絶望の愛
「なら煌太、残りのパスワードを探そう!?時間は少ないと思うけど、まだ大丈夫なはずだよ!」
「でも……。実は、時間がもう無いんだ…!数分しか残って無いんだよ!」
「そんな、嘘……嫌…」
優羽の声が一気に絶望へと叩き込まれたものになる。
ぺたりと床に力無く座り込み、顔面は蒼白となっていた。
あぁ、もう俺には優羽にかける言葉は無い。
何て言ってやればいい。
でも何か言った所で結果は変わらないだろう。
俺は死なせてしまうのか?
優羽を見殺しにするのか?
そんなの駄目だ。
きっと起死回生のアイディアがあるはずだ。
これだとただの第一ゲームの繰り返しだ。
あれほど啖呵を切って覚悟を決めて、絶対に負けないという意思を持っておいて殺してしまうのかよ。
たった一人の愛人を死なせる訳にはいかないだろ。
でも時間が無くて焦りで思考は短絡的になってしまう。
それに恐怖で体が震える。
優羽を死なせるのが怖い。
また大切な人を失うのが怖くて恐くて、早くも涙が溢れそうだ。
「優羽………!優羽!」
俺は名前を呼ぶことしかできなくなっていた。
視界が涙で歪む。
頭が痛くて、目に映る光景全てが赤く染まりつつある。
脳が潰れそうなほどに重圧を感じて痛くて、呼吸器をワイヤーで直接縛られているのかと思えてしまうほどに息が止まりそうだ。
苦しくて気絶しそうだ。
そしてこんな俺が馬鹿みたく一人で苦しんでいる間にも、時間は進む。
一方、優羽は身を丸くて伏せて泣いていた。
震えて泣きながら何かを口にしている。
それは上手く聞き取れないが優羽の言葉は俺の耳に届けば、叫びたくなるぐらいに俺には悲痛だった。
「助けて、煌太っ………!助けて……、私を助けて…………!!」
優羽が助けを求めている。
愛人が目の前で助けを求めているのに、俺には手が届かない。
初めて優羽は心底から俺の助けを欲しているのに、俺は何もできない。
今の優羽は独りぼっちだ。
何も見えない暗闇で、一人で床にうずくまっている。
そんな中、寂しく残酷な死の直前を迎えてしまっている。
想像するだけでも悲しくて辛い。
俺は優羽が映っているブラウン管テレビの画面を手で触れ、自己満足のように優羽に俺の存在をアピールする。
だけど無駄。
優羽は俺を知覚できない。
俺は側にいれない。
目の前なのに近くにすらいない。
「優羽………!!」
「煌太!煌太ぁ!」
お互い名前を呼び合う。
意味があるわけではない。
ただ、最期までお互いを忘れないためにお互い求め合う。
優羽の声、優羽の容姿、優羽の性格、優羽の癖、優羽の秘密、優羽との思い出。
そして優羽の愛情の深さ。
俺は優羽の全てを思い出す、噛み締める、心に刻む。
まるで走馬灯だ。
優羽との、今までの走馬灯。
二人だけしか知らない愛と幸せ。
これからも増えるはずだった二人だけの物語は、残り三十秒を切った。
数字が減っていくのが恐ろしい。
俺の吐き気と震えが止まらない。
気分は最悪で一番に苛立っている。
優羽を救えない自分に腹が立つ。
こんな俺みたいな最低な愛人、きっと他にはいないだろう。
結局は何も優羽のためにはできていないのだから。
そんな時、俺は優羽の言葉を思い出す。
一番最近にデートした時に、優羽は俺のプロポーズを聞きたがっていた事だ。
今は場違いで、優羽はそんな期待は忘れているかもしれない。
それでも俺が最期に言ってあげる優しさはこれしか無かった。
だから迷わず俺は、声を震わせながらも叫んだ。
悲観している優羽へと、言葉に精一杯の気持ちを乗せて。
優羽が泣きじゃくった顔を上げた時に。
「優羽!!俺は優羽と一緒にいたい!ずっとだ…!だからこそ、俺は優羽を幸せに………!!」
言い切る前だった。
パアァン、と渇いた甲高い炸裂音が鳴った。
それと同時に優羽の首もとからは赤い液体を勢いよく飛び散り、白い煙も上がる。
俺の目は見開き、表情が歪んだ。
優羽の表情は見えない。
爆発の衝撃か、優羽の頭は勢いよく床へと叩きつけられたように見える。
