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トリックルーム  作者: 鳳仙花
ゲームエンド
36/36

本当の幸せはすぐ目の前に

俺は病院へと車を走らせていた。

最近三度目の手術が終わって、快方状態に向かったそうで面会が可能になった報せを聞いた。

そのために俺は無理して、仕事を昼には切り上げて見舞いに向かっていたのだ。

春らしい晴天の青空の下で俺は車を運転し、病院に着く前にある最後の信号で、俺は車を一時停車させる。

今は人通りや車の交通は少ない。

少し前まではマスコミとかでえらい混んでたものだ。

まったく病院前だってのに遠慮なしだった。

執拗に俺は取材受けさせられたし、安静にしたくてもなかなかできなかったから、職場復帰に余計に時間がかかった気すらする。


「おっと、青か」


俺が半年ほどの前のことを思い出していると、信号は青に切り替わったので、俺は再び車を発進させた。

そして病院の駐車場で車を適当な場所に駐車させて、運転席からゆっくりと降りた。


「いてて…」


気を付けても横腹が痛む。

傷が癒えても痛みってのは出るものだ。

おかげでしっかりとした運動ができずに、体が鈍りがちだ。

俺は荷物を手にして、車にロックをかけて病院へと入る。

病院の中は相変わらず真っ白で広く、たくさんの患者や受診者に医師がいる。

そして沢山の蛍光灯による眩しいほどの明かり。

清潔で悪くない空間だが、病院独特の臭いはどうも俺は苦手だ。

俺が一直線に受付にいくと、看護婦が俺の顔に見覚えでもあるのか、あらっと言ってから対応してきた。


「どうかされましたか?」


「お見舞いです。一応部屋の番号教えて頂けますか。優羽です。字は…」


俺が苗字と字を言うと、看護婦はすぐに病室の番号を探し出した。

事務的な笑顔と口調で、俺に番号を教えてくれる。


「本日から面会可能になってますね。三階の307号室です」


「ありがとう」


俺は短くお礼を言ってから、すぐさまとエレベーターへ向かった。

別に急いでるわけでもなかったが、優羽の顔をいち早く見たかった。

恋人だと言えば誰だっていち早く会いたいだろうと理解できるだろうけど、俺の境遇だと普通の人には理解できないだろうな。

優羽と俺の関係は恋人ではあっても、かなり複雑な関係だ。


俺はエレベーターで三階に行き、通路を歩く。

少し前までは俺も病院の通路をよく歩いた。

横腹の傷はあまりにも深くて、リハビリだか何だかで回復には時間がかかったものだった。

そして307号室の病室の前に着き、俺は足を止める。

一呼吸置いてから俺は扉をノックする。

数秒待つが返事はない。

それでも俺は一声かけてから扉を開けた。


「優羽、失礼するよ」


俺が扉を開けると、白く大きなベッドの上で上半身だけ起こした優羽の姿があった。

患者である証ともいえる服装に、頭には白い帽子を被っている。

頭の手術をしたために、帽子から髪がはみ出てることはない。

優羽は窓から外の景色をみていたが、俺が部屋に入ってきたら顔をこちらに向けてきた。

少し疲れた表情だった。

事件前のような笑顔はもう滅多に見ない。


「手術はもう終わりなのか?」


俺は優羽に近づいて、近くの椅子に座る。

荷物のバッグは床に置いて、優羽を悪意も敵意も何もない眼差しで見つめた。

でも優羽は視線をそらして、俺の問いかけに力無く答える。


「うん、終わったよ…。もう脳にあった腫瘍を摘出する手術はないって」


「そうか、よかったな」


俺は心から安堵した。

優羽は手術の度に酷く怯えていた。

それは見ていて純粋に辛かった。

俺が軽い笑顔を浮かべると、対照的に優羽は自嘲する。


「なんだか皮肉な話だよね。私のお父さんは脳に腫瘍ができて性格が狂って死んだのに、私も同じ道を辿る寸前までいってたのって。憎くて堪らなかったお父さんと全く同じだったなんて不幸だったよ」


