詩とアルバム
「優羽、他に何か気をつける事とかは無いのか?」
「うーん、私もあまり盲目に詳しい訳じゃないからね。今は対策取れないよ。あとは気づき次第に改善していくしかないかな」
「そうか。じゃあ、まずは三時の方向へ向いてくれ。そっちにコイン式のロッカーみたいなのがある。あからさまに怪しいし、近場からしらみ潰しに調べていこうか」
「そうだね、分かった」
優羽は慎重に右手側へ向いて、腕を突き出しながらゆっくりと歩き出した。
いきなり暗闇の中を歩く状況は本人にとっては恐ろしいはずだ。
おまけに見慣れた部屋でも無いから感覚が掴めず、不安はより一層強くなる。
だから今の優羽にとっては、外を目隠しで歩いているのと変わりは無いはずだ。
「あった。これだね」
優羽は女の子らしい綺麗な手でコインロッカーにぺたぺたと触れる。
コインロッカーは、縦と横が約六十センチほどのロッカーが縦に三個、横に四個あって計十二個だ。
鍵はほとんどのロッカーの鍵穴に差されていて、硬貨さえあれば簡単に鍵を掛けれるだろう。
「下から開けてみようか。鍵に手を引っかけないように気を付けてくれ」
「うん、気を付けるね」
優羽は床に座り込み、手探りでロッカーの形状を探った。
俺はその動きに対して簡単にアドバイスをして、時間をかけながらもノブを探り当てさせた。
すぐに優羽は開けようと引っ張るがロッカーは開かない。
それにより優羽は困惑しながらも何度も開けようとしたが、無駄に時間が経つだけだった。
「あれ?開かないよ、煌太。鍵、かな?」
「多分そうだな。鍵はすぐ上に差さっている。回してみよう」
優羽は俺の言われた通りに鍵に手を付けて回そうとする。
しかし鍵は上手く回らない。
左右に回そうとしても鍵は引っかかってしまう。
「どうした優羽?」
ガチャガチャと音を鳴らしているだけで、開く気配が無いので俺は声をかけた。
すると優羽は鍵を抜き取り、溜め息を吐いた。
「はぁ……。これ、鍵合ってないよ」
優羽の反応と発言で俺は理解する。
きっとこのロッカーに差さっている鍵は全てバラバラなのだ。
それでも合っている鍵を見つけ出すのは難しい事ではない。
ただ見つけ出すためにかかる時間はかなり掛かるし、酷いストレスになる。
優羽の溜め息はその事を察したものだった。
「…………嫌がらせだな。ずいぶんと子供っぽい方法で時間を稼いでくる」
「でも、開けるなら合っているのを見つけないとね。私、頑張るよ」
「あぁ。ロッカーの鍵に細工するって事は何かあるだろうしな。愚痴るほどじゃないか」
どうも妙に荒んでしまう。
ちょっとした障害ですら、俺は焦りを覚えてしまう。
優羽という俺にとってかけがえのない存在が賭けられてしまっているせいだ。
裕太も俺にとってはかけがえの無い存在だった。
だからこそ、これ以上は失うわけにはいかない。
その強い意思は原動力となり、プレッシャーにもなっている。
優羽は手探りでロッカーを調べながら、念のために鍵を回してみたり開けてみようとする。
しかしどのロッカーも開かず、無意味に時間ばかりが過ぎていった。
「やっぱりどれも開かないのかな。まだ他を調べていないから時間をあまりかけたくないのに……」
優羽は抜き取った鍵を服のポケットにしまい込んでいた。
ロッカーの鍵は玩具みたいで小さいが、二桁の数となれば立派な鍵束だ。
優羽のポケットは膨れ上がっていて、鍵は滅茶苦茶に入ってしまっているだろう。
これだと全てのロッカーの鍵を調べるだけでも十分はかかってまう。
下手したら、今の優羽は盲目だから、更に時間を使ってしまうかもしれない。
最初は制限時間が一時間と聞いた時は特に思うことは無かったが、計算してみるとまるで時間が足りない事を思い知らされる。
俺は画面から視線を外し、優羽の行動よりゲームの時間計算に思考が移っていた。
「あ、煌太…」
優羽が声をあげて、俺はすぐに画面へ意識を集中させる。
すると画面には開かれたロッカーが映っていた。
「鍵が合ったのか?」
「ううん、違うよ。最初から開いていたの。これが最後のロッカーだと思うけど、これだけが最初から鍵が合っていたって事になるのかな?」
