恋愛への価値観
「それはあり得ないだろうな。優羽は俺の事を信頼しているが、つまりは疑わないという意味じゃない。少なくともいくつかの疑念は持つ。俺でも疑念ぐらいは出る」
『君はその疑念を持たれる行為をした。問題はそこだ。優羽が知らなくとも、実害が無かったにしても君は過ちを犯した。なぜ過ちなのか、どうして私に指摘されるか分かるまい。罪だと自覚が無いから』
「………そんなに香奈恵と交流したのが罪かよ。無茶苦茶だ。恋人関係ってのは監獄じゃない。決められた約束、束縛された自由、しなければいけない決め事、都合の良いご機嫌取り。そんなのは無い。お互いを好いて理解してあげられる。それが恋人ってものだろ。お前には分からないだろうがな…!」
恋人は神様と同列じゃない。
意思を尊重するにしても絶対の権利は無いし、もう片側は奴隷ではない。
相手を虐げたり体よく扱うのは、恋人とは絶対に言わない。
そんなのは、自分にとって都合の良い便利な人に過ぎないのだ。
俺は吐き捨てるように言って、自分の本心をさらけ出す。
ごねて何かと反論しようと考えてはいない。
単純に俺がそう思っているから、そう言い返しているだけだ。
『ずいぶんと理屈で語る。恋の形は人それぞれだ。中には妄言に、盲信や盲目して白昼夢を見る馬鹿もいるが、恋に人生を賭けてしまうものもいる。なぜか分かるかね?』
優羽に人生を賭ける気にはなれるが、恋そのものに人生を賭ける気にはなったことはない。
だから俺には分からない。
「知らないな。性的欲求みたいなものか?」
『違う。恋が自分の救いだからだ。追い詰められたとき、恋をしないと人格破綻や精神的な病を起こすと思い込んでいる。恋は感情だ。感情は心だ。自分の心を守るために、救うために恋をする人もいる』
理解し難い。
俺はそんな複雑な理由や目的、考えを持って恋をしたことはない。
付き合い方が少しややこしいだけで、恋自体は単純で良いと思っている。
『煌太君は、優羽がどのような気持ちで君に恋をしていたか分かっているのかい?』
「まさか優羽がその恋に当てはまるって言いたいのか?優羽が精神を病んでいたとでも?」
初めて会った時、優羽は社交的で明るい女性だなという印象を持てるほど清々しい態度と性格をしていた。
だからいつも前向きで、良い生活環境を過ごしているのだと思っていた。
…………実際は両親が亡くなっていたから、何らかのストレスはあったとは思うが。
『そう、彼女は精神を病んでいた。だから君と愛し合うことで心を支えて、同時に女性らしく恋を楽しんでいた。そして香奈恵も同じように恋を楽しんでいたよ。香奈恵にとって恋は遊びだっただろうがね』
「そんなの本人達にしか知る由も無い話だ」
『いいや、これは真実だ。君は香奈恵と遊ぶために優羽との時間を蔑ろにしたのでは無いかね?それは優羽にとってどんな拷問より辛かったはずだ。君と居れば家族がいない寂しさは紛れた』
思春期に親がいない辛さは、俺には一生理解できない。
親がいて助かった事は多かった。
その事を思い出せば、両親がいない中で生きていくのはあまりにも過酷だ。
「それは………、恋人である俺の義務だったかもしれない。当時は、優羽との時間も相当少なくなっていたかもな…」
そしてすでに今は、一秒も優羽と一緒にいれる事は無い。
もしこんなに早く優羽と死別するのを分かっていれば、香奈恵と遊ぶことはあり得なかった。
死別なんて、どんな人でも想定の範囲外ではあると思うが。
それでも俺は悲しみに似た表情を浮かべて、現状に悲観した。
「付き合って四年間、優羽は確かに一度も俺を邪険することは無かった。むしろいつも楽しそうに嬉しそうにしていた。今思えば、それはある意味異常だったんだ。異常なほどに俺を清純に愛してくれていて、俺との一時を大切にしていた」
家族代わりとしての繋がりを求めているとは思ってはいたが、今まで気づかなかった。
なんで優羽があんなに俺を大切に思っていたか。
それは好きだからという理由だけじゃない。
優羽自身のためでもあったんだ。
事故で両親を失った心の傷は優羽を蝕み、態度や行動には出さなくても愛情を求めていた。
だから香奈恵との一時も大切にし始めていた俺に対して、どこか不安を持っていたはずだ。
なんでいつもみたく一緒にいてくれないの、と。
本当にそうだったかは分からない。
けれど優羽がそう思っていても、何の不思議でもおかしな事ではない。
………これは仮面の人の言う通り、確かに俺の優羽への罪となるだろう。
責任が問われるかは、また別の話になるはずだが。
