第玖話
グンマー帝国の民が外国人排斥へと鬱憤の捌け口を見付け、熱を帯びたようにルールを守らない外国人に対して怒りをぶつけていた頃、相変わらず帝国の経済は、鈍化したとは言え、右肩下がりを続けていた。
様々な施策を帝国政府が採ろうとも、焼け石に水状態で、功を奏するような政策や施策を打ち出せずにいた。
ジワリジワリと帝国民の首を絞め、経済が破綻していくなかで、突如救世主のような企業が現れたのだ。
その企業とは志土商事株式会社で、かつての群馬県内を中心に物流でのし上がってきた企業である。
社長は志土萌夏という五十代中半の女性であるが、トラック一台で企業を興し、彼女一代で帝国の経済を左右するまでの大企業に上り詰めた。
現在は運送業だけでなく、商事会社の名にふさわしく、様々な商行為の仲介を担い、物流、金融、諮詢、顧問、情報提供など、その取り扱うものは実態のある荷物だけではなかった。
この会社がグンマー帝国に与えた影響の最たるものは、赤城山麓に5000m級の滑走路を持つ空港を建設したことだ。もちろん一企業の資金力で建設した訳ではないが、志土商事の果たした役割は非常に大きかった。
これまで日本で最大だった4000mの滑走路を持つ成田空港を凌駕した、グンマー帝国国際空港は、人の往来はもとより、物流が劇的に向上したのだ。
帝国暦六年のことである。
これまで、鉄道とトラックが物流の中心だったのが、航空機が加わったことで、内陸にあるグンマー帝国は世界と直接物流航路を構築することが出来、懸念事項だった日本国との二重関税の問題も改善されるなど、良いことずくめであった。
世界中から人と物が集まり、世界中へ人と物が流れた。成田空港へ寄航出来ない巨大貨物機が、帝国空港にだけは寄航出来るのだ。日本列島の物流の中心は、グンマー帝国へと移ったのだ。
こうしてグンマー帝国の経済は奇跡的にV字回復を果たし、未曾有の好景気に沸いた。
「皇帝陛下に拝謁いたします。」
皇帝の執務室に招かれた志土萌夏は深々とお辞儀をした。
「ああ、楽にしてください。」
赤城帝である星野誠翔は、年上の女性が自分に対し頭を下げていることに、いまだ慣れなかった。
ソファーに座るよう促された志土萌夏とお付きの秘書は恐縮しながら、座った。
誠翔の秘書は用意した飲み物を三人の前に置いて、すぐに議事録作成のため、誠翔の後ろに控えた。
「そんなに畏まらないでください。私もあなた方も同じ群馬の民。なんの違いもありません。私は偶々皇帝という役割を与えられたに過ぎません。
今日はあなた方の忌憚なき意見を拝聴したいと、この場を設けたのですから、そう畏まられてしまうと、仰りたいことも仰れないと思いますし、私も聞きたいことが聞けなくなってしまいます。どうか、肩の力を抜いてください。」
誠翔はそう言ってにこやかに微笑みかける。
誠翔はこの執務室に尋ねてくる人々が、いつも萎縮していることに心を痛めていた。自分も元々はそちら側だったんだよと、心の中でいくら叫んでも、時には声に出して訴えても、人々の態度は変わらず、まるで王様かお殿様にでも会うかのように、恭しくされると、申し訳なく思ってしまうのだ。何か良い方法はないかと思案はしてみるものの、これまで採った方法は悉く失敗し、人々の態度を変更させることは出来なかった。
「格別の御高配を賜り恐悦至極でございます。」
恐縮しながら頭を下げた志土萌夏は使い慣れない言葉なのか、少し噛みそうになって頬を染めていた。会社の長として従業員たちを引っ張ってきた志土萌夏も、歳を取ったとは言え、羞恥心を覚える一人の女性であったと言うことなのだろう。
そんな姿に年上の女性ながら、誠翔はかわいさを感じはしたが、今回も失敗に終わったことを自覚せざるを得なかった。
