、はっきり言うぜ。お前は幸せだったか俺には分からない。むしろ不幸と言っても間違いじゃない。でもな、優羽……」
俺は優羽の手を引き、体を寄せさせた。
そして優羽の華奢な体を優しく抱きしめた。
何もかも失おうとした彼女。
その体はすごく軽くて冷たくて、死人のような虚無に満ちている。
触れるだけで分かる優羽の絶望。
言葉だけじゃなく、こうして触れることで心が通じていることができる。
心の中を全部捨ててきた優羽の今の心は、あまりにも空っぽだ。
そんな空っぽになってしまった優羽に俺は教えてあげた。
優羽の親しき人の一人として、俺は言葉にして想いを力強く口にした。
「お前は今からでも幸せになれるんだ…!たとえ今までがどんなに不幸だったとしても、本当の幸せが訪れないわけじゃない!決して不幸だけとは限らないんだ!絶望だってする、悲しんだりする、不幸だと嘆いてしまう、だからといって幸せを諦める必要はないんだよ。優羽の望む幸せはきっと訪れる!いや、俺が本当の幸せをみせてやる!」
俺は優羽の顔を見つめた。
その優羽の顔には…涙が流れていた。
「だからさ、優羽!これ以上自分を殺すような真似はしないでくれ…!幸せを捨てないでくれ!生きて、本当の幸せってのを感じてくれ。お前は………優羽は俺の大切な人なんだ!」
優羽は唇を震わした。
そして顔を赤くして、嗚咽交じりに優羽はか細い声で呟いた。
「私、煌太の大切な人になれたのかな…?私っ…優羽は煌太の幸せになれていたのかな…?」
「あぁ、そうだ。優羽は幸せを貰うだけじゃなく、俺に幸せを享受させてたんだよ。優羽はただ幸せだっただけじゃない!俺と一緒に幸せになっていたんだ!そしてこれからも一緒に幸せになるんだ!」
その訴えかけに、優羽は大きく首を横に振る。
それだけ今更不可能と、強く否定してしまう。
「でも私、沢山犯罪を起こしたんだよ…!香奈恵を殺した、煌太の親友の裕太も殺した!煌太の人生を滅茶苦茶にしちゃった本人なんだよ!それに私はもう死ぬつもりで今こうしてここにいる…‼私は死んで償いといけない!死んで全てを清算しないといけないんだよ!そして汚れた私を私自身の手で殺させて!」
「っ……!駄目だ優羽!死ぬなんて、そんなのは駄目だ!」
優羽は泣きじゃくりながら、俺を突き飛ばした。
今つけてる首輪もただ煙の出る代物だったのだろう。
優羽は俺からかけ離れて、荷物からナイフを取り出した。
そしてそのナイフの刃を俺に対して向けてきて、近づかせないようにしてきた。
まさか本当に自殺するつもりなのか。
それだけはさせるわけにはいかない。
まだ何も解決できていない、優羽を納得させてない、このまま死んだら本当に優羽は不幸なだけだ。
「私は最初から死ぬつもりだった!幸せがどうだったなんて今も分からない!でも私は…、私は………あああぁあああああああぁあああああああぁぁ!!」
優羽は完全に錯乱していた。
普通なら下手に近づくべきじゃないだろう。
しかし今はそんな理性的な判断はいらない。
俺は優羽を幸せにしてやるんだ。
それなのに今死なせたらできもしない。
俺は助けるんだ!優羽を!
「そんなことはやめろ!」
俺は全力で走って優羽に向かっていった。
その行動に優羽は驚きながらも、大声をあげてナイフを振り上げて自分の体へと突き刺そうとした。
普通に優羽を抑えては到底間に合わない。
だから俺はとにかく優羽の体に刺さらないようにと…。
「えっ…?」
優羽は呆然とした。
ナイフは思いっきり振り下ろした。
でも振り下ろす直前に、俺に抱き付かれるように押されてしまっていた。
けれど確かにナイフは優羽への体へ向かってしまっていたので、ナイフの刃は刺さっていた。
優羽ではなく、俺の体に。
深々と刺さった刃。
刺さったのは横腹らへんか。
刺さったところから尋常じゃない痛みと熱さを感じた。
熱さと共に抜けていく力。
あぁ、これが血が大量に流れていく感覚か。
すでに生きた心地が無いものなんだな。
俺は傷を押さえることもしゃがむわけでもなく、ナイフが刺さったまま床へ落ちた。
すでに今までのゲームで、体力も精神も限界だったせいだ。
痛みに耐えることもできずに、気を失いそうになっていた。
ただ痛いだけで体が動かない。
もう話す意識がかすかにあるだけだった。
「煌太っ!煌太っ!あぁあああぁ、そんな…!私は刺すつもりなんか…!あああぁあああ、いやああああぁああああぁあああああああああぁあああぁあぁぁ!!」
優羽は部屋に響き渡る絶叫をした。
泣きじゃくってへたり込み、涙を流した。
あぁ、このままだと本当に不幸じゃないか。
何も救われずに終われるものか。
優羽……泣かないでくれ。
「煌太、なんでこんな…!違う、私の望んだ終わりはこんな形じゃなかった!嫌だ…、煌太が死ぬなんてやっぱり……耐え切れないよぉ……!」
俺は無意識に腕を伸ばした。
しかしその手には全く力が入らず、座り込んだ優羽の頬にそっと触れただけ。
優羽の頬に俺の赤い血の跡を作っただけで、俺の腕は下がった。
でもとっさにその下がった腕の手を、優羽は握りしめてくれた。
涙と血で濡れていて、さっきとは違って力の入った手だ。
「煌太っ、死なないで!私生きるから!だから死なないで!幸せになるから!諦めないで生きていくから!だからお互い幸せになろう!そのために死なないでよ!今までのこと謝るためにも生きて!お願いっ…!」
優羽の髪が乱れてる。
目が涙で濡れている。
必死に叫んで強張った表情。
今の優羽に仮面をつけてた時のような、冷徹さの欠片はない。
これが本当の優羽の本性だ。
極限状態の時、本性が出るってのは優羽お前もだったな。
生きてほしいと願っているときの今の姿が、本当の優羽だよ。
殺害を起こしてたのは優羽の本心じゃない。
不幸で生み出された嘘の人格、虚無の存在、本当はなかった心だ。
だから俺に謝る必要はない。
俺が、優羽を幸せにすれば良かっただけの出来事なんだから…。
「優羽…」
俺は意識を無くす直前に名前を呼んだ。
あとは何も聞こえない、何も見えない、何も感じられない。
暗闇に落ちて、俺は永遠と呼べる深い眠りにつくだけだ。
いつ目覚めるか分からない。
…もしかしたら一生、俺は目覚めないのかもしれない。




