第拾玖話
「で、次の一手はどうするの。」
友実探偵事務所に集まって、作戦の頓挫を嘆いていた友実キク、西蓮寺芽瑠の二人に、その雰囲気を打破しようと、矢島虹華は口を開くが、結局三人とも溜息を吐くしかなかった。
作戦は完全に手詰まりであった。
打倒グンマー帝国を掲げ、様々な工作をおこなってはきたが、その悉くが失敗に終わり、工作員の補充もままならないまま、奥の手とも言える矢島虹華をどうにか迎え入れることには成功した。ただ、彼女を以てしても、情報を得ることは出来たが、結局決め手となる手は打てずにいたのだ。
そこへ来て、前田裕也と土屋碧海の二名がそれぞれ赤城帝暗殺未遂を起こしてしまい、作戦遂行に大きく支障が出たのだった。
「もう打つ手はないのかしら。」
西蓮寺芽瑠も大きな溜息を吐きながら零す。
「ありゃせんよ。この十年、地道に工作してきたのが、みんな裏目に出ちまって、ここへ来てご破算にされたんじゃ。打つ手はねぇさね。ましてや起死回生の満塁ホームランなんぞ、夢のまた夢だんべ。」
他人事のように友実キクはそう言って、自分で作った麦茶を飲む。
「だからって、手は引かないんでしょ。」
矢島虹華も麦茶に手を伸ばす。
「そうさね。こんまんまで終わらせるわけにはいかんさね。きっと何かしら打つ手はある。行き詰まった時こそ勝負なんさ。こういう時こそ、別の方法を探すんさね。これが人生の鉄則ってもんさね。」
友実キクが豪快に笑う。その笑いには、照れと、人生の重みが籠もっていた。
「とは言っても、赤城帝を攻めるにせよ、帝国議会を攻めるにせよ、どのみちこれまでやってきたことと変わりはありませんよね。それに、他の方法を探すにしたって、材料もなければ、とっかかりもありませんよ。
例のヌトミュカ星人とかいう宇宙人にしたって、関係があるのは分かっていても、どのような関係で、どのような契約で動いているのかはさっぱり掴めませんし、そもそもどんな見た目をして、どんな人々で、どこに居るのかすら分かりません。更に言えば、彼ら宇宙人を表舞台に引き摺り出そうとしても、我々にはそのとっかかりすら掴めないのですよ。
議会への働きかけもダメ、民衆の扇動も失敗、そして奇しくも赤城帝暗殺は失敗に終わった。これで、宇宙人に手を出したとしても、その結果は目に見えていると思うのですが。」
西蓮寺芽瑠が、これまでの行動を分析するかのように語るが、完全に諦め口調だ。
「確かにそうさね。すべてが裏目に出ちまった。ここまで失敗が嵩んだことは、わしも初めてだよ。」
そう言うと、友実キクはソファーの背もたれに身体を預け、大きく溜息を吐く。
「キクさんが弱気になるなんて珍しいわね。」
虹華がからかうように言う。
「わしだって弱気にもなるさね。こんなことは初めてだからね。だけど、手はきっとある。何かを見落としているはずなんさね。」
友実キクは天井を見上げ、目を細め、思考の海へと飛び込んでいこうとしていた。
「あの鬼のキクさんがねぇ。」
虹華が少しイヤミを混ぜる。
「鬼かねぇ。そんな風に呼ばれたこともあったな。だが、それももう三十年も前の話じゃ。今はこうして、すっかり隠居ババアさね。」
友実キクは自虐的に笑う。
「隠居って、まだまだ充分現役でしょ。」
虹華は苦笑いをしながら首を横に振る。
「さて、どうしたもんかねぇ。」
友実キクは西蓮寺芽瑠と矢島虹華をそれぞれ見る。
「グンマー帝国を瓦解させるのがダメなら、働きかける方向を変えてみるというのはどうでしょう。」
西蓮寺芽瑠が一縷の望みとして提案する。
「どういうことかいね。」
「帝国内で私たちが何をしてもダメならば、帝国の外、つまり外圧を掛けるしかないと思うんですよ。」
「と言うと。」