「まあ、そう簡単には変えられないですよね。……では、無理強いはしませんので、その代わり、是非有意義な時間にしましょうね。」
誠翔は表情が少し引きつりながらも、志土萌夏に再び微笑みかけた。
こうして始まった、誠翔と志土萌夏の会談は二時間にも及んだ。彼女からの提案は、多岐に亘った。流石に巨大企業を率いてきただけはある。プレゼンが始まると、水を得た魚のように、言葉を選びながらも誠翔に対し提案をしていった。
「帝国建国から七年、漸く経済はV字回復を果たしました。昨年悲願であった空港開港が実現し、物流に大きな希望の光が差しました。」
そして、提案の最後に志土萌夏がこう話し始めた。
「手を拱いたのは帝国政府の落ち度です。経済を立て直すことが出来ず、本当に申し訳ありませんでした。」
しかし、誠翔はその言葉を受けて、何気なく頭を下げてしまう。
「とんでもございません。これは皇帝陛下の責任でも、帝国政府の責任でもございません。偏に我々帝国国民の努力が足らなかったからでございます。」
自分の不用意な発言で皇帝陛下が気分を害したと思い、志土萌夏は慌てて頭を下げた。
「いや、皆さんの努力する道を断ったのはこの私です。責められるべきは私なのです。だからこそ、あなたの意見をこうして拝聴し、私の過ちを正したいのです。」
誠翔は正直に誠意を以て応えたが、志土萌夏は違った。
彼女は皇帝陛下が自分の責任であると詰られたと捉えたように感じたのだ。だからこそ、私に頭を下げ謝罪したのだ。これは心優しい皇帝陛下であらせられるからこそ、これで済んでいるが、もし気性の荒い陛下であれば、自分の命はないだろうと、志土萌夏は冷や汗を流したのだ。
志土萌夏は非常に恐縮頻りではあったが、どうにか気持ちが落ち着いたところで、再び先程の話を続けた。
「今、こうして経済がV字回復した現状を踏まえた上で、この先必要なことは、先程申し上げたとおりです。しかし、今一番必要なことは、何よりも人材でございます。人材の確保こそが、今後のグンマー帝国の経済を左右する試金石であると申し上げても過言ではないと考えます。どんな経済政策もまずは人ありきなのです。
そこで、私どもが考えるのは、国民倍増計画でございます。」
そう言って志土萌夏は一息吐いた。
「国民倍増計画?
つまり、かつて日本が所得を倍増させたのと同じように、国民を増やせと言うことですか。」
誠翔が志土萌夏の言葉に疑問を呈する。
「はい、その通りでございます。もちろん、一朝一夕に人口を増やすことはままなりません。ましてや、戦時中のように〔産めよ殖やせよ〕という出産奨励をするだけでは、その目標に達することもままならないでしょう。
ですから、出産奨励は現代の社会状況に合わせて緩やかに推し進めていき、その代わり、カンフル剤として日本人を含む外国人の移住を奨励するのです。」
志土萌夏がそこまで言うと、この意見を受け入れられるのか不安だったのか、薄らと額に浮かんだ汗を、ハンカチで拭った。
「ですが、それは、どの国も失敗に終わってますよ。
外国人の過度な流入により、治安が崩壊し、文化が破壊され、街が崩壊している様は枚挙に暇がありません。そんなことをすれば、人々は再び不安に苛まれる日々を送ることになりますよ。」
誠翔は正直に懸念を口にした。
「はい。そのとおりでございます。ですからこそ、今この外国人排斥の流れを利用するのです。」
志土萌夏が我が意を得たりと顔を綻ばす。
「と言うと。」
誠翔は怪訝な顔になる。
「つまり、日本人も含めた外国人への入国を緩和するのではなく、入国時の壁は高くしたままで、民度の高い人物を選別して入国させるのです。帝国に滞在するためには、それなりの人物であれと言うことでございます。」