「そうなるな。鍵は……、抜けないか」
コインロッカーは硬貨を入れないと鍵を抜くことはできない。
だから無一文の今ではこの鍵を使うことは不可能だ。
その事を優羽も理解したのか、自分の服を探り出した。
「何をしているんだ?」
「うーん、一枚くらいお金無いかなと思って。いつもは百円玉くらいはポケットに入れて置くんだけど」
「あるのか?」
「………無い、かな」
無いなら仕方ない。
硬貨を使わないと抜けないなら、差さっている鍵は不必要な物だろう。
そうじゃないとゲームとして成り立たないはずだ。
「誤魔化せる代わりの物があれば良いんだけど…」
真剣に優羽はそう呟くので俺は軽く聞いてみる。
もしかしたら部屋に代わりがあるかもしれない。
「誤魔化せるって、そんなことできるのか?」
「機械ならそんなに難しくはないはずだよ。自動販売機をコピーですらない手書きの紙で誤魔化せたって話があるくらいだから。でも、硬貨だと厚さや大きさで決められるから難しいかもしれない」
それなら結局は鍵が欲しいなら、硬貨が必要ということになる。
その鍵が必要にならなければ、それで良いんだが。
俺がそう考えていると、ロッカーの中に何か入っているのが見えた。
「優羽。俺の見間違いか分からないけど、何か入っていないか?」
「え?ちょっと待って」
優羽はロッカーの中に手を入れて、クシャっとした音と同時に一枚の紙を取り出した。
その紙を優羽の視点に合わせさせる。
「妙な事が書いてあるな」
俺は紙に書かれた文章が優羽にも分かるように丁寧に読み上げた。
【人の信仰を捧げ、神の姿を見る
偉大なる神には名誉が刻まれる
愚かな堕ちる神には汚名が飾られた
偉大なる神は始まりとなるだろう
その背にある名誉が証拠となる
一方堕ちる神には語られる名誉は無い
潰された名誉は証拠に在らず
名すら語るは禁忌に当り、書に現れし時こそが名とされた】
全く意味が分からなかった。
何かの暗号か詩か分からないが、俺にはこういうのは苦手だ。
こんな変なのがあるのはパスワードに関係はしているからだとは思うが、俺は読み解ける気がしない。
見立て殺人が起こる推理小説の不気味な詩も、理解したことはあまり無いぐらいだ。
「優羽、この文章の意味が分かるか?」
「………」
優羽は俺の質問に答えず、沈黙するだけだった。
おそらく頭の中で文章を整理していってるのだろう。
俺は焦らずに優羽が答えを出すまで黙っていることにした。
今は急かしてもどうしようもない。
一つずつ確実に攻略していくのが一番良いはずだ。
「………分からない」
一分ほどで優羽はそう答えを出した。
俺は落胆しかけるが、俺が口を開ける前に優羽はすぐに言葉を続ける。
「一応、私なりの考えは出したけど、確認するために煌太に説明するね。もしこの紙に書かれた文がパスワードに関係すると仮定したら、この唯一取れないロッカーの鍵は必要かもしれない」
「何故だ?」
「一行目の人の信仰を捧げ、神の姿を見る。神は何か分からないけど、パスワードの何かだとは思うよ。まさに今の私にとってパスワードは救いの神と言っても過言じゃない。それで人の信仰を捧げは、何か物理的に捧げることができるもの」
物理的に捧げるのなら、信仰は念だ。
そのまま信仰と解釈しては駄目ということだ。
「なんで物理的にって考えに至ったんだ?」
「単純に言ったら現実的に考えてだね。状況を打開すれのは気持ちじゃなく、行動や物だから。でも物理的って言っても、それは信仰の表れじゃないといけない。何か分かる煌太?」
信仰を物で証明。
それは昔も今も変わらない。
信仰するものによって様々だが、ほとんどは似た物だ。
「供物や金銭か?」
「そう。そして今の私達が捧げれるのは手持ちに無いけど金銭だけのはず。つまりはコインロッカーが賽銭箱みたいもの。私はそう思っている」
ということは優羽の解釈でいけば唯一開いたコインロッカーの鍵さえ手に入れば、パスワードの手がかりが掴めることになる。
一つの予測に過ぎないが、目的があるだけで無駄は省ける。
「他の文はどうなんだ?」
「他の文はまだ分からないよ。でもね、煌太。推理にとって最大のヒントは何か知っている?」
「さぁ、知らないな」
