第廿弐話
日本国東京都千代田区霞ヶ関にある外務省庁舎の一室で、西隈琉衣グンマー帝国外政大臣と江良直也日本国外務大臣は対峙していた。
しかし、睨みを利かせているのは西隈琉衣の方だけで、江良直也の方は何も言えずに俯くことしか出来なかった。まるで母親に説教されている息子のようである。
西隈琉衣は、二度目の期限を以て、再び日本国を訪れ、進捗状況を確認したが、日本国側は、中国の名前を出して責任転嫁を図ってきたのだ。あまりの内容に、西隈琉衣は怒りしか覚えず、こうして対峙することとなったのだ。
「それが、日本国の最終回答と言うことですね。分かりました。」
「ちょっと待ってください。意にそぐわないご報告であることは重々承知しております。ですが、彼の犯人である前田裕也なる人物は、日本国の誰とも通じておらず、唯一その繋がりは中国政府にあると、我々は突き止めたのです。これは紛れもない事実であり、決して責任転嫁などではありません。」
西隈琉衣の言葉に、再び必死に弁明をする江良直也だが、西隈琉衣の表情が変わることはなかった。
「あなたは何か勘違いしているようですね。それとも、その勘違いは意図的なものでしょうか。それとも、誰かに指示されたものなのでしょうか。」
「勘違いとは、どういうことでしょう。私が何を勘違いしているというのでしょうか。」
江良直也は何を言われているのかさっぱり分からず、思わず首を傾げてしまった。
「どうやら、本当に知らされてはいないようですね。」
西隈琉衣がそう言って、何かを語ろうとした時、部屋のドアがノックされた。
傍に控えていた外政省職員の一人が入り口へ駆け寄り誰何する。
何度か遣り取りがあり、入り口の扉が大きく開かれた。
「総理!」
江良直也が声を上げる。
入り口には、築城心桜日本国内閣総理大臣がイメージカラーである薄緑のスーツを着て立っていた。
「会談中、失礼いたします。西隈琉衣さん、ここからは私の方でご説明させていただきます。よろしいかしら。」
築城心桜は、江良直也に一瞥をくれた後、西隈琉衣の方を向いて声を掛けた。
「もちろん構いませんが、お話の内容によっては、貴国が被る被害は尋常ではないことを、肝に銘じておくことをお勧めしますわ。」
西隈琉衣はそう言うと、口角を少し上げ、笑みを浮かべた顔で築城心桜を迎え入れた。
「ご配慮ありがとうございます。……では、早速……。」
築城心桜は江良直也の隣に座ると、言葉を続けた。
「このたびは、赤城帝星野誠翔皇帝陛下におかれましては、凶弾に狙われることと成り、日本国の代表として、心よりお見舞い申し上げます。
まず申し上げたいのは、あの記者会見で起きた事件の犯人である前田裕也という人物は、日本の差し金では決してありません。これは江良の方から既にご説明があったことと思います。」
「ええ、そうですね。今、そのことについて、あくまでも隠蔽する気なのかと追及をしていたところです。」
西隈琉衣は築城心桜の言葉を遮って、不敵な笑みを浮かべる。
「いいえ、隠蔽をする気など毛頭ございません。江良は何も知らないのです。ですから、この先は私がご説明致します。」
「あら、そうなの。では、どうぞ。」
「ありがとうございます。おそらく、あなた方が追及しているのは、前田裕也の件ではなく、もう一つの暗殺未遂事件について仰っているのだと思いますが、違いますか。」
「あら、分かってらっしゃるのね。そう。もう一つの暗殺未遂事件。どのようなものだったかご存知なのかしら。」
「詳細は、私も現場にいた訳ではございませんし、報道も何もなく、漏れ聞こえてきた情報だけになりますが、私が知る限りでは、皇帝陛下が行幸された際、車列に一台の車が突撃したと聞いております。幸い車列には何事もなく、犯人の車は大破し、犯人も無事逮捕されたと聞き及んでおります。」
「犯人の名前はご存知?」
「ええ、土屋碧海という若者であると聞いております。」
「そこまでご存知であれば、我々帝国があなた方に何を追及しているのか、お分かりになりますよね。」
「もちろんです。その犯人の後ろには、友実キクという探偵事務所を経営する人物がおります。その者は、元々内閣総理大臣直属の内偵チームに所属していた人物であった。貴国はそのことで、我が国とその犯人が通じて皇帝陛下の殺害を謀ったと考えていらっしゃるのですね。」
