第19話 卒業試験は、三人とも違います
俺がヒルデへ来て、一年が経った。
丘陵学園の廊下は、朝から賑やかだ。
新入生用の机が届き、増員した教師のマルタが、教材の箱へ名前を貼っている。
彼女は風の魔術師で、以前は郵便組合で働いていた。
カイが彼女を見つけるたび、質問が長くなった。
卒業を控えた三人には、課程の最後の実技試験があった。
同じ標的へ、順番に術を撃つ試験ではない。
それぞれが進みたい仕事で、必要になる課題を作った。
評価には、ルチアと俺のほか、町の仕事人も加わる。
レナの試験は、消防隊と用意した空き地で行った。
風向きを調べ、周囲へ水を引き、火を置いていい範囲を決める。
火の輪を出すのは、全部の準備が終わってからだ。
一年で、彼女の輪は四拍まで保つようになった。
一拍増やすのに、長くかかった。
今日は四拍使わず、三拍で止める。
草の焼け方を見て、次の火を置き直した。
「一度で広げるより、こっちの方が安全です」
隊員が頷いた。
レナの父親は、今度は最初から最前列で見ていた。
術が終わると、彼は娘より先に拍手した。
レナは少し恥ずかしそうに、手袋を外した。
カイの課題は、坂の多い町を回り、三つの荷物を届けることだった。
風で自分を速くするだけでは、割れやすい器が揺れる。
彼は荷物の周りへ薄い流れを作り、掌の結び目で揺れを止めた。
道の途中で、荷車が通り道を塞いだ。
彼は飛び越えず、別の坂へ回る。
少し遅れたが、荷物は三つとも無傷で届いた。
「遅れた理由まで伝えられた。次は、出発前に工事の札を読もう」
マルタの言葉に、カイが耳を伏せた。
そして、頷いた。
届ける仕事は、速いだけでは足りないと、最近よく言っている。
ミナは、小さな橋の修繕をした。
傷んだ箇所を調べ、支えを置き、石工たちが作業できる足場を作る。
父親は評価の係には入らず、同業の職人が確認した。
ミナの壁は、相変わらず立つまで時間がかかった。
その代わり、土の層を分けて厚みを調整できる。
必要な場所へ、必要な硬さを置いた。
橋の下へ置いた柱に、職人が荷重を掛ける。
ひびは入らなかった。
ミナが、記録の板へ結果を書いた。
「ここは、もう少し広くしたかったです」
彼女は自分から、直したい点も出した。
誰かに零点だと言われるのを、先に待ってはいなかった。
三人は、卒業に必要な実技を通過した。
祝いの菓子を切る前、レナが俺へ言った。
「先生の試験も、した方がよくない?」
俺はナイフを持ったまま、三人を見た。
カイが、白い紙を一枚出す。
ミナが、真面目な顔で続けた。
「私たちから、授業でよかったことと、変えてほしいことを書きます」
俺は、その紙を受け取った。
昔の俺なら、教師の採点を生徒へ頼むのに、少し身構えたかもしれない。
今は、ルチアの分も一枚ほしいと頼んだ。
卒業式の日、三人は自分の進路を話した。
レナは町の消防隊の見習いへ。
カイは風便組合へ。
ミナは土造作技師の資格を学びながら、修繕の仕事へ。
三人とも、王立の試験で一番だった道へは進まなかった。
けれど、誰も負けた顔をしていなかった。
俺は、卒業証を一人ずつ渡した。
「ここへ来てくれて、ありがとう」
レナが受け取り、眉を上げた。
「先生の方が、あとから来たでしょ」
カイが笑い、ミナも笑った。
俺も、笑った。
式が終わると、三人は門を出た。
俺がついていく距離は、そこで終わりだった。
それぞれの歩幅が、坂の先へ続いていた。




