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グンマー帝国史乗  作者: 劉白雨


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第捌話


 人々の混乱や不安を抱えながらも、その歴史を刻み始めた新生グンマー帝国は、一歩一歩着実に国としての体裁を整えていった。


 赤城帝せきじょうていとしても大分板についてきた星野誠翔ほしのまさとは、それでも、執務室に入ると書類の山を片付けるだけの、およそ皇帝とは縁遠いことばかりしていた。


「それにしても、問題ばかり起こるな。」

 誠翔は独り言ちた。


〔国境検問の長期待ちによる抗議デモに関する対策〕

〔物流停滞による乳製品廃棄を強要される農家の嘆願について〕

〔外国人旅行者による犯罪に対する対処法案に関する草案〕

 などなど、上がってくる書類は誠翔に承認を求めるものばかりで、読んでは承認をクリックするだけの簡単なお仕事なんだが、その内容は帝国内の問題を如実に反映したものばかりだった。


 帝国を建国した初年度は、国の体制整備に追われ、県庁としておこなってきた行政業務を徐々に新体制へと移行することに時間を費やされた。時間がいくらあっても足らない位、新体制整備に追われていたのだ。


 最初に整備をしたのは法律だ。建国後真っ先に制定する必要があったため、建国前から草案を練り上げ、星野製作所の顧問弁護士にも内容を確認して貰い、修正をおこなった。

 こうして出来上がった、グンマー帝国憲法は、議会の承認を経て、赤城帝の名の下に公布され、周知期間をおいて施行することとなった。


 このグンマー帝国憲法は、日本国憲法を叩き台にしながらも、皇帝の権限を強化した独自の憲法で、同じ帝国憲法である、大日本帝国憲法の轍は踏まないよう、細部に工夫を凝らした。

 特に主権在民はそのままに、皇帝には総覧権を与え、政治の主体は国民にありながらも、皇帝は象徴ではなく、統治権を与えることとなったのである。

 だからといって、皇帝が好き勝って出来る訳では無く、皇帝の意見は議会承認を経ないと実行に移すことは出来ない。要は大統領のような立ち位置である。

 しかし、そこは大統領ではなく皇帝である。その身分は天皇並みに保証され、選挙ではなく世襲制としたことも、大きな特徴である。


 他にも、群馬県内にあった自衛隊を接収して、帝国軍を組織したが、この軍に関しても議会の承認無しでは動かせず、自衛隊の精神はそのままに、専守防衛を旨とし、暴走を食い止める防波堤も用意した。

 更に、国民の基本的人権も、日本国憲法同様保障し、治安維持に支障をきたすことのない範囲で、これを認めることとした。


 要するに、皇帝の権限は、大統領のような振る舞いができるが、天皇のように世襲制となっていることが、日本国憲法とは大いに異なる点であり、その他のものに関しては、日本国憲法をほぼ踏襲していた。

 特筆すべきは、人権の根源である〔他者の権利を害しない限り自由が保障される〕という理念は、グンマー帝国となっても受け継がれたのだ。それは皇帝であっても不可侵の理念である。

 つまり、民主主義と権威主義の良いとこ取りをしたような、そんな憲法を目指したと言っても過言ではない。


 誠翔には妻と娘がいる。妻の名は芽育めぐみ、娘の名は誠海まさみという。

 このまま帝国が軌道に乗り、誠翔が引退することになると、次期皇帝は誠海が担うこととなるため、まだ未就学児の子供ではあるが、今から徐々に帝王学を学ばせる必要もあり、それが、誠翔にとってもう一つの頭痛の種でもあった。


