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グンマー帝国史乗  作者: 劉白雨


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第廿壱話


 赤城山あかぎやま山麓に鎮座する墜星宮ついせいぐうの地下深く、科学技術のすいを極めたような一室で、マデェサ・ゼルジ・ハマロミダは、モニターに表示されているヌトミュカ文字の文章を読んでいた。内容は、この地球に不時着したヌトミュカ星人が、代々残してきた記録、いわゆる航宙日誌である。


『3485年、当艦、巡宙艦ロノサクグは、コデチ星系エズベギ星との大規模衝突である、トギュキ宙域に於ける宙戦にて、敵小型飛宙艇の爆撃を受け被弾。航行不能となる前に戦線離脱を決意。ワープを試みるも、ワープアウト後の宙域は予想外の場所であった。

 座標計測によると、パヴヌエド(銀河系)周縁部、レデペナ星系(太陽系)であることが判明。我がマバメ星系ヌトミュカ星とは、真逆に位置する恒星系であることが分かった。

 我が艦の生存者は八十九名、多くの仲間を失った。それだけではない、生存者の中には重傷の者もいる。このままでいれば、彼らまで失いかねない。』


「ここから始まったんだな。」

 マデェサは独り言ちた。


 地球暦で千七百年以上前の話である。正確には今、ヌトミュカ暦で5073年、あれからヌトミュカ暦でも1588年が経っているのだ。それだけの時が経っていることに、マデェサは時の流れの非情さを噛み締めていた。


『我々は、レデペナ星系(太陽系)第三惑星に身を寄せることとなった。これは全乗組員の総意である。確かに意見は割れた。艦船修理をしながら本星へ向かう案、第三惑星に降り立ち食糧を確保しつつ修理を続ける案、もう一つは近隣の星系に移動し、そこで体制を整える案が、最終的に残った。有力な案は近隣の星系に移動する案だった。しかし、食料や医療品、それに物資が逼迫していたのと、艦船をこれ以上動かすのは危険だという判断が、皆の意見を変えた。』


「そうなんだよな。艦船を動かせないから、この地球に降り立ったんだよな。」

 マデェサは両親から、この巡宙艦ロノサクグの歴史として学んだことである。

 だが、地球に降り立つと決めた時も、かなりの騒動があったと記録に残っている。


『我々は、第三惑星に降り立つことを決めたが、この星には既に高等生物が存在し、文明を築いているようである。未開惑星不干渉条約に抵触するが、緊急事態である。総員納得の上で、最低限の接触を心掛けるよう通達をして、この星に降り立ったのだ。』


「未開惑星不干渉条約か。確か、宇宙開発をおこなっていない未開惑星に対し、干渉をおこなってはいけないとする、ヌトミュカ星人であれば歴史の授業で学ぶことなんだよな。俺も、両親から聞いたよ。本当なら、地球の人々とこんな風に交流を持ってはいけないんだって。そりゃそうだよな。俺たちがやってることは不干渉のまったく逆。過干渉だもんな。」

 そう独り言ちて、マデェサは苦笑いをして、続きを読む。


『この星に降りるにあたり、未開惑星不干渉条約の件もあるため、我々は出来る限り文明の発達していない地域でありながら、なおかつ人間がそれなりに存在し、食料などの援助を受けられるような地域を選定する必要があった。

 そうして選んだのが、島であり、それなりの文明でありながらも、農業が発達し、食糧の確保には困らない。気候も温暖な地域である場所を選定した。

 人里から離れた山麓に着陸はしたが、やはり大気のある星への侵入である。摩擦熱による炎上は避けられず、結果的に隕石のような突入となってしまった。』


「ヌトミュカの技術力を以てしても、大気圏突入は制御できなかったんだな。」

 マデェサは思わず声を出す。


『原住民との交流は控えるようにと厳命したが、あれだけの炎を出して大気圏に突入したのだ。原住民が数多く集まってきた。原住民が昼行性であると信じて、夜間地域を選択したのだが、逆に目立つ結果となってしまったのかも知れない。』


「こういうところが、間抜けなんだよな、この艦長。」

 マデェサはクスッと笑う。


『原住民との邂逅は、流石に苦労した。まずは言葉が通じない。翻訳機には当然ながらデータが収録されていないからだ。

 しかし、未開惑星とは言え、彼らにも文明はあり、言葉を使用しているため、意思の疎通が叶わないはずはない。コンピュータによる言語解析をした上で、彼らの言語を学習させ、翻訳機を通じて、どうにか意思の疎通を図った。』


