第陸話
赤城帝となった星野誠翔は日々の業務に追われていた。星野製作所の仕事は完全に手つかずとなり、父の誠浩からは恨み節を言われたが、申し訳ないとは思いつつも、誠翔は皇帝の仕事に邁進すると決めたのだ。
グンマー帝国の建国に当たっては、かなり産みの苦しみを実感した。
なにせ、県政を国政に移行しなければならないのだ。名称の変更だけに止まらない、組織再編は様々な形で行われた。あちらの組織とこちらの組織の一部を切り取ってくっつけたり、いらないものは廃止し、新たに作った組織もあった。
この組織編成はグンマー帝国憲法に基づいておこなわれ、県庁職員の協力によって県庁内の異動を実現した。職員たちは突然降って湧いたような大型再編に、通常の県庁業務を行いながら右往左往していたが、どうにか建国日当日までには間に合った。
グンマー帝国の行政機関はこれで整った。
まずはグンマー帝国皇帝である赤城帝、すなわち星野誠翔がトップとなり、彼を補佐する形で〔元老院〕がある。ここには墜星宮宮司である星宮文也を始め前県知事や群馬大学の教授、市井の有力者などが名を連ね、誠翔の父、誠浩の名も有った。
そして、その下には〔帝政府〕が存在する。ここには各省の長が集まり、帝国の舵取りを決めていく。丁度内閣府のような組織である。皇帝を中心に、選挙で選ばれた代議士の中から選出された人物で組織する。各代議士は各省の長に据え、各省の管理を任せる。
各省は以下の通りである。
内政省:
県庁業務を引き継ぎ、住民サービスなどの業務を所管する。
外政省:
外交業務を所管する。対外関係業務だけでなく、対外広報としての役割も担う。
財政省:
帝国の財政管理を行う。
法政省:
法の整備、法秩序の維持、国民の権利擁護を管轄する。
国防省:
帝国軍、警察組織を統轄し、国防と治安維持および出入国管理も所管する。
産業省:
帝国内の経済と産業の管理を担う。商工業および農林水産業を所管する。
厚生省:
帝国民の医療、福祉、雇用、労働、および年金業務を所管する。
国土省:
帝国内のインフラを管轄する。インフラ設備および天然資源の管理を所管する。
司法省:
裁判所や刑務所を所管する。
文教省:
教育、学術、スポーツ、文化および科学技術の振興、宗教事務等を所管する。
この各省の下には庁が設けられ、事細かに行政業務が出来るように組織した。
今一番忙しいのは、内政省と外政省、それと法政省であろう。
議員たちは新たな組織の長として、誠翔に任命され、それぞれの省庁を動かし始めたのだ。皆初めてのことであり、かなり戸惑ってはいたが、皇帝の側に立つ星宮文也の存在に恐れ戦き、手探りではありながらも国を動かすために尽力した。
「いかがですか、業務の方は捗ってますか。」
皇帝執務室に入ってきた星宮文也は、開口一番尋ねた。
「順調なんですかね。やってもやっても減らないですからね。」
星野誠翔は溜息をつきながらも、パソコンのモニターに表示された書類に目を通しながら、承認ボタンを押していく。
やってることは星野製作所の専務時代とほとんど変わらない事務作業だ。しかし、その内容は多岐に亘り、また内容の難しいもの、判断に困るものもあったりするが、それよりも何よりも、責任の重さは段違いに感じていた。
これまで誠翔の採決は一役員の裁決であり、最終決定は社長である父誠浩に責任があった。しかし、今は誠翔の採決が即帝国民200万人の生活に直結するのだ。その重みが違うのは当然である。
「少し休憩しませんか。話したいこともありますし。」
星宮はそう言って、応接セットのソファーに腰を下ろした。
「……すまない、冷たいものを用意してくれるか。」
誠翔は作業を止めて、隣の部屋に控えている秘書に連絡して、星宮の対面に座った。
「忙しいのに済まないね。」
星宮は社交辞令のように言う。
「いや、良いんですよ。書類を読んで承認するだけの簡単な仕事ですから。」
誠翔は苦笑いをする。
「そうですか。それなら良いんですが。」
星宮はそう言って、秘書が持ってきたペットボトルのお茶を一口飲んで一息吐く。
「で、お話って何でしょう。」
誠翔は単刀直入に聞いた。
「元老院の意向を伝えに来たんですよ。」
星宮は応えた。
「元老院ですか。で、どんな意向なんですか。」
誠翔は身構えた。ここに辿り着くまでに元老院の存在は誠翔にとって大変助かった。だが、時折誠翔の理想とかけ離れ、承諾しかねることもあり、国民をないがしろにしてしまう内容であったりするため、正直元老院の決定には猜疑的な目で見てしまうようになっていた。
「そんなに構えなくて大丈夫ですよ。今回の話は日本国との外交についてです。西隈琉衣大臣への指針として、これを用意しました。陛下が納得していただけたら、そのまま彼女に渡してください。変更があるなら、手直ししたものを渡してください。」
星宮はそう言うと、数十頁に及ぶ書類を誠翔に渡した。
さっと目を通すと、そこには外交方針について事細かに書かれていた。特に日本国とは付きず離れずを旨としてはいるものの、人や物の動きにはかなり制限を掛けることを示していた。
また、これまで国税として徴収していた群馬県民からの税金は、そっくりそのまま帝国の収入とし、グンマー帝国から日本国への税金上納は一切行わないことを宣言していた。
国家としては至極当然の要求が並べ立てられてはいたが、日本国との関係においてこれほど喧嘩腰の内容はなく、交渉は難航を極めるだろうということは容易に想像出来た。