そしてそのまま動かない。
真っ赤な色をした液体は床に広がっていき、優羽の中身が流れていく。
「………あ………あ、優……羽…?あぁ…、あぁあぁ………。優羽、優羽………!あぁ!あぁあああぁああぁああぁあぁあああああぁ、あ゛ぁあ゛ああぁああぁああぁあぁあああぁああああぁぁぁぁあぁ!!!」
俺の声は絶叫となる。
自分を殺してやりたいほどに自分が憎い。
頭の中が真っ白になりながらも、俺は自分を責めた。
なんでこんなに俺は馬鹿なんだ。
「何だよ!!何が助けてやるだ!無様だ、愚かだ!親友も好きな人も守れていない助けれていない!口先だけの情けない奴じゃないか!俺は何をしている!?何もしていない!何もできていない!」
俺は無力だ。
優羽の期待に応えれていない。
優羽を、愛人を守れない。
俺は何のために頑張っていたんだ。
無惨に死ぬのを見届けるためかよ。
違うだろ。
違う違う違う違う。
こんなはずじゃなかった。
この結末は誰も求めていない、望んでなんかいない。
「優羽…!お前は、死んでも愛してるっていってくれたよな……。確かにお前の愛は俺の心に残っている。ならさ、俺はどうやって優羽を愛せばいいんだよ、分からねぇよ……。俺には分からない………」
もう俺には優羽を愛せることはできない。
そもそも俺に愛する資格など無いだろう。
俺は間違っていたんだ。
俺が優羽を愛していなければ、優羽はこんな意味が不明なゲームに巻き込まれなかったはずだ。
出会わなければ死ななかった。
死なずにいれたんだ。
「畜生…!優羽、俺を許してくれ………!愚図な俺を許してくれ。助けれなかった事を責めないでくれ……!」
みっともない事を俺は口走る。
もし俺は優羽に許されたとしても、俺は自分を許さない。
許されるはずが無い。
「優羽っ!あぁあぁ!くそ………!助けれなくてごめんな…。俺は優羽を………助けたかった。助けたかった!あぁあ………」
俺は涙をボロボロと流しながら、冷たい床へ尻餅を着いた。
何を言っても俺の心は晴れない。
さっきから繋がりが無い事を滅茶苦茶に口にしているだけで、何も変化は訪れない。
いくら時間が経とうと優羽は生き返るわけでも無いし、体が冷たくなっていく。
そして半日足らずで俺の目の前で2人も死んだショックはあまりにも強くて、俺は悲しみを通り越した感情を引き起こしていた。
生きようとする活力すら失いそうで、まさに目の前が真っ暗だ。
体の中身や意識は混濁しているようで空っぽだ。
全てが空っぽのはずなのに重くて仕方ない。
生きるのが辛い。
「俺は………」
俺は何かないかと部屋を見回した。
でもこの部屋には何も無い空室同然だ。
だから俺は自分の舌を歯で挟んだ。
軽く噛む。
俺は………………、生きていたくない。
もう辛い。
生きていて何になる。
ゲームに勝って何になるんだ。
どうせ次のゲームか、またはその次のゲームには俺の命が賭けられるんだ。
俺が勝てるわけがない。
今すぐ死んでも、あとで死んでも一緒だ。
それどころか仮面の奴に遊ばれて死ぬぐらいなら、今死んだ方が良いぐらいだ。
顎に力をいれて舌に歯の圧力をかける。
涙を流しながら目を瞑り、俺はこの部屋の出来事を振り返った。
裕太との約束を思い出す。
悪いが裕太の代わりに仮面の奴を殴るってのは無理そうだ。
俺は負けた。
ゲーム以外で仮面の人に負けたんだ。
優羽は…………。
俺の視線はブラウン管テレビに移るが、そこで画面は暗くなってしまう。
もう一度優羽の姿を見ることすら叶わない。
すまない、優羽。
俺にはゲームを勝つ目的だけじゃなく、生きる目的を失った。
だけど死への恐怖はまだ俺の中にはあった。
生きているのが嫌で死へ逃げたいのに、恐くてためらいがある。
死んで解決しないのは分かっている。
それでも今の状況は俺を自殺に追い込むには充分過ぎるほどに残酷で、どうしようも無かった。
自分だけが生きているのが恥ずかしく思えるほどに情けない。
だから数分ぐらい悩んで葛藤し、俺は死への覚悟を決める。