志土萌夏は自信満々に自説を唱える。
「なるほど。入国する人物を選別するということですね。」
誠翔は少し気圧されながらも確認した。
「はい、そのとおりでございます。
そして、入国した者には手厚いサポートを施すのです。
もちろん、観光客や短期滞在者にではありません。長期で帝国に滞在し、仕事をして税金を納める者、グンマー帝国に益をもたらす者に対してだけです。」
志土萌夏は自分の意見を理解して貰えたと思い、話し方に熱を帯びる。
「すなわち、労働人口となり得る外国人は手厚くしろと、こういうことですか。」
誠翔が確認する。
「端的に言ってしまえばその通りでございます。ですが、それでは、補助金を食い物にする不埒な輩も現れましょう。そこで、もう一手を打つ必要があるのです。」
志土萌夏は意味深な微笑みを浮かべた。
「もう一手というと。」
誠翔は気になって先を促す。
「はい。それが、まさにアメとムチのムチでございます。
たとえば税金を滞納した者、もしくは明確な理由無く仕事をしない者などは、ある程度の猶予を以て国外強制退去とし、軽犯罪を含めた犯罪を犯した者は、即刻国外退去とするのです。もちろん、帝国法に基づいて処罰を下した上でです。
躊躇はなりません。厳格に運用していくのです。」
「犯罪者を大量に留めて置くことは、刑務所のコスト増にも繋がりますが、その辺りはどうお考えですか。」
誠翔は懸念点を尋ねる。
「もちろん、ただでと言う訳にはいきません。服役、収監日数に基づいて料金を本人から徴収するのです。その上で強制送還です。送還費用も当然本人持ちです。我が国は一銭も払う必要はございません。
いかがでしょうか。」
志土萌夏は誠翔の顔色を伺うような視線を送る。
「考えとしては、素晴らしいと思います。
ですが、一点だけ懸念があります。」
「なんでしょう。」
誠翔の言葉に、志土萌夏は怪訝な顔をする。
「それは、人権問題です。あまりに強権を発動とすると、人権問題で我が国が窮地に立たされる可能性があります。それについてはどうお考えですか。」
誠翔は志土萌夏の意見に魅力を感じながらも、不安を感じていた。
国の舵取りとして闇雲に強権を発動すれば、必ず反発する勢力が出てくるはずで、その勢力に付け入る隙を与えれば、簡単に足を掬われてしまうのだ。
だからこそ、志土萌夏の意見に諸手を挙げて賛同する訳にはいかないと感じたのだ。
「確かに、人権という観点から言えば、あまりに強制力がありすぎます。
しかし、ここは帝国です。帝国のルール、法律を守らない者に、滞在する権利はございません。
フランス人権宣言でもこう宣言されています〔他者の権利を害しない限り自由が保障される〕と。言い換えれば、他者の権利を害する者に自由は保障されないと言うことです。
言うなれば、グンマー帝国国民の人権を脅かす者に、自由の保障はないと言うことです。
いかがでございましょうか。」
志土萌夏の言葉は力強かった。何よりも帝国国民のためであり、国民の権利を守るために必要なのだと力説されてしまえば、誠翔に言い返す言葉は無かった。
「なるほど。それは一理ありますね。分かりました。あなたのご提案を真摯に受け止め、議会に諮けましょう。」
誠翔はそう言って、後ろに控えていた秘書に目配せする。議事録を取っていた秘書は大きく頷いた。
「皇帝陛下の御高配、恐悦至極に存じます。」
志土萌夏は誠翔の言葉を受けて、深々と頭を下げた。
こうして、長きに亘っておこなわれた会談は、終わりを迎えた。
志土商事を贔屓することは、立場上誠翔には出来ないが、彼女とは今後とも多くの意見交換をする機会を設けようと考え、再び会談の機会を設けることを約束したのだった。