「直近では、一月後に西隈琉衣外政大臣が日本を訪れることになっています。そこで、帝国は最後通牒を突きつけるらしく、今日本国では、暗殺未遂事件の黒幕捜しに躍起になっているんです。」
「もう、帝国は日本に矛先を向けたんかいな。わし等もまずいんじゃねぇのけ。
「そうですね。私たちがトカゲの尻尾切りにされることは時間の問題だと思います。
ただ、あれだけ友好ムードを演出していながら、この掌返しは流石に速すぎますので、それがチャンスでもあると思うんですよ。」
「と言うと。」
「まず一つは、日群の関係性が悪化すれば、諸外国の付け入る隙が生まれると思うんですね。米中露の三カ国を始め、EU諸国に於いても、グンマー帝国の存在を苦々しく思っている人々は存在する。特に数年前の公開処刑を苦々しく思っている層は一定数居るはずです。なにせ世界にもの凄い衝撃を与えましたからね。今や核でも落としてやれなんていう過激な意見も散見され、グンマー帝国の立場は国際的に見れば危ういのです。ですから、それを後押しするというのも一つの手かと思います。」
西蓮寺芽瑠は言葉を一つ一つ選びながら、思いついた考えの一つを述べる。
「ほう、それは面白ぇな。じゃが、誰がどうやってそれを後押しするんじゃ。わしらでは荷が重すぎやしねぇか。」
それを否定するかのように友実キクは言う。
「そうですね。確かに私たちでは、世界の世論を誘導したり、操作することは叶わないでしょう。たとえ、『宇宙人がバックにいるから、グンマー帝国は滅ぼした方が良い』なんて、過激なことを流布したところで、恐らく動くのはネットの情報を餌にしている連中だけで、私たちが動かしたい連中は微動だにしないでしょう。」
友実キクの言葉に、西蓮寺芽瑠は素直に頷き、考えを語る。
「なら、どうするんさね。」
「もう一つ考えられるのは、西隈琉衣氏を後押しする方法です。もちろん西隈琉衣氏に働きかけることは実質不可能です。彼女は帝国議会と赤城帝の意思で動いていますから。」
「それなら、どう働きかけるんさね。」
「ですから、日本国側に働きかけるのです。選択肢は二つ、一つは最後通牒に従うこと、もう一つは反発することです。どのような通告がなされるかは分かりませんが、聞き及んでいる中には、軍の派遣も辞さないと言ってきているようです。であれば、それを利用するのです。」
「どうするんさね。」
「私たちに出来ることはありません。」
「キッパリ言うねぇ。」
「そうですね。この作戦は、もう私たちの手を離れたと言っても過言じゃない。後は日本政府、延いては日本国民に大局を任せるしかない。私たちはその後押しをすることしか出来ないと思うのです。」
「で、具体的には」
「私が考えているのは、戦争を嗾けることです。」
「本気で言ってるんかい!」
友実キクが声を荒らげる。
「もちろん、本気で戦争をして欲しい訳じゃありません。実際に戦争になれば、日本は簡単に負けてしまう可能性が高い。軍事力は確実に帝国の方が上です。」
「その根拠は。」
「それは、警備員たちが持つ電子銃です。使用されてきた実績を分析すると、人体へ雷のように電撃を飛ばすようなものですが、おそらくあれは殺傷能力を抑えるために出力を絞っています。出力を絞ってあの威力ですから、高出力になれば、レーザー銃のような、いとも簡単に殺傷する威力を発揮する可能性は充分あります。」
西蓮寺芽瑠はこれまで各所で見て来た電子銃についての持論を語る。
「確かに、それは一理あるな。だが、それが即、軍事力に結びつくとは思えんがの。」
「いいえ、充分あり得ます。あれだけの出力をあの電子銃に持たせようとしたら、現在の日本の技術力では不可能です。