「ざっと見た感じでは、至極当然の内容にも思われますが、果たしてこれだけの要求が対外的に通用するでしょうか。」
誠翔はこんな内容で交渉の矢面に立たなければならない、外政大臣としての西隈琉衣に同情の念を禁じ得なかった。
「確かに厳しい交渉にはなるでしょう。ですが、これぐらい強気で交渉しなければ、得られるものも得られないと言うことは、あなたもご存知の筈です。これまでの日本政府の外交を見れば大国には及び腰、小国にはカネに物言わせた外交を続けてきた。我々が収めた国税を湯水のように国外にばらまいてきた日本の外交がどれほど腐りきっていたか、あなたもご存知でしょう。
ならば、当然彼らは我々グンマー帝国のこともカネで物を言わせようとしてくる筈です。そのためにも我々は強気に出るべきなのですよ。」
星宮は何を知っていて、何に怒りを覚えているのか、一気呵成に捲し立てた。
「分かりました、もう一度目を通して、問題なければ西隈大臣に手渡しておきます。」
誠翔はそう言って、もう一度頭から読み飛ばした部分も含めて確認を始めた。
「お願いしますね。同じ物をデータとして上げてありますので、それを使ってください。」
「分かりました。それは助かります。」
その後これからの方針についていくつか話をし、世間話をしてから星宮は退室していった。
* * *
「何だねこれは、我々を馬鹿にでもしているつもりか!」
日本国東京都にある外務省の一室で、日本国外務大臣仙頭藤吉は顔を真っ赤にして、目の前にいる女性を怒鳴りつけていた。
「そんな態度でよろしいのですか。我々はこの会議を中継し、皇帝陛下および帝国国民に広く公開しているのですよ。あなたの国の民を騙せても、我々は脅しには屈しないことをその心に良く刻んでくださいね。」
西隈琉衣はそう言うと、にやりと微笑んだ。
西隈が事前に提示しておいた条約草案について、ひととおり目を通していた仙頭は、開口一番怒り心頭に発していたが、西隈は仙頭のそんな態度は織り込み済みとばかりに、終始笑顔で対応していた。
「マスコミはシャットアウトした筈だ。この会議が表に出ることはない。それに、貴様のような田舎民風情が中央に楯突くなど、あってはならない。」
仙頭はそう言って更に顔を真っ赤にした。
「あら、ご存知ないんですか。今はかなり小さなカメラでも高画質で撮影出来るんですよ。」
そう言う西隈たちの後ろに控えている秘書たちの胸元には、キラリと何かが光った。それをチラリと見た西隈は言葉を続けた。
「それに、田舎民だと蔑んでおられるようですが、あなたは確か高知二区の出ですよね。果たしてどちらが田舎民でしょうかね。
それから、我々は独立し、自主権を持った国家であることをお忘れなく。あなたがいくら私たちに脅しを掛けようと、皇帝陛下以下帝国国民はそんな脅しには屈しませんよ。」
西隈の言葉に仙頭は言葉を詰まらせ、拳を握り締め、血を滲ませた。
「良いのかね。石油や天然ガスを始め食料や生活物資に至るまで我々に頼らなければ立ち行かなくなるのではないのかね。」
仙頭は言い返されたことで少し冷静になり、脅しを掛けるように言葉を発した。
「確かに私たちは、あなた方日本国に様々な物を依存しています。ですが、私たちの後ろについているものを甘く見ない方が良いですよ。」
仙頭に対し西隈は意味深な言葉で反撃する。
「後ろにいるもの?アメリカか?中国か?それともロシアか?……たとえどこがバックについていようが、そんなものに我が国が屈すると思っているのか。」
仙頭は馬鹿にしたようににやつく。
「へえ、大きく出ましたね。これまで、アメリカの腰巾着になり、中国の顔色を伺い、ロシアに貢いできたあなたたち政権与党が、良く言えましたね。まあ、あなたのような小物には想像も付かない程強大な力が我々には付いていると言うことをお忘れなく。
我々を苦しめるようなことになれば、皇帝陛下は黙っていませんよ。あの方はどんな手を使っても、報復を考えるようなお方です。まあ、私と交渉しているうちが花だと言うことを肝に銘じてくださいね。私たちのバックについているものが出てくる前に。」
西隈は飄々として脅しを掛ける。
「何が皇帝陛下が黙っていないだ。そんな小国の主に収まっただけで、お山の大将を気取っているような者など、怖くもなんともないわ。猿山の猿に何が出来るというのだ。片腹痛いわ。」
仙頭の額には薄らと汗が滲んでいたが、言ってることはまるで小学生の喧嘩だった。
「あら、私たちの皇帝陛下を愚弄するのですね。あなたの態度は日本国の総意としてそのまま国に持ち帰ります。あなたが後悔すること請け合いですよ。身辺整理をして大臣辞任の準備に取りかかった方がよろしいかと、具申いたしますわ。」
西隈は笑いを堪えるように言い放つ。
「何を言い出すかと思えば、私が後悔するだと、それこそ臍で茶が湧くわ。貴様たちが脅しに屈しないというなら、我々も当然脅しになど屈しない。」
仙頭はそう言い返し、不遜な態度を取ったのだった。
一ヶ月に亘る二人の交渉はこうして始まったが、平行線を辿りながらも、なんとか同意に漕ぎ着けた。
仙頭側が折れた訳でも、西隈側が折れた訳でもない。最終的に日本国政府内閣総理大臣である、下市佳枝の鶴の一声で大きく動いたのだ。
かなりの部分をグンマー帝国に有利な形で草案が完成し、西隈は大手を振って帰国出来たのだった。