「ご明察。漸く、その答えが出てきましたね。本気で隠蔽する気なのかと思いましたわ。
で、貴国は、築城心桜総理は、その責任をどう考えていらっしゃるのかしら。」
「ちょっと待ってください。確かに、その友実キクという人物はかつて内閣総理大臣直属の内偵チームに所属していました。ですが、それはもう三十年近く前の話であり、その犯人である人物に何かをさせるような繋がりは、私にはございません。」
「あら、この期に及んで、やっぱり隠蔽する気なの。あんまり、私たち帝国を甘く見ない方が良いですわよ。」
「ですが、それが事実であり、皇帝陛下を害する指示をしたことなど、私にはございません。むしろ、皇帝陛下とはこれからも良き関係を続けていければと願っていたのです。もちろん、今でもその気持ちは変わりません。気分を害されたままでいらっしゃることは、私にとっても不本意であり、出来ることなら、関係を改善し、皇帝陛下の気分を直していただきたいと願っているのです。」
「あら、そこまで仰るなら、すべて正直にお話になったらどうですか。」
「ですが、これ以上は私も存じ上げません。過去とは言え、当方直属の人物が引き起こした事件であることは、申し訳なく思います。ですが、これだけは誓って申し上げます。決して皇帝陛下を害するようことを指示したことはございません。」
「そんな風に仰っても、我が国には何も響きませんわ。むしろ、火に油というものではないかしら。
まあ、これ以上追及しても、時間の無駄なのでしょう。
本当に残念です。
皇帝陛下はただ、貴国より心からの謝罪が欲しかった。内偵者のことなどとっくにご存知で、コソコソ嗅ぎ廻るぐらいなら捨て置けと仰る程寛容でいられた。その皇帝陛下の逆鱗にあなた方は触れたのです。それでも、皇帝陛下は待ち続けられた。あなた方からの誠心誠意の謝罪があると信じて。だが、あなた方はその皇帝陛下の御心を踏みにじったのです。
最後通牒で申し上げたとおり、軍を派遣します。」
西隈琉衣はそこまで蕩々と述べると、後ろに控えている秘書に目配せを送る。
秘書は大きく頷くと、どこかへ連絡を取った。
すると、築城心桜の携帯電話が鳴った。
「はい、築城です。……本当なの。……いえ、ダメです。決して手を出さないように。……そうです。警告も必要ありません。……そうです。そのまま通しなさい。……はい。そうです。……そうです。……お願いします。」
「どちらから。」
江良直也が恐る恐る聞いてくる。
「防衛大臣からです。今、帝国から軍用ヘリが数十機我が国に飛来したことが確認されたそうです。」
築城心桜は溢れ出る額の汗に、目を瞬かせながらも、拭うことなくそのまま西隈琉衣を見た。
「本気なのですね。」
「あら、冗談でこんなことが出来ると思いますか。」
「もちろん、そんなことは考えていません。」
「そうですね。あと、20分程で到着しますね。」
西隈琉衣はこれ見よがしに腕時計を見る。
「何をするおつもりなのですか。」
「別に、何もしませんよ。我が国としては調査協力をするだけです。ただし、我が国のやり方でですが。」
「まさか、武力を以て捜査しようなどと考えていませんよね。」
「それは、捜査対象の態度次第ではないでしょうか。」
「待ってください。国民を傷つけることだけは、やめてください。お願いします。それだけはお願いします。このとおりです。」
築城心桜はその場で跪き、土下座をするのだった。
「総理!」
江良直也が驚いたように声を上げるが、築城心桜には恥も外聞もない。
一国の総理大臣であることなど、関係なかった。いや、逆かも知れない。一国の総理大臣だからこそ、この行動に出たのかも知れない。
「あら、そんなこと、私にされても困りますわ。あなたがしなければならない相手は、私ではなく、皇帝陛下なのですよ。」
「それは分かっております。ですが、あなたは帝国の代表としてこの場にいらっしゃる、であれば、あなたは皇帝陛下の身代わりと言っても良い。そのあなたにこうして頭を下げることは何らおかしなことではありません。私はあなたにお願いすると同時に、皇帝陛下にもお願い申し上げているのです。
我が国民を、無辜の民を傷つけるのはおやめください。お願いします。」