「そうだよな、ヌトミュカ星人に言語習得っていう概念はなかったんだもんな。文明が進みすぎると便利な反面、こういう時に困るんだろうな。」


『我々は不時着後、現地時間で数日間を傷病者の治療や、艦船の破損箇所修繕に時間を当て、周囲に集まってくる原住民たちの言語解析はコンピュータに任せた。

 こうして、言語解析が概ね完了した頃、私艦長のパワゾジ、副艦長のリバシミ、白兵部隊長のノガィガの代表者三名を以て、原住民との会談をおこなったのだ。

 先方は毛野けぬの国の首長連合が居並び、現地表記で豊城入彦命とよきいりひこのみこと弥母里別命みもろわけのみこと大荒田別命おおあらたわけのみこと田道命たぢのみこと、そして赤城彦別命あかぎひこわけのみことの五人が迎えてくれた。』


「これが当時、毛野の国を治めていた豪族なんだよな。俺たちヌトミュカ星人と日本人の歴史はここから始まったんだよな。」


『会談は、翻訳機を頼りにどうにか意思の疎通を図りながら進んだ。最初は懐疑的であった彼らも、我々の服装や装備、所作などを見て、我々の主張が本当であると理解したのだろう。理解の範疇を超えてはいたようだが、神の使いか何かだと考えたようだ。

 その神の使いが、食料や物資を必要としているとして、快く提供してくれることとなった。その代わり、我々は彼らに技術を教えることとなった。もちろん、未開惑星不干渉条約に抵触するような、高度な技術ではない。むしろ、我々にとっては古代文明が使用していた技術である。それぐらいであれば問題ないだろうと考えての決断であった。』


「そうなんだよ。大した技術じゃなかったんだよな。技術って呼ぶのも烏滸がましいような、作物って言うのはどう育つとか、鉱物って言うのはどうすれば頑丈に出来るのかとか、そんなことなんだよな。科学の基礎の基礎の基礎だからな。彼らも、そんなもの教えたって、何の問題もないだろぐらいに思ったんだろうな。

 まあ、それが大問題だったんだけどな。」


『彼ら首長連合と会談を終え、我々は漸く食料や物資の確保に目処が付いた。しかし、我々は新たな問題に直面した。我々の存在を、大和朝廷という実質的な支配力を持つ、言わば中央政府が嗅ぎつけたというのだ。

 当然毛野の国では、その大和朝廷とやらに刃向かうことなど不可能で、何かを要求されれば、それを呑まなければならない。そんな関係性なのだと、首長連合のとりまとめ役であった豊城入彦命とよきいりひこのみことが教えてくれた。

 我々は、これ以上原住民と関わることは得策ではないと考えてはいたが、いつまでも隠し通せるものでもなく、思案に暮れていた。

 その時である、我々が不時着した地域を治めていた豪族である赤城彦別命あかぎひこわけのみことが、我々を神として崇め、星からの使者として天皇に御目見得おめみえすることが得策ではないかと提案された。

 原住民の政治体制がどのようになっているのかは分からないが、その天皇と言うのが実質、この島を治めるトップなのだという。天皇に御目通りしておけば、後はどうにかなるだろうという、希望的観測の元、我々はその提案どおり、大和朝廷の使者について、大和の地まで足を運んだ。もちろん小型艇を使用しても良かったが、それこそ未開惑星不干渉条約に抵触するため、ここは使者と同じく歩いて向かったのである。

 現地時間で60日程をかけて移動をしたが、自分の足で歩くという習慣がなく、宇宙生活が長い我々にとっては厳しい旅程であった。』


「そりゃそうだよな。俺だって奈良まで歩けって言われたら、イヤだもんな。艦長、その気持ちは分かるよ。」


『我々は大和朝廷の長である、成務せいむ天皇と面会した。面会したと言っても、御簾みす越しであり、直接顔を合わせた訳ではないのだが、神格化された人物と、同じく神の使いとされた我々が相まみえたことを、非常に喜ばれ、我々が毛野の国赤城に住み、彼の地の氏神となることを許してくださった。そして、墜星神という名まで賜ったのだ。』


「これでこの墜星宮の建立が許されたんだよな。」


『我々は、毛野の国へ戻ると、早速赤城彦別命に相談し、この地に住むための助力を請うた。赤城彦別命はその願いに快く応じてくれ、まずは、巡宙艦ロノサクグを隠蔽することを提案された。