 誠翔は、旅行先で撮った写真に写る妻と娘の顔を見て、大きく溜息をついた。

 自分が皇帝になったことは、不承不承納得はした。しかし、二人を巻き込んだことに対しては、罪悪感というか、申し訳なさでいっぱいだった。

 星宮に請われて皇帝になる話をした時、妻は二つ返事で了承をしてくれた。逆に誠翔の方が心配になり、何度も何度も「本当に良いのか」と念を押した程だった。

 そして、いまだに誠翔は本当にこれで良かったのかと自問自答を続けているのだ。

 理想的な国造りをしているとは言え、家族を巻き込んでいることに対する自責の念は消えなかったのだ。


 閑話休題、話を戻そう。


 グンマー帝国憲法が制定されると、次に必要なのは、憲法に則した国内法の整備である。まず手を着けたのは、民法、商法、刑法の三法である。もちろん、民事訴訟法と刑事訴訟法も改正の俎上には上がっていたが、こちらは後回しにされた。


 建国当初は、六法すべてが日本国六法をそのまま踏襲した。

 そして、夏頃に漸く帝国議会が動き出すと、憲法を始め、様々な法律が順次制定されていったことで、帝国としての政治と行政が動き出したのだ。


 まず優先されたのは、群馬県時代に条例として制定されていたものや、国に働きかけはしたものの実現出来なかったもの、国民から強く要望のあったものなど、喫緊で必要とされる法律が議会の承認を経て制定されていったのだ。

 たとえば、害獣駆除のための規制緩和に関する法改正や、少子高齢化問題に対する抜本的な対策法案などは、特に優先された。


 更に改正が著しかったのは、刑法である。県政時代から言われていた、犯罪に対する厳しい声を受けて、刑罰執行の強化や厳罰化がおこなわれた。

 殺人や強盗、暴走行為などによる、人命や財産に危害を加えるような犯罪に対しては、その厳罰化が特に顕著だった。


 こうして、赤城帝をトップとした統治が徐々に浸透していき、帝国としての体裁が整っていったのだ。


 ところが政治は形を成していく反面、経済は不振が続いた。

 これについても、誠翔は頭を痛めていた。以前、父親の誠浩と予想し合ったように、物流が正常に動かなくなっているのだ。

 人の流れを管理すると言うことは、物の流れも必然的に管理することとなり、今までどおりの物流が確保出来ないのだ。

 更に、帝国内の産業を守るために、関税を掛けなければならず、これも物流を滞らせている要因の一つとなっていた。


 誠翔はモニターに表示されている物流改善に関する法案に目を通すと、そこに書いてある内容は、やはり、国境警備のあり方がネックになっているということだ。

 入出国を厳格にすればする程、物流が滞るのは、当然のことである。まして、職員たちは税関業務に不慣れな者たちばかりだ。

 日本各地で経験した者を指導者として新たに採用してはいるが、焼け石に水であり、機能するまでにはまだ数年はかかるだろう。


 現在国境警備と出入国管理は国防省で一元管理しているため、物流の管理も自然と国防省が担うことになっている。それも大きな問題なのかも知れない。マンパワーが完全に足りていないのだ。

 人材不足を補うためには、効率化が必要だが、効率化のためには設備投資が欠かせない。これは星野製作所においても同じであったので、誠翔もそこは理解していた。


 だが、星野製作所ならばなんとかなっていたことも、こと国の話となると、そう簡単に人材補充や設備投入がおこなえる訳ではない。職員にどんな設備が必要なのか聞き取り調査をした上で、その設備を作ることが出来る企業を募り、入札して、決定しなければならないのだ。


「やはり、ネックは人口流出なのか。」

 法案の必要性を説くプレゼン文章にも、そのことが言及されていて、人口減少が問題の根底にあると指摘していた。

 経済が不安だから、人口が流出する。人口が流出するから、経済が不振をきたす。完全に負のスパイラルだ。

「とは言っても、どうすれば良いんだよ。」

 群馬県時代から、人口減少は言われていた。過疎化、限界集落、廃村などによる、自治体の再編を都度おこなわれてはきたが、根本の解決には至っていなかった。

 だからこそ、この群馬を建て直すために、帝国を建国したのだ。それが、破滅への道を加速させていては本末転倒である。


 星宮文也ほしみやふみなりは、「大丈夫だから、とにかく誠翔君のやりたいようにやりなさい」と鼓舞してくれた。

 だからこそ、彼の期待に応えたいと、誠翔も頭を捻り、何とかしようと躍起になるのだ。


 現状のマンパワーで出来ることはやり、出来ないことは出来ないこととして、解決への道を模索する。それを徹底させた。そして、色々な知恵を、職員を始め、国内の知識人たちからも広くアイディアや意見を募り、活かしていった。