築城心桜は床に額を押し当てたままだった。
「そこまでの覚悟があるなら、なぜ、隠蔽しようとなさるのですか。国民がそれほど大事なら、なぜ正直にすべてを話さないのですか。それとも、私たちに正解を言わせたいのですか。ですが、その時は、もう後戻りの出来ない段階になるのですよ。」
西隈琉衣がそう言うと、その場に沈黙が流れた。
誰も、何も言葉を発することが出来ずにいた。築城心桜は相変わらず額を床に押し付けたままだし、江良直也はその傍でオロオロするばかりだ。居並ぶ外務省の職員たちもあまりの光景に、その場で固まってしまっていた。
西隈琉衣だけが、首を回したり、伸びをしたり、まるで退屈な映画でも観ているかのような態度で、この光景を眺めていた。
「私が口出すことではないかも知れませんが、もうこれ以上はやめてください。総理も顔を上げてください。我が国は何も隠しておりません。すべて詳らかにお話し致しました。隠蔽する気など毛頭ありませんし、こんなことが、許されるはずもありません。」
我慢がならなくなった江良直也は、築城心桜を庇うように捲し立てた。
「うーん、坊やは少し黙っててくれるかな。」
「坊や?!」
「そう、坊や。とにかく、あなたの国の総理大臣は、大事なことを隠しているのよ。それを、正直に言ってくれれば良いだけなのに、頑なに拒んでいるの。分かる?
だから、坊やがとやかく出てくる意味はない訳。分かったら、その口にしっかりとチャックをしておいてね。」
西隈琉衣は、江良直也へ完全にバカにしたようなウインクをする。
そうこうしているうちに西隈琉衣の携帯が鳴った。
「はい、西隈です。……そう、……今は外務省の一室よ。……ええ。……そう。……突入はちょっと待って。……そう。……後どれぐらい保つの。……一時間程なのね。……そう、分かったわ。……取り敢えず、そのまま待機していて。追って指示するから。……よろしくね。……陛下からは何かあった。……そう、……そうなのね。……分かったわ。陛下には榛名山に陽は傾いたとお伝えしておいて。……そう。妙義ではなくて、榛名よ。……おねがいね。」
携帯を切ると西隈琉衣は再び頭を床に付けたままの築城心桜に向き直った。
「お聞きのとおりよ。取り敢えず、待機はさせているわ。でも、タイムリミットは一時間よ。それ以上は待てないわ。それと、皇帝陛下からは、決裂した場合は、すべての庁舎に軍を突入させ、制圧せよとのお達しがありました。
あなたの選択肢は三つです。一つはこの場で素直にすべて洗いざらい告白し、その後に公の場で公式に謝罪すること。もう一つは日本政府を明け渡し、すべての権限を皇帝陛下に献上すること。そして、最後の選択肢は、我が国と武力を以て力比べをすることです。
さあ、どうされますか。いつまでも、そうやって土下座していても、何の解決にもなりませんよ。あなたが決断する時です。」
「分かりました。お答えします。」
築城心桜はそう言って、漸く床から額を離し、顔を上げた。そうして、決意を固めた視線を西隈琉衣に向けたのだった。
* * *
数日後、日本国国会議事堂上空には、この世の物とは思えない飛行物体が浮かんでいた。
ジェットエンジンも、プロペラもなく、気球のようなバーナーも、飛行船のようなガスを詰めた気嚢もなく、どのように上空で停止しているのかは分からなかった。
「すみません、こんなことのために、あなたにお手数を掛けてしまって。」
「いや、良いんですよ。これも恩返しのうちですから。」
星野誠翔の言葉にマデェサは首を横に振る。
「陛下、お時間です。」
傍に立つ西隈琉衣が、にこやかな顔で促す。
「分かりました。このたびは本当に苦労を掛けましたね。後で時間がある時にでも、ゆっくり食事でもしましょう。」
「ありがとうございます。陛下のご相伴にあずかれるとは大変光栄です。楽しみにお待ちしております。」
西隈琉衣は深々と頭を下げる。
「さあ、そろそろ行こうか。」
「はい。」
二人は転送装置に乗り込むと、マデェサが機械を操作してくれた。
二人の姿は、国会議事堂の参議院議場に突然現れた。まさに突然である。二人の前にはSPが電子銃を構えて立ち、浮き足だった日本国の議員たちを牽制する。
「議長、よろしいかな。」