「分からない、だよ。分からないから推理できる。分からないこそ疑問ができる。知らないは駄目だけど、分からないは推理するには最大の武器なの。分からない方が仮説は立てれるからね。それでこの文で分からないのは連続的に文中で表現されている神。神が何かさえ分かれば、全部解けると思うよ」
全て文章が分かった訳ではないが、今は優羽の仮説で十分だろう。
これ以上は神の姿とやらを見なければどうしようもないようだ。
とにかく、次にすることは硬貨を探すために部屋を漁っていかなければいけない。
しかしこの部屋は物置同然だ。
もし家具の下に硬貨があったりしたら絶対にと言って良いほど、回収はできない。
「硬貨が隠されているなら探し出すのは大変だな。それにしても優羽」
「何?」
「語る時は生き生きとしているな。凄く楽しそうだった。実はちょっと楽しんでいたりしないか?」
「うーん、そうかなぁ。でも物事を行うにはモチベーションは大切だよ。楽しんでいるかどうかは秘密」
優羽はそう言って、わざと雑に紙を折り畳んでロッカーに入れた。
ロッカーに戻したのは落として無くしたりしないためだ。
そして雑に折ったのは掴んだ時に分かりやすくするためだろう。
膨らみがある状態と、薄い一枚では分かりやすさの認識に差がある。
「じゃあ、煌太。次はどこを探すの?」
「やっぱり手身近な所を手当たり次第だな。硬貨を探すにしてもどこにあるかは見当がついていない」
「…………そう、だね。場所についてはヒントが無いもんね」
詩に書かれているのはパスワードに関係しているであろう事しか無い。
それに人の信仰だけの文節では、さすがに場所まで暗示されているようにも思えない。
……だいたい仮面の奴のことだ。
何から何まで俺達が勝てるように、ヒントがあるわけがないか。
「近くにタンスがある。それを調べよう。十時の方向に二mほどだ。タンスの上には壷が置いてあるから気を付けてくれ」
「うん」
優羽は手の平を壁に当てながら、沿っては静かにタンスへ近づいた。
タンスは木製の簡易な作りで、特別な装飾はされていない見るからに安物のタンスだ。
ただ新品みたいに綺麗で、汚れや傷は無いように見える。
タンスの上にある壷は古臭い模様が画かれていて、まさに観賞用の骨董品だ。
それぐらいで壷もタンスも怪しい所は無かった。
優羽はタンスの引き戸の取っ手を掴んで、丁寧に開ける。
中には本が一冊だけ入っていた。
表紙にアルバムと手書きで書かれた本。
中に写真が入っているか分からないが、何のアルバムだろうか。
俺は指示して優羽にアルバムを手に取らせた。
アルバムにしては薄いので、写真が入っていても大した枚数とは思えない。
「優羽、開いてみてくれ」
優羽は頷いてアルバムを開く。
そして俺は…………、言葉を失う。
見間違いと思う暇がないぐらいの衝撃を受けた。
息が詰まりさえした。
そのアルバムには、香奈恵と俺が映った写真があったのだ。
この写真は何だ。
なんでこんな写真があるんだ。
ふざけてる。
写真はどれも俺と香奈恵はカメラ目線だった。
つまりは盗撮では無いという事になる。
どの写真も香奈恵は笑顔で、今までぼんやりとしか思え出せなかった香奈恵の顔が鮮明に分かる。
大人の女性らしい魅力があるのは写真からでも分かり、女子なら憧れそうな雰囲気や容姿。
拙い写真で伝わるほどに香奈恵は今見ても綺麗だと認識できる。
だから間違いなく写真に映っているのは香奈恵で、一緒にいるのは俺なんだ。
「煌太?写真、何かあった?」
優羽に呼び掛けられて、俺は少し動揺する。
優羽の知らない女性が楽しそうに俺と二人っきりで映っているんだ。
もしこれが優羽に見えていたら、どう解釈しても良く思うはずが無い。
誰だって問い詰めたくなる写真だ。
「あぁ、…………いや、ただの風景写真だよ。特に手掛かりになりそうなのも無い」
俺はとっさに嘘を吐いた。
正直に言う意味が無い。
今はこんな事で時間を費やしていられないし、ゲームに置いて様々な弊害が起きるのは分かる。
言わないのはそのためだ。
別に後ろめたい気持ちは無い。
それは嘘ではない。
自分に対する言い訳でも……、無い。




