死人のために…
俺はテレビの方へ視線を向ければ、倒れた裕太が映っている。
目を開けていて、血の池に倒れていて、まだ生きているのじゃないかと思えた。
でも、きっと死んでいる。
俺には助けれなかった。
裕太を……………死なせてしまったんだ。
俺は一体何をしているんだ。
現実とは思えない。
さっきまで平然と話していた奴が死んでいるんだ。
何が起こっているか理解はしていても、ドッキリでも仕掛けられているみたいだ。
それほどに裕太が死んだなんて信じられない。
けれど、生きているとも思えない。
「うっ………うぅ…。はっあ…、裕太。くそ…………」
俺は独り言ばかりを口から出して涙を流した。
何度も涙を拭いても流れ出す。
泣いているのが正しい反応なのか、違うのか分からない。
簡単に気持ちは切り換えられない。
更に胸が押し潰されそうで、ずっと吐き気が込み上げてくる。
「俺は、どうしたらいいんだよ……」
とても頭が回る状況でも状態でも無かったが、俺は悩んだ。
今の俺は何かできるわけでも無いが、落ち着いていられない。
殴られたような頭痛が辛くて吐きそうな気だるさもあって、とにかく気分が悪い。
だけど、俺が脚を抱えて泣いているだけではいけない。
何とかして、せめて裕太の仇を取ってやりたい。
仮面の人が俺を殺すのは造作も無いかもしれない。
それでも湧き上がるこの感情をぶつけるのには、仮面の人が最適で間違いじゃない。
何よりぶつけずにはいられない憎しみだ。
俺はアイツを、仮面の奴を許せない。
何があっても許してはおけない。
許せるわけが無い。
俺が必ず裕太の代わりに殴ってやる。
絶対にだ。
「はぁ…………」
俺は深く溜め息を吐いて、昂る感情を抑えようとした。
何も変わらないが、胸の中に溜まった圧迫感を出したみたいで悪くは無かった。
気分は最悪のままだが。
それにしても裕太が死んでも、すぐには勝敗の宣言はしてこないのか。
もう一目で分かるほどに俺はこのゲームに敗北した。
すでに裕太は動かなくなっていて、目は見開かれたままだ。
だからアナウンスの時間になるまで、俺は裕太の死体を見守り続けるしかない。
裕太の死体は見れば見るほど吐き気が込み上げそうでも、目は離せなかった。
裕太の最期を忘れないためにも、裕太の意思を蔑ろにしないためにも。
そしてこの胸が焼けるような憎しみを薄めないためにもだ。
「絶対に許さない……!!」
俺は握り拳で強くコンクリートの地面を叩いた。
骨に響く痛みが俺の意思を改めさせてくれる。
もうゲームは負けるわけにはいかない。
勝って、必ずゲームに勝って、やり返してやる。
それから聴くだけでも憎くてたまらない、あの鈍く低い声が部屋に流れてきた。
『第一ゲームは終了だ。私の宣言通り裕太はみっともなく無惨に死んだな。つまりは私の勝ちだ』
俺は憎しみを込めた鋭い目でテレビを見つめた。
画面には裕太の姿を映っているだけだが、仮面の奴に向けるべき視線は画面でいいだろう。
きっと仮面の人は画面を見ている時の俺の顔をニヤニヤして見ているのに違い無いからだ。
「死者を侮辱するな……!勝ちだけ名乗りあげてろ!」
俺は吐き捨てるのに言ったが、仮面の人は変わらぬ口調で言い返してくる。
ただ、少しだけ呆れているように。
『やれやれ、死者を美化をするのは私たち人間の恐ろしい所だな。例えば、殺人鬼に殺された被害者については知人の皆はこう言うだろう。明るく元気な良い奴だった、と。馬鹿らしいと思わないか?』
「何を言ってやがる」
『人間は被害者となった死者の悪口は言わない、という事だ。不思議な現象だ。生きている内にどんな罪を犯しても、死ねば生者に慈しまれる。私はそれが気にいらない』
仮面の人は喋る度によく分からないことばかりを言う。
だから何だと言うんだ。
なぜ今、そんな事を言うのかも理解し難い。
「だから何だよ。気に入らないから何だってんだよ!」
『裕太は罪を犯した。それは薄汚く、深く、独りよがりによる罪。その罪は消えない。もちろん死んでもだ。名誉が残るように罪も汚名も残る。だからこそ、彼は私に罵られても仕方ない』
「は……?どういうことだよ」
何で仮面の人が裕太を罵る必要がある?