赤城帝は壇上にいる議長に向かって発言の許可を取る。
もちろん、議長に否やはない。すでにこの時間に赤城帝が来場することは通達を受けていたからだ。だが、予想もしない、SF映画ならかくありなんといった登場の仕方に面食らっていた。
「はい。どうぞ。」
議長は我に返ると、慌てて頷く。
「日本国参議院議員の皆さん、それから、テレビやネットをご覧の皆さん、私がグンマー帝国皇帝赤城帝であります。」
紺のスーツと帝国国旗をあしらったネクタイをしたその人物は、皇帝という名にふさわしい出で立ちではなかったが、十年程前に話題となった、群馬県を独立させた張本人以外の何者でもなかった。
「さて、本日、日本国はその政治体制をグンマー帝国に移管することになりました。今後日本はグンマー帝国の属国として、運用されることになります。日本国民の皆さんの生活はこれまでと変わりません。
ただし、政治体制はがらりと変更致します。日本国憲法は廃止し、帝国憲法を施行します。そして、法律も順次変更していきます。
さて、皆さんが一つ気にされることがあるかも知れません。それは、皇室の処遇です。皇室典範はこのまま残すことに致しました。従って、天皇家の解散はありません。
ただし、あくまでもグンマー帝国の管理の下であることを、はき違えないようお願いします。我々はこの国を良くするために立ち上がったのです。悪は駆逐する。これはグンマー帝国の信念です。ぜひ、日本国の皆さんにもその点をご理解いただき、ご協力いただければ幸甚です。
さあ、築城心桜内閣総理大臣、こちらへ。」
赤城帝が、壇上に控えていた築城心桜に声を掛ける。
「はい。」
力なく返事をした築城心桜は、重たい足取りで、壇上から降りてきた。
「この売国奴!」
どこからかヤジが飛ぶ。
「誰ですか、彼女を売国奴と呼ぶ輩は。彼女はあなたたちの命を、身を以て守ったのですよ。感謝こそすれ罵倒するなどお門違いというものです。今発言した者を連れて行きなさい。」
赤城帝はSPに促すと、電子銃を向けたまま、ヤジを飛ばした男へ向かって行った。男は額から脂汗を流したまま、大人しく連れて行かれた。それと同時に変わりのSPが入ってきて、所定の位置についた。
「さて、築城心桜総理、ここに署名をお願いします。」
あらかじめ用意されていたテーブルの上に、赤城帝が署名書を提示する。すでに赤城帝側は署名が済んでおり、後は築城心桜が署名するだけである。
「はい。ありがとうございます。」
赤城帝は、築城心桜が震える手で署名した署名書を確認し、礼を述べた。
「さあ、後は、皆さんが批准するだけです。お手元のボタンを押してください。何を押せば良いかはお分かりになりますよね。……では、どうぞ。」
* * *
こうして、グンマー帝国は日本国を平定したのです。
私も星宮家の末席にいる者として、こうして歴史を振り返り、纏めてみると、これで本当に良かったのかと疑問に思うこともあります。
パワゾジ艦長の判断は正しかったのか、マデェサ艦長の判断は正しかったのか、赤城帝の行動は正しかったのか、本当にここまでする必要はあったのか。
歴史にイフはありませんが、もし、あの時暗殺未遂事件が起きていなければ、今頃グンマー帝国はどうなっていたのか、そんなことを想像したり致します。
歴史は無情にも、もしもを体現することなく、そのまま刻まれていきました。
今でももちろんロノサクグ巡宙艦の艦長は引き継がれていますし、グンマー帝国皇帝は赤城帝の孫の代に移り、榛名帝としてその名を世界に轟かせております。そして、星宮家もこうして私の代まで脈々と引き継がれております。
私には、ヌトミュカ星人の血が混じっております。ですから、この歴史も他人事ではありません。
ですが、ヌトミュカ星人であると言う自覚はとうにありません。私自身は日本人として、いや、グンマー帝国民として、こうして生を受け、墜星宮を守り続けているのです。
歴史を語り継ぐ者として、これからも、この国を見届け、ヌトミュカ星人とグンマー帝国民の行く末を、歴史に残していきたいと考えています。
ヌトミュカ暦5157年、西暦2130年、帝国暦100年4月1日
グンマー帝国建国百周年を記念して
第九十八代墜星宮宮司 星宮広明
<完>