 巡宙艦とは言え、これだけの巨大な艦を隠蔽することなど、不可能であると考えていたが、赤城彦別命は「埋めてしまえば良かろう」と言う。我々は光学迷彩のようなものを考えていただけに、そんな単純な方法があったかと、逆に驚かされた。

 早速赤城彦別命の部下が人足を集め、ロノサクグを埋められるだけの巨大な穴を掘ってくれた。ロノサクグを埋めると、その上に彼らの宗教施設である、神社というものを建て、墜星宮と名付けたのだ。

 我々はこうして、神の使い墜星神として人々から崇められ、墜星宮の地下で暮らすことを許されたのだ。』


「これ、30年かかってるんだよね。良くやってくれたよね。ホント赤城彦別にも、働いてくれた人々にも感謝しかないよね。

 でも、まさか赤城彦別も、自分の子孫が帝国の皇帝になるなんて、思いもしなかっただろうな。」


『赤城彦別命は我々に墜星宮の管理も任せてくれた。どうしたものか思案に暮れたが、神の使いなのだから、好きなようにすれば良いと言われた。そこで、まずは管理者を一人決め、その者に原住民の宗教観を学ばせ、どのように運用していくのが良いのか、検討させることにした。担当を任せたのは、ベツヌグという学生時代は宗教学を学んだ航宙士の女性である。本人は戸惑ってはいたが、宇宙に出ることが叶わなくなった今、別の仕事が与えられたことに、喜びを見出したようだ。』


「この人が星宮家の初代当主になったんだよね。星宮って家名は赤城彦別から貰ったんだよな。今思えば、星宮家と星野家ってずっと繋がっていたんだな。」


『3548年、私は病に倒れた。この地に降り立ってから63年。この地の暦で67年を生きた。この地に辿り着いた生存者は全員が天寿をまっとうすることが出来ている。これは偏に毛野の国の人々が我々に施してくれた温情の賜である。

 この地に辿り着いた八十九名のうち、現在までに亡くなったのは八十名を超えた。私も含めて九名が残っている訳だが、全員が天寿をまっとうできるだろう。このことは、心の底から感謝しかない。

 ヌトミュカ星への帰還は叶わなかったが、我々は第二の故郷である毛野の国という安住の地に住むことが出来たのだ。ここで儲けた子供たちも元気に育っている。現地人と恋に落ちたものもいるようで、毛野人とヌトミュカ人の友好の証として、未来を背負って欲しいと願うばかりである。

 私は間もなく、死亡者名簿に名を連ねることになるだろう。この先の行く末を最期まで見届けたいものではあるが、それも叶わない。

 だが、既に世代交代は進んでいる。亡くなって久しい赤城彦別の息子、別君わけきみは、立派に後を継ぎ、毛野の国の一角である、赤城の地を盛り立てている。

 私もまた、ヘビジバに艦長職を無事継ぐことが出来た。教えられたことは少なかったが、この艦には幸い膨大なデータライブラリーがあり、各人の報告書には様々な知見が多数残っている。是非彼女にはそれを見て学んで欲しい。

 この航宙日記もまた、彼女の助けになることを願ってやまない。』


「パワゾジ艦長の航宙日記はここで終わるんだよな。何度読んでも、面白いし、学びがあるし、気の引き締まる思いがするんだよな。」

 マデェサは、そう言って大きく伸びをした。


 パワゾジ艦長を含め八十九人が尽力してくれたおかけで、今のマデェサたちの生活があるのだ。もちろん、彼らだけではない毛野の国の人々も、赤城彦別を始めとした多くの人々が我々のために働いてくれた。パワゾジ艦長も書いていたが、感謝しても仕切れない程の恩義である。

 艦長職を継いでから、特にそういう思いがマデェサの中に芽生えたのだった。


『ヌトミュカ暦5064年、西暦2030年4月1日、悲願のグンマー帝国が建国した。

 バブル経済が崩壊してから、群馬の経済は逼迫し、人々の暮らしも芳しくなかった。恩義のある群馬の人々が苦しむ姿は、とても見ていられなかった。できればどうにかして彼らの生活を支えることは出来ないだろうか。私は墜星宮の宮司、星宮文也ほしみやふみなりと何度も会合を重ねた。彼も元はと言えばヌトミュカ星人の末裔である。純血ではなくなったが、その血の僅かにでもヌトミュカ星人の血が流れていれば、立派なヌトミュカ星人である。