現在市販されているスタンガンやテーザー銃は、一般に流通している電池で充分使用でき、威力も数十万ボルトは出せます。ですが、それはあくまでも電流が弱く、人体に押し当てたり、射出した針を通して使用するからです。ですから、厚手の服を着た人間などには効き目がないという弱点もあるのが常識です。
ですが、帝国で使用されている電子銃は電撃を射出でき、どんな対象でも一発で制圧できるのです。それは、まさに雷を射出するのと同じです。そんなことは市販のスタンガンやテーザー銃では考えられません。それだけのエネルギーを出せる電池は、国内はおろか世界のどこにもないからです。」
「たしかにの。」
「ですが、帝国にだけはあります。実際に射出している場面に何度も遭遇していますが、発射音はまさに雷のようで、射程距離は少なくとも数十メートル。正確に対象を射貫きます。あれを見る限りに於いては、おそらく、帝国ではエネルギー革命が起こっていると考えられます。大容量バッテリーの小型化ですね。超小型化といっても良い。
それを実現できる技術力があれば、当然その先にある軍備に関して、日本にない技術が投入されていてもおかしくはありません。
おそらく、これまでの常識が通用しない、殺傷能力が高い小型の武器が支給されている可能性は充分考えられます。」
西蓮寺芽瑠は友実キクの言葉に、持論を展開し反論する。
「確かに、あれだけの威力を乾電池やバッテリーに持たせるのは、考えにくいからの。お前さんの言うことは、確かにそうかもしれんさね。
で、そんな帝国に日本を嗾けて、どうするんだい。」
「はい。おそらく日本を潰そうと、帝国は動くでしょう。軍隊も派遣すると考えられます。そこで、日米安保条約や、他国との軍事協力に望みを掛けるのです。」
「アメ公にでも守ってもらおうってんかい。」
「まあ、端的に言ったらそのとおりです。アメリカが介入してくれば、日群だけの問題に留まらず、国際的な問題にまで発展できます。そうすれば帝国は日本と交渉すれば良いという話ではなくなり、多面的な対応を迫られる。つまり、帝国の進退に関わる話に発展するのではと考えます。」
「そう上手くいくかねぇ。」
「そうですね。希望的観測が多分にありますので、難しいでしょう。ですが、何もやらないよりはマシではないでしょうか。」
「あのさ、話聞いてて思うんだけど、帝国がそんな餌に食いつくと思うの?」
黙って聞いていた虹華が口を挟む。
「そうね。難しいかもしれませんね。」
芽瑠がそんなことは分かっているという顔で応える。
「じゃ、失敗を前提ってこと?」
「そうですね。」
「でも、今回は失敗しましたじゃ済まないわよ。なにせ、帝国は宣戦布告をちらつかせてるんでしょ。失敗イコール開戦ってことになるじゃないの。」
「だからこそ、抑止力としてのアメリカや諸外国にその存在を示してもらいたいんですよ。たとえ失敗したとしても、諸外国の存在をちらつかせれば、帝国も強くは出られない。」
「思いとどまると思う?」
「そうあって欲しいとは思います。」
「希望的観測ね。芽瑠らしくもないけど。」
「そうですね。私らしくはないかも知れませんが、ここまで来たらやけくそになっても良いんじゃないですか。」
「それもそうね。で、そのやけくその結果、帝国が滅びれば万々歳、日本が滅びたら首を括るしかないわね。そんなのはイヤだけど。」
「そんな一か八かみてぇなことを、せにゃならんのか。」
友実キクが口を挟む。
「そうですね。そんな一か八かの賭けをするしか、私たちには残されてはいないんじゃないでしょうか。」
「そうかもしれんけど、もう少し穏便な方法を考えてみんかの。」
「もちろんです。これはあくまでも、今思いついただけですから。」
「とは言ってもなぁ。思いつかんしの。」
三人はその後も、とことん議論を重ねたが、大したアイディアが出る訳でもなく、時間だけが悪戯に過ぎていくのだった。




