パスワード
俺がキーボードとディスプレイが置いてある所まで優羽を誘導してみると、キーボードを見て俺は愕然とした。
なぜならそこに置いてあるキーボードは、正常のキーボードと比べて滅茶苦茶だったのだ。
数字以外のボタンは全て破壊されていて、まともに押せるのは数字だけだ。
まるで不格好なテンキー。
親切のつもりなんだろうが、気味が悪い。
そしてディスプレイには 【パスワードを入力して下さい】 という文字と共に、制限時間も表示されていた。
残り九分五十七秒。
約十分だが、すでにパスワードを手に入れたからまだ余裕はある。
それにしても、これなら最初にキーボードやらを確認しておけば良かったな。
そうすれば時間を把握できて、今とモチベーションは違ったかもしれない。
「優羽、キーボードは数字しか打ち込めないように細工されている。おかげで下手な打ち間違いはしなさそうだが、慎重にいこう」
「分かっているよ。私は煌太みたくおっちょこちょいじゃないから」
日常の時の様子で、優羽はふざけてきた。
俺もだが、だいぶ余裕ができている証拠だ。
裕太の時のように錯乱する事も無かったし、今回は第一ゲームより堅実にできたから、難易度は思っていたより低かったな。
俺はそう安心しながら、優羽にボタンの位置を教えてあげる。
たどたどしくも優羽は間違えずに数字を押していき、四桁の数字を入力した。
「4、1、0、7………と」
その数字を打ち込んだと同時にディスプレイには【パスワードが違います。再度入力して下さい】と出る。
どうやら違ったようだ。
それだけの事なのに俺は驚愕する。
「なっ、え?はぁ!?」
驚愕したのには理由がある。
ただ、パスワードが違うと表示されたからではない。
表示されていた制限時間が一気に減ってしまっていたのだ。
残りは三分二十秒。
五分ほど短縮されている。
なんだこれ、こんなの聞いていない。
もし五分以内に見つけて、打ち込みを失敗していたら負けていた。
そんな恐ろしいペナルティが仕掛けられているとは思っていなかった。
だが、まだ焦る必要も動揺する必要もない。
今のパスワードが違ったなら、もう一つのパスワードが正解なんだ。
………だけど本当にそうなのか?
本当にもう一つのパスワードが正解なのか?
不安だ。
不安だが、葛藤している時間は俺達には無い。
「駄目だ。優羽、もう一つのパスワードだ」
「う、うん。7104だよね」
次の数字を優羽は慎重に打っていく。
その指は震えていた。
もし間違っていたら死んでしまうのだ。
優羽はその恐怖に押し負けそうになりつつある。
正解だとしても、俺と優羽には絶対に正解だという確信は無い。
だからお互い恐ろしくて堪らなかった。
710、そこまで打ったが優羽は動かす指を止めてしまった。
そして震えた声で、泣きそうに呟く。
「私、怖いよ…」
「大丈夫だ、自分を信じろ。俺が正解だと保証する」
「………煌太の保証は余計に不安かな」
「おい、何だそれは」
優羽は冗談を言いながら、無理して笑顔を作る。
できれば入力しないでおきたいのは分かる。
正解不正解関係なく、それで生死の全てが決まってしまうのだから。
でもこの爆弾解除から逃げる訳にもいかない。
「ねぇ、煌太。愛しているって言って?」
優羽は指を4の数字の上に置いて、最後となるかもしれないおねだりをしてきた。
ここで言うと優羽が消えてしまいそうな、そんな恐ろしい妄想が俺の中でふくらむ。
大丈夫だ、優羽は死なない。
ここまで来て死ぬなんて馬鹿な話があるものか。
俺は最低な考えを捨てて、優羽の望む事を口にする。
今までにないほどに、優しくはっきりと愛情を言葉で表した。
「あぁ。愛しているよ、優羽。これからも変わらず好きだ。絶対にお前を離さない」
「………うん、ありがとう。私も煌太を愛してるよ。例え私が死んでも、私が私じゃなくなっても煌太だけは愛している」
優羽はパスワードの最後の数字である4を押した。
………4ってのは子供の頃から好きな数字じゃなかった。
頑張ってもメダルは金、銀、銅の三位までしか与えられないし、死とかを連想させられもした。
しかもスポーツの4は大役で期待が大きくて、プレッシャーはとても重いに違いない。
だから4ってのは、とにかく良いイメージは少なかった。
でも誰かが4は幸せの【し】だよと言っていた気がする。
無茶苦茶だし子供らしい考え方だが、それだと4ってのは案外悪くないのかもと思えた。
でも今までのイメージもあって、4という数字は好きとは言えない。
【正しいパスワードを確認しました】
ディスプレイにはその文字が表示された。
それを見た俺は笑顔になって、手を叩いて大声で歓喜した。
「やった!やったぞ!」
信じられない事にやったんだ。
俺達は第二ゲームは勝ったんだ。
優羽を死なせないで済んだ。
良かった、本当に良かった。
さぁ仮面の奴め、早く俺達の勝利を口にしろ。
お前の思い通りにはならなかったぞ。
あまりにも嬉しくて、俺は感情を抑えないでいた。
それに対して優羽は呆気に取られたように驚く。
「え?どうしたの?私、助かったの…?」
「そうだ、助かったんだ!俺達は勝てたんだ!」
気が早かったかもしれないが、俺はゲームマスターである仮面の奴よりも早く勝利を宣言した。
別にいいだろう、仮面の奴も第一ゲームでは終わる前に勝利宣言をしていたのだから。
「良かった……。私、本当に怖くて泣きそうだったよ……。本当、怖かった………」
助かったという状況がすぐには呑み込めなかった優羽だったが、安息知れば嬉し泣きをする。
ゲーム中は気丈に振る舞ってはいたけど、本当は限界でパニックになりそうだったのかもしれない。
それは無理の無いことだ。
むしろよく今まで冷静でいてくれた。
「もう大丈夫だ。優羽が頑張ったから助かったんだ。時間もぎりぎりだったけど……?」
そこで俺は自分の目を疑った。
信じられない。
どういうことだ?
なんで制限時間がまだ時間を刻んでいる。
俺の目線は、パソコン画面の中央へと移る。
【次のパスワードを入力して下さい】
ディスプレイには残酷にもそう表示されていた。
……嘘だ。
嘘だろ。
ふざけるな。
ここまで来てそれかよ。
そういう事かよ。
人を馬鹿にしやがって。
あり得ないだろ。
確かにパスワードが一つとは言っていなかったが、仮面の人は頭がおかしい。
情けの欠片も無い。
「あ、あぁああぁ!くそぉ!何だよこれ何だよこれ!?何でだ!どうしてだよ!」
「煌太!?急にどうしたの?」
慌てて優羽は取り乱す俺に言葉をかけてきた。
だけど俺にはまともな返事はできそうになかった。
こんなのありのままに伝えるにしても酷すぎる。
それでも、俺にはためらう暇や時間は無かった。
「まだ……、パスワードがあったんだ!パスワードは一つだけじゃなかったんだよ!」
乱暴になってしまった口調で、感情に任せて俺は答えてしまった。
一番辛くなるのは優羽のはずなのに、自責もできない程に俺はすでに耐えきれなかった。
だって残り時間は二分ほどだ。
こんなのあんまりだ。