「確かにな。でも今はもう完全じゃなくても治ったんだ。もう気に病むことはないさ」


「うん…」


俺が励ます言葉をかけても、優羽は落ち込んでいる様子だった。

なんだからしくない。

あれから元気はめっきり無くなってはいたけど、露骨に暗い様子を見せることはなかった。

仕方ないが、やっぱりまだ気がかりなことがあるんだろう。


「煌太は私のこと憎くないの?」


突然優羽は口にするべきじゃないようなことを訊いてきた。

まさか今、そんなこと聞いてくるとは思っていなかったから俺は面をくらう。


「なんでそんなこといきなり…」


「はぐらかさなくていいよ。答えて…くれる?」


優羽は顔を上げて、俺を真っ直ぐに見つめてきた。

そして今度は俺が視線を逸らしてしまう。

もう優羽に対しての気持ちは入院している間に整理ついていたし、隠すつもりはない。

でも言葉にするには勇気が必要だった。

優羽への気持ちは俺の中では固まっているにすぎないわけで、優羽自身が俺の答えに納得するかは分からない。

だからと言って、下手な嘘は絶対につくわけにいかない。


「正直に言っていいんだな?」


「……うん」


俺は最後に優羽に確認をとり、頷き返された。

もう答えるしかない。

俺は聞き返されないように、はっきりとゆっくりと答える。


「憎いか憎くないかと言われたら優羽のことは憎いよ。俺の親友を殺したからな。でもだからといって嫌いなわけじゃない。結果的にそうまでさせたのは俺の行動が一因してるし、もしかしたら俺は優羽を自殺させていたのかもしれない」


自殺を決断するのは優羽でも、自殺する理由に俺が関わってくる以上は非が無いと言えない。

それに本人が気づけないからといって、罪じゃないと断定できない。

これは優羽が殺人的なゲームをしていたときにも、訴えかけてきた言葉の一つだ。

優羽が追い詰められたのは、俺が無意識的に起こしてしまった罪だ。


「だからこれは俺の贖罪(しょくざい)でもあるんだ。優羽を幸せにしてやるのが俺のするべき生き方。たとえそれが間違っていても、俺がそう決めたんだ。おかしいと言われても、理解されなくても俺はいい。だって、優羽。俺はお前を愛しているんだ。真っ直ぐに幸せを掴もうと努力して、もがいて必死に生きているお前の生き様が凄く好きなんだ」


俺は優羽に出会う前までは何も期待せずに生きてきた。

周りに流されて幸せも不幸も何も考えず、ただ生きてただけだ。

そして何もなく平凡に死んでいくだけだと思ってた。

それが普通なんだと、当たり前なんだと諦めた生き方をしていた。

でもそれは違った。


優羽はたとえ孤立してようと、一人ぼっちでも自分なりに幸せに満たされようと努力していた。

それが俺の目につき、俺は優羽に対して興味を持って話しかけた。

そして親しくなるにつれ、俺も優羽みたいに頑張って生きていけるのかと生まれて初めて自分に期待を持てた。

何もかも諦めてはいけない、それをお互いに教えて貰っていたんだ。


「だから優羽、気にすることは何もない。刑期を終えたら一緒に暮らそう。本当の幸せを掴もう。二人で探して、二人で見つけて、二人で築いていこう。俺たちだけの最高の幸せを」


「煌太…、ありがとう。私も愛しているよ。私、幸せに満たされるまで頑張って生きるから」


優羽は久々の明るい笑顔を見せてくれた。

女の子らしい愛らしく素敵な笑顔。

そう、笑顔をしていれば優羽は普通の女の子だ。

この瞬間、俺たちは本当の意味で理解し合えていた。


それから俺は持ってきたバッグから、ネックレスを取り出す。

俺たちの名前が刻まれたリングが括られている華やかで綺麗なネックレスだ。

事件前に渡した、俺から優羽へのあのプレゼント。

俺は優羽にそのネックレスをかけて一言だけ囁く。



「優羽、これが本当の幸せなんだ」



そっと俺は優羽へ幸せの口づけをした。


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