 ともかく、我々はあの手この手を使って、陰からこの群馬の地を支えてきたのだが、それももう限界に達しようとしていた。経済は下降する一方で、人口は減り、頼みの綱である観光客も外国人が増えたことにより、治安の悪化も目立ってきた。

 星宮文也と会合を重ねていた時に、ふと祖先がお世話になった赤城彦別のことを思いだしたのだ。親から散々聞かされ、歴史として学んだ墜星神の話は、子供心にワクワクしたものである。そこに登場する赤城彦別は、我々ヌトミュカ星人の大恩人である。

 その大恩人の子孫が、星宮文也と懇意にしているのだと言うのだ。まるで、お伽噺の登場人物が現実に現れたような錯覚を覚えた。

 早速、星宮文也に打診させ、彼に国を作ることを提案したのだ。本人は戸惑っていたが、私たちがヌトミュカ星人であること、祖先が受けた恩義を、その子孫である星野誠翔氏を通じて返したいんだと申し伝えた。彼は数日考えた上で、この話を受けてくれた。

 こうして、ここにグンマー帝国が誕生したのだ。これで漸く我々は本格的に彼らへ恩返しが出来ると喜んだのだった。』


 マデェサが書いた航宙日誌である。航宙と言うよりも、ただの日誌になってしまったが、艦長の務めとして、今もこのように記述している。

 これは、丁度グンマー帝国が建国し、県庁の旧庁舎で星野誠翔が演説をした日の日誌である。今読み返すと、どこか独りよがりのような内容である気がして、少し気恥ずかしくはなるのだが、今のこのモヤモヤした気持ちを整理するためにも、ここに立ち返ることは重要だと思うのだ。


『グンマー帝国が建国したことによって、我々はこの地へ援助することが可能となった。未開惑星不干渉条約では、あくまでも未開惑星であることが前提となるが、既にこの星は宇宙開発が進み、宇宙進出を成し遂げた。この段階であれば現地人との接触は違反にはならない筈である。

 これまでは緊急条項の拡大解釈をしてきたが、これからは緊急条項を引き続き拡大解釈した上で、併せて友好条約の締結もできるのだ。

 こうすれば、友好の証として、技術供与が可能になる。供与する技術は基礎技術に限られるが、我々にとっては基礎技術であっても、グンマー帝国にとっては先進技術となるだろう。これで、群馬の民が困ることはなくなる。私はそう信じているし、そうあって欲しいと願っている。』


 そう、マデェサはそう願っていたのだ。もちろんマデェサだけではない。ヌトミュカ星人全員がそう考えていた。

 純血のヌトミュカ星人は二十三人となってしまったが、星宮文也のような混血は追跡できているだけで千五百三十九名を数える。おそらく追跡できていない者を含めると五千人はくだらないであろう。

 八十九名だったヌトミュカ星人が、宇宙の果てにあるこの地球という星の、毛野の国の地に降り立ってから早千七百年。こうしてこれだけの人数がヌトミュカ星人の末裔として生き延びているのだ。感謝や恩義以外の何を感じろというのだろうか。


 マデェサは、祖先がこの群馬という地に根付き、群馬という地を愛し、群馬に住む人々を愛してきた歴史を振り返り、彼自身もこの地に住む人々のために何かをしたいと考えていたのだ。


 だが、今、グンマー帝国はマデェサの想像していた範疇を超えてしまった。

 赤城彦別の子孫である星野誠翔が、そんな人物ではないことは理解しているし、群馬の民がそんな民ではないことも知っている。

 だが、かつて所属していた日本という国は、侵略の歴史を歩んだことがある。マデェサの祖父、祖母の代、更にその前の世代では、天皇陛下に助言をし、技術供与もしたと伝え聞く。その結果彼らは増長し、侵略戦争を起こしたのだ。

 マデェサはそんな歴史の轍を踏まないよう、細心の注意を払った。技術供与も限定的で、安全面とエネルギーに関するもの、それと素材に関する基礎的な製造技術を供与したぐらいである。これはすべてグンマー帝国の経済をよくするためである。


 そう、群馬の民のためを思って供与したのだ。なにも悪いことはしていない。星野誠翔も侵略戦争を望んでいる訳ではない。歴史の轍は踏んでいない。マデェサはそう信じていたし、そうであって欲しいと願っていた。




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