 こうして、人口流出により混乱をきたしていた国境警備は、徐々に落ち着きを取り戻していったのだ。


 主要駅である、前橋、高崎などでは、切符を求める長蛇の列が出来、入場制限をおこなったりして、駅へ入るだけで数時間も待たなければならなくなる程で、ニュース映像などでも長蛇の列に並ぶ人が熱中症や疲労で倒れたり、子供たちが愚図る映像が流され、誠翔も心を痛めていたのだ。

 開発に時間はかかったが、それを解決したのはオンラインの出国予約システムである。

 携帯端末などから簡単に予約出来、出国方法と人数、各人の身分証番号を登録すれば予約が取れ、指定された時間帯に出国出来るというものである。このシステムが導入されて、漸く不毛な長蛇の列は解消された。

 もちろん、数十㎞の渋滞を起こしていた高速道路を含む主要道路も、同様に出国予約のないものは次々にはじき出され、物流トラックを優先的に通過させる措置を執ったことで、無意味な渋滞も解消されたのだ。

 こうして、出国ラッシュが招いた混乱は漸く鳴りを潜め、帝国暦二年も終わる頃には、物資不足も概ね解消し、日本からの物流も帝国独立以前の状態に戻りつつあった。


 だからといって、グンマー帝国の経済が回復基調に転じてはいなかった。鈍化したとは言え、右肩下がりであることは否定出来なかった。


 そんなときに起こったのが外国人排斥運動である。帝国三年の春のことだ。


 漸く落ち着きを取り戻したグンマー帝国にも、いつものように春が訪れ、桜の名所には国内外から多くの観光客が訪れ、主要な温泉街も賑わいを取り戻していた。

 出入国管理も本格的に始動し、入出国にはパスポートが必要となり、入国審査も厳しさを増し、様々な施策が軌道に乗り始めた頃だった。


 後にグンマー刑務所などと揶揄されることにもなる、総延長約363㎞にも及ぶ、高さ10mを超える高電圧フェンスが、帝国暦二年に完成し、運用が開始されると、各地に出入国管理所が設けられた。

 主要駅にしか、国外からの国際列車は停車出来ず、越境出来る列車も新幹線や特急列車に限定されることとなった。また、高速や国道などの主要道路にも、料金所のような管理ゲートが設けられ、出入国を厳しく管理するようになっていた。


 そんな中で起きたこの事件は、後にグンマー帝国の舵取りを大きく変える事件として、歴史に刻まれることとなったのだ。


 切っ掛けは些細なことだった。


 帝国建国以前から、日本各地で問題となっていた、外国人観光客によるオーバーツーリズム、いわゆる観光公害が深刻化していた矢先、特に草津や伊香保などの温泉街はその影響が顕著で、騒音やゴミ問題だけでなく、文化財の破壊にまで発展していくと、これまで歓迎ムードだった観光地も、外国人お断りなどの張り紙が出るようになり、外国人排斥運動の種がかれていたのだ。


 そしてその種は、帝国暦三年に芽吹くこととなったのだ。


 オーバーツーリズムの問題は、グンマー帝国建国後も変わることはなく、むしろ悪化の一途を辿っていた。

 マナーを守らないとか、騒音迷惑とか、ゴミのポイ捨てとか、そういったトラブルで済んでいるうちはまだ良かった。対処出来たからだ。

 それが、文化財を傷つけたり、人命に関わるような問題が起こったり、社会文化を破壊するような行為、文化宗教観の押しつけや、宗教の教化活動を通して、日本従来の宗教文化、延いては日本の文化、群馬の文化を破壊する行為が横行し始めたのだ。


