第18話 復職のお誘い、ありがとうございます
優勝杯は、予想より重かった。
三人で持っても、台座の角が手へ食い込む。
授与台でカイが持ち直し、レナが「落とさないで」と小声で言った。
ミナは、ずっと笑っていた。
帰りの控室には、レナの父親がいた。
娘の火傷がないことを確かめてから、長く頭を下げた。
「お前の火が遅いことしか、見ていなかった」
レナは父の髪を見て、腕を下ろした。
「遅いのは、今もそうです」
「そうだな。けれど今日、何を守っていたかは、見えた」
彼女は、父親の差し出した手を取った。
抱きつきはしなかった。
ただ、大会の旗を、父の手へ少し持たせた。
そのあと、俺は王立学園の評議員と学園長に呼ばれた。
机の上に、新しい採用条件が載っていた。
教材費の増額。授業の裁量。教員研修の担当。
解雇の経緯を見直したうえでの、復職の申し出だった。
「あなたの指導を、王立でも続けていただきたい」
俺は条件を読んだ。
悪い話ではない。
今の倍近い給料なら、記録球を買うたび会計帳を睨まなくていい。
教えられる生徒も、ずっと多い。
俺は、少し考える時間をもらった。
隣の窓から、競技場が見える。
三人が、相手の選手たちと杯を囲んでいた。
トネルがミナへ、壁の溝の作り方を聞いている。
セドリックは、カイの旗の持ち方を真似して笑った。
王立に、教えたい生徒がいないわけではない。
それでも今、俺が来年の黒板を用意したい場所は、ヒルデだった。
「ありがとうございます。丘陵学園で続けます」
俺は書類を、両手で返した。
「そのうえで、授業の見学や、教師同士の研修なら協力できます。うちにも、皆さんの術を見せてください」
学園長は、しばらく俺を見た。
それから頷き、次の会議で提案すると言った。
町へ戻る馬車で、レナが聞いた。
「戻れって言われたんですか」
「言われた」
「先生、戻るの?」
「こちらで続ける」
カイが、窓の外を見ながら笑った。
ミナはノートへ、次の実習の日付を書いた。
ルチアだけが、俺へ静かに頷いた。
帰着から三週間後、王立から報告が届いた。
俺の提案書と生徒の記録の引継ぎ申し出は、主任の机で止まっていた。
一秒の試験が測れる範囲についての報告も、学園内の審議へ出されていなかった。
ヴォルフは主任の職を解かれ、評価方法は複数の教員で見直すことになった。
学園長の署名と、俺の解雇手続きへの謝罪があった。
俺は、その手紙を三人にも見せた。
ミナが、自分のノートを開いた。
零点の頁の後ろに、何枚も授業の記録が続いている。
「ほかの子も、後ろへ頁を足せるといいですね」
俺は頷いた。
そのための研修に、三人の許可を得た記録を使わせてもらうことにした。
学校の継続予算が議決されたのは、その翌週だった。
寄付だけへ頼らず、町が一定額を持つ。
来年の入学希望は十二人。教員をもう一人採る分まで、計画を立てた。
三人は杯を玄関へ置き、傾いた掲示板を、ミナの父と直した。
その夜、俺とルチアは、坂の下の小さな食堂へ行った。
会計の帳面は、学校へ置いてきた。
「教師としての来年は、先ほど契約で確かめました」
彼女が言って、少し笑った。
「今夜は、どんな話ですか」
俺は、彼女へ向き直った。
「一緒に働くうちに、帰ってきて顔を見たい人になった。学校を出たあとも、あなたと過ごしたい」
ルチアは、指先でグラスを回した。
しばらくして、その手を机の真ん中へ置いた。
「私も、先生が戻ると安心します。でも、たまには名前で呼んでください」
俺は、その手を取った。
「ルチア」
彼女が、初めて学校の外で、俺の名を呼んだ。
窓の向こうに、丘の明かりが見えた。
俺たちが帰る学校は、来年もそこにある。