罪が残るとかは価値観の相違でも、罵るからには理由があって、その理由に関わっていないと罵る意味が無い。
裕太の罪って何だよ。
ただ女遊びが酷いとかだけじゃないのか?
いちいち仮面の人の言葉の真意が分からない。
『余計な事をほざいてしまったな。私の個人的な話はどうでもいい。それより、最初と比べてなかなか良い表情となったな。煌太君?』
「……そりゃあな。お前を殴りたくて堪らないんだ。できるなら今すぐに顔を殴ってやりたいぜ」
『案外、君は乱暴者だな。すぐに苛立ちや怒りを暴力とするか。根本的な問題の解決には何一つならないだろう。私を殴っても裕太は生き返らない』
仮面の人はわざとか分からないが煽ってくる。
それにより一瞬だけ怒鳴りそうになってしまったが、俺は冷静を装いながら怒りをぶつけて言い返した。
「うるせぇ。殴らないと、この怒りが収まる気がしないんだよ。解決にならないからしないって理屈は今の俺には通用しない」
『感情論か。感情的なのは問題だが、人間にとって感情は確かに大事だ。その感情により人間は崩れてしまったりはするがね』
「………お前は無駄話が好きだな。それとも自分の意見を垂れ流したい自己満足野郎なのか?雑談をしたいならここに来いよ。この寂れた新居で歓迎してやる」
仮面の人はあの乾いた笑いをあげる。
俺の挑発なんて、下らない冗談程度にしか受け取られていないのだ。
腹立たしい。
『あははは、そっちに行ったら煌太君は私を掴み掛かってくるだろう?私は非力だからね。喧嘩には自信が無いんだ』
「だから臆病者みたくコソコソと離れた部屋で隠れて監視かよ。情けないな」
『いくら私をつまらない言葉で誘き寄せようと無駄だ。何とでも喚いているといい。その間に、私は次のゲームの準備に取りかかるとしよう』
そこで会話が終わると思い、俺は子供のような罵り合いはやめて声をかける事にした。
唾を飲み込み、緊張した面持ちで俺は覚悟を決める。
「待て。一つだけ言っておきたい事がある」
『………何だ?』
「さっきのゲームは俺の負けだ。これは俺のせいだと認める。だがな、裕太を殺したのは許さない。そしてもうゲームには負けない」
俺は仮面の人に宣戦布告するように言い放つ。
さっきまでの俺の様子を観察していたなら、言うまでもないかもしれない。
それでも、この意思をはっきりと見せつけてやりたかった。
もう俺は軽い気持ちでも、不透明な理由でゲームをしているのでは無いと。
『そうか。その気持ちが次のゲームでも続くといいな。第二のゲームは更に難易度が高い。諦める姿が見られると思うと楽しみだよ』
「へっ、勝手に楽しみにしていろ。俺は諦めないぞ。絶対に次は勝つ。………言いたい事はそれだけだ。さっさと準備でも何にでも取りかかれ」
『では、私は準備に入ろう。第二ゲームの開始の合図までゆっくりと休むといい。くつろぐ場所は無いがね』
そこでテレビの映像が切れたので、通信も切れたのだと思う。
そしてしばらく俺は真っ暗となったテレビの画面を見つめ続けた。
テレビは俺の顔を反射して映しているだけで何もない。
それでも俺はテレビから離れるまでは数分間、画面を見つめていた。
何度も顔を上げては下げて、とにかく落ち着かなかった。
もちろん落ち着けるわけが無い。
言い表せない妙な苛立ちがそうさせる。
そうだ、俺は無性に腹が立っていた。
「ったく………」
テレビから離れて、俺は何度も部屋の中を歩き回った。
どうしても落ち着けない。
でも、無駄に体力を減らしておくのもいけないので、固く冷たい床に座り込んだ。
天井を見上げたり、どうでもいいような事を思い出してたり考えたりする。
それからしばらくして、裕太の事を思い出した俺は少しだけ泣いてしまった。