 帝国議会もその点は重く受け止めていて、何よりも優先して法案化、制定を目指した。

 その一つとして、まずおこなったのは、入国税である。入国の際は一人一律20万(かく)、日本円にして20万円を徴収し、問題を起こした場合は一切返金しない。もし問題を起こすことがなかった場合は、半分の10万角が返金される仕組みである。

 これは、身分保証金とも称されるデポジットシステムで、これにより帝国内での犯罪を抑止しようという試みである。


 更に、外国人料金の適用である。

 グンマー帝国国民には、グンマー帝国が発行する身分証カードの携帯を義務づけ、各所の支払いにおいては、グンマー帝国民は身分証を提示すると、通常料金の支払いが受けられるが、身分証を提示しない者には、5倍以上に及ぶ高額料金を請求されることとなった。


 ところが、そういう社会システムが導入されているにもかかわらず、外国人料金を踏み倒し、支払いを拒否する日本人を含む外国人が増えてきたのだ。

 そんな好き放題をする外国人が増えれば、ただでさえ嫌悪感が蔓延していたグンマー帝国内には、排斥運動が過熱することは火を見るよりも明らかである。


 秘湯と呼ばれる山奥の温泉街、以前は外国人などほとんど訪れなかったこの街で、事件は起こった。

 帝国民である老舗旅館の女将が、外国人に刺し殺されたのだ。犯人は動画サイトで生計を立てる西洋人で、迷惑配信者として各地で問題視されていた人物だった。

 しかし、その犯人は犯行後即国外逃亡し、日本からも出国していたため、犯行が判明した時には、時既に遅しだった。

 帝国国防省と外政省は、日本国の外交ルートを通じて、EUにあるその該当国に犯人の引き渡しを要求したが、梨の礫であった。そのためグンマー帝国は該当国およびEU域の国籍を持つ人物の入国税を200万角にまで引き上げ、返金金額は10万角のままという、報復措置を発動した。

 また、犯罪を帝国内で犯した外国人に対する罰則が更に強化されることとなった。


 EUの人々にはとんだとばっちりで、SNSでは大いに炎上していたが、遠い極東の島国の、更に独立したばかりの小国の話となれば、EU本土ではどこ吹く風だった。


 ところが、どういうわけか、その犯人は再びグンマー帝国に現れたのだ。

 犯人は現場に戻るなどという、推理小説などでは使い古された言葉だが、本当に戻ってくるなどグンマー帝国民の誰一人として想像だにしていなかった。

 だが飛んで火に入る夏の虫、その犯人は国境警備に捕まり、裁判の上、死罪が言い渡された。

 更に、情報公開と称して、見せしめのために、死刑執行は公開され、粛々とおこなわれる様子を生放送で全世界に配信するという強硬手段に出た。

 スピード判決とあまりのセンセーショナルな処置に、当該国はもちろんのこと、世界各国から、時代錯誤だという抗議の声が挙がっていたが、帝国政府の対応は頑として譲らず、逆に、当該国人を含む外国人の入国を規制したり、入国税を更に引き上げるというカードまでちらつかせ、各国の抗議を黙らせることとなった。


 あまりの強硬手段を執るグンマー帝国は、この事件を切っ掛けに、その存在を世界中に知られることとなり、現代に現れた強権国家として世界は震え上がったのだ。だが、グンマー帝国民はもとより、日本国民からは、賞賛の声が寄せられ、これまでの外国人たちによる暴挙に苦しめられてきた人々は溜飲を下げることとなったのだ。


 その後、日本国がそれに追随するような法案を出してきたのは、また別の話である。




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