「俺は優羽と一生を共にしたいと思っていた。なら交際期間だけでも、一途に見るべきだったかもしれない。でも多少は疎遠気味にはなっても、優羽は変わらず俺を愛してくれたから大きな問題にはならなかった。それは嬉しい事だった」
都合が良かったとも言える。
香奈恵に対して恋愛感情があろうが無かろうが、疑われて破局はありえた。
真偽はどちらにしろ、深い疑いにより関係をこじらした話はよく聞く。
「だからこそ、俺は何か埋め合わせでもするべきだった。普段が幸せだとしても、優羽に誠意を示した方が良かったんだ。思い出せば何もしなかった自分が憎い」
『なら、罪と認めるか?優羽との時間を蔑ろにしたのを』
仮面の人は再び問いかけをしてくる。
ここで認めなかったら仕掛けとやらで俺は殺害されるのか。
でもそんなのは関係無しに俺は認めざるを得ない。
きっと俺は心のどこかで、当時は香奈恵との繋がりを求めてしまったはずだから。
「罪というのは大袈裟かもしれない。でも優羽に謝るべき過ちだったのは認める。優羽より香奈恵を優先したのは間違いだった」
『………そうか。それではゲームとは関係無いが、二つ訊かせて貰おう。答えなくても構わない。煌太君は香奈恵と一切の肉体関係は無かったのかい?接吻を含めてだ』
ゲームとは無関係と言われた一つ目の質問は香奈恵との交流についてだった。
その質問に俺は素直に香奈恵との日々を思い出す。
しかし大して思い出すまでもなく、そのような事が一切無かったのは記憶している。
「行為以前にキスすらしてないぜ。さすがにそこまでしたら優羽への裏切りだ。その程度はわきまえていた」
『ふむ。なら二つ目の質問だ。君は香奈恵に想いは寄せていたのか?』
「………」
すぐには答えられなかった。
自分自身、はっきりとした事は言えないほどに当時はどうだったか分からない。
結果的に恋人のような仲になってはいないし、肉体関係も無かった。
それでも香奈恵には女性としての魅力は感じてはいた。
あながち間違ってはいないから、想いを寄せていたと問い詰められても否定はしきれない。
これはさっきも同じ質問をされたが、同じ答え方はできなかった。
改めて考えれば考えるほどに、俺は自分が思っているより香奈恵のことを好いていたのかもしれない。
「香奈恵には優羽と違う魅力があった。俺はその魅力に惹かれかけてはいたさ。でも本当に愛していたのは優羽だけだし、優羽以外を愛するつもりも無い。優羽と付き合い始めてからずっとだ」
俺は力強く答えた。
わずかに香奈恵に想いを寄せていたにしても、これは俺が決めていたことだ。
どう疑われても俺の中では変えることの無い信念、決め事だ。
『なるほど。やはり完全には想いは寄せていないとは言い切れないか。だが愛していたのは優羽だけだと。面白い。君は恋愛や恋人をあれだけ語っていて、自ら束縛される考えをしている。自分の自由を自分で殺している』
「はぁ?だから何だよ。何でも自由が良いってものじゃないだろ。自由だけを優先するなら独り身で充分だ」
『それはどうかな?その自由を求めた結果で独り身なら、自由ではなく孤独と言うのではないか?まぁ、自由がどうこうは君やゲームには一切関係無い話だ。無駄話はよそう。時間の無駄だ』
無駄話を始めさせたのはそちらからだろうと言いたくなるが、無視されるのは分かっていたので口に出る寸前で堪えた。
ならこれ以上は香奈恵についての話をする必要もあるまい。
俺は仮面の人が言う通り、罪を認めたのだから。
「そうかよ。で、この第三ゲームはこれでおしまいか?」
『………そうだ。第三ゲームは煌太君の勝ちだ。自らの罪に気づき、罪を認める。案外これは大変な事だよ。あっさりと済んだが容易いことではない』
認めはしたが、俺は理解はできていない。
何でこんな事を第三ゲームに組み込んだのか、仮面の人の目的が一切見えてこない。
それに今までのゲームと比べて安易過ぎる。
もしかしたら今までのゲームを通して、仮面の人は何か成し遂げようとしているのか。
第一ゲーム、第二ゲーム、第三ゲームで何らかのメッセージはあっただろうか。
このゲームのどこかに意味が隠されていたか。
開始前、開始後、経過、過程、結末、結果。
そして仮面の人の説明や無駄話すら思い出せ。
これまでの出来事の全てを考え直せば、すでに真相が見えるのかもしれない。
………推理するには、分からないが最大の武器。
俺が分からないのは何だ。
仮面の人の真意や正体?
………違う。
もっと根本的な事を分かっていないはずだ。
最初に疑問を持つべきこと。
些細な事か、単純なことに違和感を察知するんだ。
それに一人で勝手に納得して済ませている事もあるはずだ。
情報が集まった今、それから考え直さなければいけない。




